鳩の縛め〜森の中から家に帰れという課題を与えられて彷徨っていたけど、可愛い男の子を拾ったのでおねしょたハッピーライフを送りたい~

ベンゼン環P

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第四章 巣立ち

第五十一話 手加減 51 4-12-2/3 163

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「あなた方の望みを叶える訳にはいきません」
 背後にはケンとアサの控えていることもあるが、今ではクイ自身の意思であると言って良い。
 いつもなら90度に腰を曲げ謝意を示すところだが、背筋を伸ばしたまま拒絶を示す。
「クイさん、あんたこいつらに禄でもない約束してたのか?」
「申し訳ございません。あまりにも軽率な――」
 諫めるアサに振り返ろうとした時、クイの鼻頭はながしらへと拳が飛ぶ。

「てめえ、やっぱり適当なこと言いやがったな?」
 鼻を押さえるクイの胸倉を大柄な烏が掴む。その手の甲には焦がされた烙印が燻っている。
「ええ……、そうですね。ですが……、私ももう退く訳には参りません」
 ぽつりぽつりと、しかし確実に言葉を紡いでいく。
 その態度が烏の気に触れたのか、クイの顎の下から拳が突き上げられた。
 
「やめろ! お前らがそういう奴だからナガレから出す訳にいかんのが分からんのか!!」
「うるせぇ! てめえの独裁にはいい加減うんざりなんだ。構うこたぁねえ。お前ら、こいつのことやっちまおうぜ!」
 アサの怒声を一蹴すると、その男は後方に控える同志達へとクイの身柄を投げ渡した。

 クイは烏達に取り囲まれる。腹が蹴られ、頭上には握り拳が落とされた。
「ぐぁっ……」
 クイはたまらずその場に倒れこみ、地に向かって吐血する。
 しかし、暴行は止まらない。
 うつ伏せになったクイの背に、いくつもの足が降り注ぐ。

「クイさん!」
 アサはその身をクイの元へと乗り出そうとするも、行く手を阻まれてしまう。
 クイへの暴行の輪からあぶれた男達が、横並びに立ち塞がっていた。その数は8名。
 アサは決して弱くない。しかし多勢に無勢だ。肉の壁を前に、拳を握ったまま突き出すことができない。
 
「ケン、なんとかしろ!」
 未だアサの背後で佇むケンに焦れる。
「……手加減ができなくなるぞ」
 繰り広げられる惨状を前に、すでに体が疼き出していた。
「いいからやれ! ただし……、俺とクイさんは殴るなよ!」
 アサが言い終わる前に、ケンは飛びかかっていた。
 その拳が、肉の壁の中央を成していた烏の鳩尾みぞおちを捉える。拳を打たれた男は間もなくその場で崩れ落ちる。壁に穴が穿たれた。
 アサはすかさずその穴をくぐり抜ける。そこで倒れた男の頭部を踏みつけることも忘れずに。

「クイさん!」
 再び客人へと呼びかける。しかし応答はない。
 クイを取り囲む男は6名。未だに蹴りの応酬の止む気配もない。
 
「お前らいい加減にしろ! 殴られてぇのか!」
 アサの咆哮も、烏達の耳には届かない。
 縋るようにケンを振り返る。壁を成していた残りの7名を相手に奮闘中のようだ。多人数を相手に苦戦を強いられている。
 防戦一方、立っているのがやっとというところだろうか。
 これでは殴るという脅しも全く効力を持たない。
 
 ケンが度々口にする、手加減をしない状態がどれほどのものかアサは未だに眼にしたことがない。
 しかしこれが本気なのだとすると、些か興覚めだという気分にすらなる。
 とは言え、より危機に瀕しているのは前方のクイだ。
 曲りなりにも、ナガレの行く末を案じた彼のことを無下にする訳にはいかない。
 自らを奮い立たせようと、両頬をぱんぱんと叩いたその時だった。

「こぉおおおらぁおおおおお!」
 
 甲高い声が響き渡る。
 男の巣窟とでも言うべきナガレにおいて、あまりにも不釣り合いな女の声であった。

「なんだ?」
 一時休戦とも言えようか。
 クイに暴行を加える烏達と、ケンを取り囲む烏達の眼が一斉に声のした方へと向く。
 それに釣られるように、アサとケンの視線も奪われる。
 
「私はサイ! 賽子さいころのサイだ!」
 
 そこには1人の女が立っていた。
 足を肩幅に開き、腰に手を当て挑発的な笑みを浮かべている。

「サイ、さん……。良かった、無事だったんですね……」
 クイは朦朧とする意識の中で、体を地に伏せながらつぶやいた。

「おいお前ら! 男同士で乳繰り合って楽しいか? 今ならお色気むんむんのサイちゃんが相手してやってもいいぞ?」
 サイは意味ありげに片目をつぶる。
「た・だ・し……」
 言葉の節に合わせて顔の前で指を振る。
「私を倒すことができたらなぁ!」
 サイはその場でくるりとそっぽを向いて尻を突き出す。そして烏達に向かって舌を見せ、右手で2度尻を打つとその場から駆け出して行った。

「相変わらず……、下品な人ですねぇ……」
 クイは息も絶え絶えに、呆れた声を出す。

「おい、あの女やっちまわねぇか? なんとも見事なケツじゃねぇか」
「おう、おれもそうしたいと思ってたところだ」
「サイだと? おれぁあいつのせいで一財産失ったんだ。その結果こんなところに……。許さん!」

 烏一同、各々の思いを胸に、サイの尻を追いかけていく。
 ただ1名、クイの傍に佇む男を除いて。
「あなたは……、追いかけなくていいんですか?」
 サイには悪いと思いながら、そうあってくれと願いクイは問うた。
「俺は女にゃあ、興味ねぇからな……」
「え……?」
 舌なめずりをしながら見下ろしてくる男を見て、クイの全身から冷汗が溢れ出す。
 クイの立場上、決して男色に偏見があるわけではない。
 しかしそれが烏となると話が変わる。なぜこの男がナガレにいるのかを考えれば身の危険も感じるのだ。

「寝てろ」
 太い声とともにその男の体が倒れこむ。
 あわやクイの体の上へ重なってきそうだったので、力を振り絞って寝返りを打つ。

「ケン、さん……」
 男を倒した者の姿を見上げる。肘をさすっているところを見るに、そこで男の頭を打ったのだろうか。
「ふん」
 ケンが鼻で笑うと、駆け出した烏達の背に向かって走り出す。決してサイの尻を追いかけたのではないはずだ。

「クイさん!」
 取り残されたアサがクイの元へ駆け寄ってくる。
「大丈夫か? あんた」
「え、ええ。どうにか……、うっ……」
 口に鉄の味が広がり、喉に血が回る。
「こほっ、こほっ……」
「無理に喋らなくていい」
 アサの手がクイの背をさする。
「いえ、私の、自業自得です……」
 自身の浅はかな行動に対する罰なのだと考えると、少しだけ胸が軽くなる。アサもこのような気持ちで烙印に焼かれたのではないだろうか。
 
 一方でケンの言葉も蘇る。
 ――この烙印は当然だ。だが、これでカラの気持ちが楽になったのか?
 クイは此度の1件で多くの者を巻き込んだ。
 クイが罰を受けたからと言って、誰も救われることはないのだ。
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