『まあ！偶然ですわ！』 ―鈍感殿下と恋する令嬢―

第4章：少しの切なさ

午後のサロン。
窓辺に咲いた白いカーテンが風に揺れ、紅茶の香りが静かに漂っていた。

クラリッサはソファに腰かけ、カップを両手で抱えている。
向かいに座るのは、親友のミレイユだ。

「ねえ、クラリッサ」
「なにかしら？」
「最近ずっと、ハルシュタイン様の周りにいるわよね」

クラリッサは「まあ！」と笑みを浮かべた。
「偶然ですわ！」

「またそれ……」
ミレイユは少し呆れたように首を傾げる。
「本当は、好きなんでしょう？　だったら、ちゃんと伝えればいいのに」

クラリッサの笑顔が一瞬、揺れた。
紅茶を見つめ、唇が小さく震える。

「……だって」
声はかすかに、カップの中に落ちる。
「好きって言うのは、男性からするものですわ」

「え？」

「わたくしが言ってしまったら……。選んでもらえなかったら……」
そこまで言って、クラリッサは口をつぐんだ。
長いまつ毛の陰に隠れた瞳は、ほんの少し潤んでいる。

ミレイユはその姿を見つめ、ため息をついた。

「クラリッサ。あなた、本当に意地っ張りね」

「ち、違いますわ！　ただ……ただ……」
言葉が続かない。
「偶然」や「奇跡」でごまかしていた明るい笑顔の裏に、まだ幼いような切なさが滲む。

紅茶を口に含み、クラリッサは無理やり笑顔を作った。
「……でも、偶然が重なれば、きっと特別になるはずですもの」

ミレイユはそれ以上は追及せず、優しく彼女の手に触れた。

「そうね。あなたの“偶然”が、どうか叶いますように」