「くだらない日常に咲いた恋」 ― 完璧な御曹司と花屋の娘 ―

俺以外に見惚れるな。

花屋の午後。
青年はいつものように店に現れ、カウンター越しに少女の動きを眺めていた。
今日はいつになく表情が柔らかい――と思った矢先。

「そういえば、昨日は父の手伝いで、とあるお屋敷の庭園に行ってきたんです」

少女が何気なく告げた。
ラベンダーを束ねながら、楽しそうに続ける。

「とても広くて、花も見事で……まるで絵本の中の世界みたいで。
　舞踏会でしか見られないような方々が歩いていて、わたし、思わず見惚れてしまいました」

青年の指先がぴくりと止まる。
胸にざわめきが広がり、喉の奥が乾いた。

「……誰と行った」
「え？」
「その庭園に、一人で行ったのか」

「父と一緒に、です。花の植え替えを手伝って……」
安心したように笑う少女。
だが次の瞬間、青年の声が低く落ちた。

「……見惚れた、とは」

「え？」
「その“舞踏会でしか見られない方々”に、か？」

少女は一瞬きょとんとし、すぐに頬を赤らめて手を振った。
「ち、違います！　人じゃなくて……あの、ドレスとか、飾り付けとか……！」

青年はしばし黙り、じっと彼女を見つめる。
沈黙が重なり、少女の胸が早鐘のように打つ。

やがて――彼は目を逸らし、わずかに掠れた声を零した。
「……くだらないな。俺以外に見惚れるなど」

その言葉に、少女の頬が一層赤く染まる。
「……っ、そんなこと、ありません！」

青年は不器用に眉を寄せ、けれどどこか拗ねたように続けた。
「……お前は野の花だ。豪華な庭園よりも……ずっと俺の目を奪う」

短い告白のようなその言葉に、少女は息を呑む。
静かな花屋に、二人の鼓動だけが響いていた。