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第一話 「現金オンリー」
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終電まで、あと十五分。
駅前のコンビニは改装中で真っ暗だった。
低血糖で頭が回らない。
「……やばい」
案件が佳境を迎えると、夕食なんて消える。今日も朝からコーヒーと会議だけ。さすがに限界だ。
ふと、路地に柔らかな灯りが見えた。
古びた木枠の引き戸の向こう、小さなカウンターが暖色の照明に包まれている。
——この時間にやっている店なんて、初めて見た。
引き戸を開けると、スパイスとだしの混ざった匂いが迎えてきた。
カウンターの向こう、エプロン姿の店主が顔を上げる。
「こんばんは。どうぞ、座ってください」
声は高すぎず低すぎず、耳に心地よい中間の響き。髪は肩にかかる程度で、光の加減で色が変わって見える。
「なにか…食べられますか?」
情けない質問だったが、店主はふっと笑った。
「食べていきなよ。あったかいもの、すぐ出せるよ」
席につき、鞄から財布を取り出す。——現金がない。完全キャッシュレス生活だ。
「すみません、カードか電子マネーは…」
「現金だけなんだよね」
「……」
店主は全く気にせず鍋の蓋を開けた。
「じゃあ今度でいいよ。ほら、もう盛っちゃったし」
「いや、それは…」
「お腹空いてるんでしょ?」
湯気越しの視線は、妙にまっさらで、損得の影もない。不可解だ。
皿を受け取り、一口すすれば、温かさが全身を満たした。
「顔色、さっきよりましになった」
「……そんなにひどかったですか?」
「うん。正直、幽霊みたいだった」
「職業柄、夜は遅くなることが多くて」
「じゃあ、うちに通えばいいよ。お腹空いてる時、何も食べられないのは悲しいでしょ」
「……いや、そういうのは計画的に——」
「計画? お腹すくのって、計画的にできるの?」
「……」
「それに、ちゃんと食べたら仕事もはかどるでしょ」
「否定はしませんが」
「じゃあ決まり。うちは現金オンリーだけど」
「それが問題だと言ってるんです」
「うん。でも今度でいいよ」
……話が進んでいるようで、まったく進んでいない。
その無防備さに、なぜか視線を外せなかった。
駅前のコンビニは改装中で真っ暗だった。
低血糖で頭が回らない。
「……やばい」
案件が佳境を迎えると、夕食なんて消える。今日も朝からコーヒーと会議だけ。さすがに限界だ。
ふと、路地に柔らかな灯りが見えた。
古びた木枠の引き戸の向こう、小さなカウンターが暖色の照明に包まれている。
——この時間にやっている店なんて、初めて見た。
引き戸を開けると、スパイスとだしの混ざった匂いが迎えてきた。
カウンターの向こう、エプロン姿の店主が顔を上げる。
「こんばんは。どうぞ、座ってください」
声は高すぎず低すぎず、耳に心地よい中間の響き。髪は肩にかかる程度で、光の加減で色が変わって見える。
「なにか…食べられますか?」
情けない質問だったが、店主はふっと笑った。
「食べていきなよ。あったかいもの、すぐ出せるよ」
席につき、鞄から財布を取り出す。——現金がない。完全キャッシュレス生活だ。
「すみません、カードか電子マネーは…」
「現金だけなんだよね」
「……」
店主は全く気にせず鍋の蓋を開けた。
「じゃあ今度でいいよ。ほら、もう盛っちゃったし」
「いや、それは…」
「お腹空いてるんでしょ?」
湯気越しの視線は、妙にまっさらで、損得の影もない。不可解だ。
皿を受け取り、一口すすれば、温かさが全身を満たした。
「顔色、さっきよりましになった」
「……そんなにひどかったですか?」
「うん。正直、幽霊みたいだった」
「職業柄、夜は遅くなることが多くて」
「じゃあ、うちに通えばいいよ。お腹空いてる時、何も食べられないのは悲しいでしょ」
「……いや、そういうのは計画的に——」
「計画? お腹すくのって、計画的にできるの?」
「……」
「それに、ちゃんと食べたら仕事もはかどるでしょ」
「否定はしませんが」
「じゃあ決まり。うちは現金オンリーだけど」
「それが問題だと言ってるんです」
「うん。でも今度でいいよ」
……話が進んでいるようで、まったく進んでいない。
その無防備さに、なぜか視線を外せなかった。
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