オトナのラノベの作り方

ぼを

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40秒で射精しな!

第1話

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「おい、タマネギ野郎」
 金山が、システムサポート部の豊橋と呼ばれる男に、そう声をかけた。相変わらずだが、僕はまだ金山からシスサポに来た理由を聞かされていない。
 豊橋と呼ばれた男は、気だるそうに金山の方を見遣ると、僕を一瞥してきた。痩せ型で三白眼、獣の様な頭髪。人間よりもロボット寄りの外見だ。
「…ダークウェブは暫くやってない」豊橋が言った。「痛い目に遭ったからな」
 金山が笑った。僕には、2人の会話の意味が全く分からなかった。何故、このロボット野郎が「タマネギ野郎」で、ダークウェブの話がでてくるんだろう。
「今回はお前をもっと痛い目に遭わせてやる」金山が言った。「お前のヲタク度が試される時が来た」
 金山のいつもの冗談に、豊橋は表情ひとつ変えなかった。自己紹介する隙すらない。
「…金になる話か、痛快な話か。それなりの案件でなければ請けんぞ」
 金山が、笑いながら、はっ、と言った。
「痛いほど痛快な話だ。そのスプラッタ具合と言ったら、あまりにもグロすぎてこんな所では話せる内容じゃない」
 僕らは適当に空いている会議室を見つけ、入った。
「ハッキングを依頼したい」椅子に腰かけるなり、金山が切り出した。「大企業のサーバだ」
 ハッキングだと?
 金山の言葉に、豊橋は腕を組んだまま一言も喋らず、暫く金山を無表情に見つめた。
「…企業名は?」
 豊橋の質問に、金山が、ユグドラジルの親会社の名前を告げた。そして、僕は金山が豊橋に何を依頼しようとしているかが理解できた。
「金山、まさか…」僕が言った。「ユグドラジルのサーバに攻撃を仕掛けて得票数を操作しようって言うんじゃないだろ?」
 金山は僕に視線を遣りながら、にやりと笑った。
「人生とは度し難いものだ。期待すればするほど、期待外れな結果を迎える事になる。だが、今回はお前の期待通りだ。ユグドラジルをハッキングし、得票数を操作してお前のラノベを受賞させる」
 うそだろ。
「疑うまでもなく、犯罪行為じゃないか。見つかったらラノベどころの騒ぎじゃない。下手したら懲役がつくんじゃないか?」
「だから、リーサルウェポンである豊橋を訪うた」金山が言った。「豊橋はこの会社の中で最高の技術者だが、最低のオニオン野郎な所為で誰も活用ができない。上司がクソだと部下の能力を正当に評価できなくなり、天才は殺される。企業の規模が大きければ大きいほど、クソがクソを評価してクソを生み出し続けるという負の連鎖がムカデ人間の会社を作り上げる」
「彼が技術力が高いのは解ったけれど、言いたいのはそういう事じゃない。そこまでリスクを負って割の合う内容じゃないって事だよ。たかがラノベだぜ? 受賞したところで、大した金も貰えず、1冊本が出るのがいいところで、それ以降一切忘れられた存在になるのが目に見えてる。警察に厄介になる可能性と引き換えにできるような価値がない」
「お前は勘違いをしている」金山が言った。「俺たちがやろうとしているのは『公開されているにも関わらず、誰も利用しようとしなかった資源を回収して活用する事』だ。SNSにはエゴと自己承認という哀しきマズローの欲求から生み出される腐るほどの画像がアップされるが、誰もその画像のExif情報を確認して、何の機種でいつ、どこで、どのようなモードで、いくつのF値で撮影したのか、を調べようとは思わない。何故なら、そもそも他人の事なんか関心がないし、価値がないと思い込んでいるからだ。だが、これは常に公開されている情報だ。公開されているものを拾うか拾わないか、の差でしかない。やり方が公開されているにも関わらず、申請しなければ貰えない年金の手続きをどれだけの人間がやってないか。やれば貰えるんだ。やればいい。ノーマンはギブソンのアフォーダンスを曲解して広めたクソ野郎だが、ユグドラジルのサーバは俺たちにハッキングする事をアフォードしている。それだけだ。彫刻作品は手で触れる事をアフォードしており実際手で触れて感じるべきジャンルにも拘らず、アートのなんたるかを理解できない多くの美術館は一切手を触れさせない様に愚かにも柵で囲ってしまう。ユグドラジルのサーバは柵で囲われた未発表のロダンだ。俺たちの手で、アフォーダンスを開放してやるんだ」
「金山の屁理屈は聞き飽きた」僕が言った。「僕はその話には到底乗れない」
「解った」金山が言った。「この議論を進めるには、アルコールという名の触媒が必要だ。今夜話し合う事にしよう」
「…話は終わったか」豊橋が言った。僕と金山は豊橋に目を遣ると、思わず頷いてしまった。「目的はともかくだ。金山、お前が入手している情報を言え」
 金山は、またにやりと笑った。
「ザッカーバーグのノートPCのインカメラには付箋が貼り付けられている」金山が言った。「呆れる程アナログだが、それがインカメラのハッキング防止に最も効果的だからだ」金山は胸元から手帳を取り出すと、そこから小さな付箋を1枚剥がし、テーブルに貼り付けた。何やら暗号が書かれている。「企業の役員が、自分のデスクのPCに、イントラへのログインパスワードを貼り付けていたとしたら、それはザッカーバーグ気取りと言えるだろうか。俺はそうは思わない」
 金山の付箋を見て、豊橋が口許だけでにやりと笑った。
「…上出来だが、他には?」
 豊橋の言葉に、金山はスマホを取り出した。
「こいつだ」金山は僕らに見える様に、Wi-Fi設定画面を開いて見せた。「このSSIDは当然ステルスモードになっていて外部からは見えない。だがここに入力されている。そして、接続パスワードも同じく入力済みだ」
 僕は鳥肌が立つのが解った。金山は、一体何をやっているんだ? 先日ユグドラジル社を訪問したのは、WEB大賞の仕組みを知り、ラノベの得票操作をコネで行う為ではなかったのか?
「気づかなかった」僕が言った。「いつの間に、ユグドラジルの無線LANに繋いだんだ?」
「キャリアの電波が悪いから無線LANを貸してくれ、と言われて、外部の人間にSSIDとパスワードを教えるのは、賢い人間のする事ではない」
 いつの間にそんな事を訊いていたというのか。これは、上小田井が図らずも先手を取ってしまった、ユグドラジル社役員の学歴マウントへの仕返しだ。狡猾過ぎる。
「これだけあれば足りるか?」金山が言った。「念のために、ユグドラジルのサーバがハウジングしている建物名、住所まで調べ上げてある。AWSではなく自社サーバだ」
 豊橋は腕組みをしたまま、また暫く沈黙のまま金山に視線を送った。三白眼のロボットアイめ。
「…いいだろう」豊橋が言った。「イントラに直接入る事ができれば、ユグドラジルのサイトからポートスキャンを掛けてクラックする必要はなかろう。面倒ではあるが、そのWi-Fi電波内で作業した方が安全だし効率的だ。因みに、そのユグドラジルはビルの何階に入居してる?」
「5階だ」
 金山が答えた。豊橋が頷いた。
「見晴らしが良いビルの5階くらいであれば、近隣のカフェからでも電波を拾えるだろう」豊橋が言った。「パスワードが解っていても管理者IDが解らん状態だが、イントラからサーバに侵入してブルートフォースすればログインに必要な情報を取得するのは容易い。実行に先立って、取り急ぎ、ユグドラジルのページからwhois情報はあたっておくとしよう」
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