オトナのラノベの作り方

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読者だってセックスしたい

第4話

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「待たせたな、ようやっと出番だ」金山が堀田に向かって言った。「プロモ部の力を見せてやれ」
 金山の言葉に、堀田はわざとらしく溜息をつくと、ペルソナ設計はどちらかというとマーケティング部の分野でしょ、と呟いた。
「あたしの案を言うわね」堀田が言った。「35歳男性。独身。身長170cm、体重60kg。システムエンジニア。得意な言語はC++」
「C++だと?」金山が言った。「そこはPythonとかJAVAとかじゃないのか」
「文学を嗜んできた文脈を汲んでるんだから、口をはさまないでくれる?」堀田が言った。「中小の企業を転々としてきたが、主に大手IT企業の下請けとして働いており、年収は450万円。仕事に対する熱意や拘りは既になく、将来への諦めも見えてきた中で、なんとなく日々を生きている。高校時代に好きだった女の子に告白をして振られてからトラウマになり、それ以降女性との接点はできるだけ避けてきた。当然童貞。結婚願望がない訳ではないし、まだ諦めてはいないけれど、婚活アプリはインストールしつつも登録は躊躇っている。実家暮らしでお金はあるので給料は趣味に注ぎ込んでいる。主な趣味はカメラ、バイク。休日はバイクで遠出しつつ自然や街並みといった風景写真を撮影してはSNSにアップしている」
「インスタグラムをやるようなタチじゃない。twitterだな」
「当然でしょ」金山の差し込みに堀田が返した。「レイヤーと利害が一致するのでコスプレイベントではカメ子として参加し、この場合はレイヤーの女性とは会話ができる。コスプレの世界に興味がある事から、自分自身の人生を鑑みて転生やメタモルフォーセへの憧れがある。学生時代は文学や漫画、アニメや映画の世界に浸り、現実では黒歴史を重ねてきたため、現実よりも物語の世界にノスタルジーがある」
「絵に描いたようなヲタクだな…」僕が言った。「ラノベを書くにあたって、一切想定すらしなかった読者像だよ」
「まるで呼続がモデルだ」金山が言った。「刺さるコピーについては、あいつに読ませて語らせるのが最短ルートな気がしてきた」
 堀田が冷笑した。
「そうは思わない」僕が言った。「合理主義者が、あの生活を選択した以上、既に結婚は諦めてるんじゃないか?」
 僕の言葉に、金山がにやけた。
「甘いな。あいつは複数の婚活アプリを使い分けている。あいつにとって合理的な人生とは、結婚せずに60歳程度で独りで死ぬか、パートナーを見つけて80歳程度まで生きるかのどちらかだ。奴はまだその判断をしていない。優柔不断だからではない。どちらを選択すべきかの判断をするのに必要な情報が揃っていないからに過ぎない」
「でもヲタクっぽさはない」
「まあ、呼続くんにはいずれ読んで貰うとしても」堀田が言った。「ペルソナ仮説としては、悪くないと思うけど」
 堀田の言葉に、僕は首肯した。
「女性としての生活、女体に憧れはあるけれど、男性が好きな訳ではない。女装をしてみたいけれど、似合うような外見ではない。そんなジレンマを抱えたヲタク像だとしたら、確かに男の娘として青春を追体験できるのは魅力的かもしれない」
「セックスに対する考え方も忘れるな」金山が言った。「堀田が重要な事を言った。セックスへのリスクだ。そのペルソナの男は、セックスをしたいのか、したくないのか」
「深層では『したい』で設定したい」堀田が言った。「経験が不足したままこの歳まで生きてしまったから、未知の物に対する恐怖は感じている。だから、『あおのさまよい』は寸での所で描写をやめている観点で最適だと思う」
「本当はちゃんと描写したかった部分でもあるんだけれどね」僕が言った。「性描写は分野的に歓迎されないと思ったのもあって、ギリギリのところでやめた」
「それで正解だ」金山が言った。「性描写や、それに伴うメタファーは一般人には理解されない。俺は、クリエイターの苦しみをセックスで暗喩したボカロ曲をyoutubeに強制削除された黒歴史を持っている。GoogleのAIはメタファーのエモみを理解するにはまだ幼稚過ぎた様だ。youtubeの表現の不自由につきあった所為で合計40万再生が吹っ飛んだ。それで止む無くXvideosにアップした。AVと小便小僧と裸婦像を区別できるほど、まだ人類は成熟していない。SODが極一部の限られた天才の為に制作した、ゴキブリを食べながらゴキブリにまみれてセックスするフェチ作品や、バター犬とセックスする獣姦ものといったエゲツないAV作品だろうと、それが美術館というコンテクストの中で展示されれば、人々はそれをアート作品の文脈で理解しようとするだろう。これは村上のフィギュアが秋葉原なら精々1万円程度の価値しかないのが、サザビーズやクリスティーズでは数億円になるのと同じだ。誰も本当に自分の目や耳や触覚を信じる自信など持ち合わせちゃいない。それをアートだとお膳立てする環境や専門家がいなければ判断すらできない。まるで、疑似科学を根拠にした健康食品のCMで学者でもなんでもないにも関わらず白衣を着た髭面の外人が出演するような物だ。愚かしいが、それが真理だ。ボカロ曲『わたしだってセックスしたい』をニコニコで検索すれば、俺の言っている意味がより理解できるだろう。当然、コメントも忘れるな」
「金山くんの苦しみの事は、理解してあげたいけれど今はそのタイミングじゃないわ」堀田が言った。「プロモーション案を練らないと」
 遠回りした感はあるが、それが今回の集まりの主題の筈だ。
「具体的に、何を決めていけばいいんだろう?」
 僕が言った。堀田がマーカーの蓋を開けてホワイトボードに向かった。
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