鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第四章 巣立ち

第四十七話 砂時計 47 4-8-2/3 147

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 辿り着いたナガレの景色は、ユミの記憶に刻まれたものとほぼ合致していた。
 しかしながら、遠目に立ち並ぶ家々は以前よりも朽ちた様に見え、寂れた印象が強くなっていた。
 
「いいか? 私はお前を許したわけじゃないからな。ちゃんと交渉の役目果たして来いよ」
 木々の切れ間に立ったサイは、顎を使って村の方向を指し示す。
「はい。どうか私に任せて頂ければと思います」
 不躾なサイの態度にも関わらずクイが素直に同意すると、右手を自らの懐に差し込んだ。
「あのー、差し出がましいお願いなんですが……」
「何だよ? 言ってみろよ」
「こちらの砂時計、20回ひっくり返しても私が戻らなければ、様子を見に来て頂けないでしょうか? アサさんの自宅におりますので」
 そう言うと懐にあった握りこぶしを取り出し、サイの前で開いて見せた。
「姉さんの鎖付きの砂時計……、とはちょっと違うみたいだな」
「ええ、スナさんが亡くなったと聞いた時にトミサで似た物を買い求めたのですよ。ヤミさんも同様です」
「ほうそうか。お前の評価ちょっとだけ上がったぞ」
「誠に恐縮でございます」
 サイは誇らしげに胸を張り、砂時計を受け取り首にかけた。

「砂時計を20回、つまり60分だな。分かった。それまで何とか耐えてくれ。いやむしろ輩どもを受け入れて楽しんだ方がいいかもしれんぞ」
「全く下品な方ですねぇ……」
「あ? なんか言ったか?」
「い、いえ。なんでもありません!」
 クイは両手を開いて眼の前に掲げ、首とともに右へ左へ動かす。渾身の否定の表現である。
 対するサイはふんと鼻を鳴らす。

「で、では行って参りますね」
「頑張って~」
 遠ざかっていくクイの背中に向かって、ユミは間の抜けた声を投げかけた。
 
 ――――

「20回か。忘れちまいそうだな、何回ひっくり返したか」
「大丈夫だよ。1回1回数えなくても覚えてるから」
「ああ、そういうこともできんのか」
 サイは手元の砂時計をぼんやりと眺めながら、うわ言の様に呟く。
 が、やがて感極まったようにユミを正面からぎゅっと抱き締めた。
「サイ?」
「私心配だったんだ。お前が連れて行かれたと聞いて」
「あ、ごめんね。心配かけて」
「なんでお前が謝るんだよ。悪いのはクイだろうが」
 とくとく、どくどくと、サイの鼓動が強くなっていくのが分かる。

「うん、でもね。クイが言うことも一理あるんだよ。実際あの状況でもなければ、私はクイの言葉に耳を貸さなかっただろうし、その……、サイがあの場に居なかったからクイも冷静に話が出来たの」
 クイと対面している時とは対照的に、何故か彼を擁護するような言葉が零れていた。
「ああそうだろうな。……あの野郎、私を前にびくつきやがって」
 密着したサイから身震いが伝わる。怒りの表れなのだろう。
 
「で、でも……。サイも納得してくれたんだよね。クイの計画について」
「私が納得したのは、アイをナガレに連れ出すと言うことと、クイにはナガレに辿り着ける理由を説明できるということだ。ハリにはその可能性があることをナガレの連中も把握してるんだよな? クイはこれからもユミをナガレへ案内させようと考えてるみたいだが、そんなことさせない。ナガレへ来るのは今日限りだ」
 サイはユミの両肩に手を置き、ぐっと顔を覗き込む。

「あ、あのねサイ。私がナガレに通うことってそんなに悪いことでもないんだよ。だって――」
「バカ」
 理由も聞かずに一蹴されてしまう。
「ナガレに通うことがお前にどんな見返りをもたらすのかは知らん。でもクイはダメだ。あんな奴の言いなりになるな」
「それは……」
 確かにクイに言いなりになると考えるだけで癪には触る。しかしクイにもたらされた恩恵があるのも事実だ。
 
「ねえ、例えばミズとコナさんが鴛鴦文でつながったこと、サイは喜んでくれたよね」
「ああ確かにそうだ。あの時はクイのことすげぇ奴だと思ったよ。でもなぁ……」
 サイは呆れたように首を左右に振る。
「ミズが鳩になれなくなるのを待ち望んでたなんてな。あいつ表面上では人に称えられるようなことやっときながら、裏では腹黒いこと考えてやがる」
「ま、まあ、考えていたというだけでミズに何か仕組んでいた訳でもないし?」
 口に出してしまってから、本当はミズに何かしていたのではないかという疑念が湧いていた。その証拠など、ありはしないのだが。
「サイのお姉さんはクイのことなんか言ってなかったの?」
「姉さんは義兄さんのこと信頼してたからな。クイのことを腹黒いと認識しつつも、表に出さないのが奴の優しさだと考えていたみたいだ」
 ユミもクイ自身から聞いていた件である。
 これから鳩となり人との出会いが増えることに不安を覚えていたユミに対し、クイは人と仲良くする方法について教授した。それは人の良い所を見つけてやることだと。
 その例としてトキがクイの優しさを見出してくれた、と誇らしげに語っていたのだった。
 そして今のユミも、不覚にもクイの良い面を探し出そうとしてしまっている。
 人を善か悪か、一概に評価できるものではないのだ。

 またユミは、敢えて誰かの悪意に触れることの重さも感じていた。
 ケンを悪だとする認識が、未だに肩にのしかかっているのがその一例だ。
 
 一方で、許すことで前に進めるというソラの言葉も耳に残る。
 何かきっかけがあれば、ソラの言葉を体現することが出来るのではないかと考えていた節がある。
 ユミの心に渦巻いているのは、ケンが母を捨て、義父を再起不能にし、キリを殴ったという事実だ。
 それらにも何か事情があったのかもしれないと、今では考えようとしていた。
 これからケンに再会しようというところだ。対話次第ではケンの事情が見えてくるだろう。そんな期待を抱いていることに気が付いた。
 
 そしてその話し合いの場が設けられるかどうか、クイの交渉に委ねられている。
 故に現時点では、クイの行動も無下にできないと感じていた。
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