『ティアラに誓う、ただひとりのあなたへ』 ──赤いリボンが結ぶ、花園の婚約物語

だって、これも愛なの。

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第六話:近づく影と、心のざわめき

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 帝国の街では年に一度、
 湖の恵みに感謝する祭りが開かれる。

 市井の人々が花冠を作り、手作りの菓子を売り歩く日。
 王族もこっそりと変装して参加することがあるらしい。

 

 リリアナにとって、それは帝国で初めての“自由な外出”だった。

「まさか……王子さまが“変装”してくださるなんて」

「変装とは言っても、帽子を深くかぶるだけなのですが……。どうか、ご容赦を」

「うふふ……本当に、ばれないといいですね?」

「――護衛騎士が、完全に浮いていますよね」

 変装しても隠せないオーラってあるのだなと、
 ふたりは護衛騎士ーーカミル・アーガスを見つめた。


***
 

 ふたりは人波のなか、肩を並べて歩いていた。
 リリアナの手には、さっき買ったばかりの焼き菓子。
 そしてレオンハルトは小さな赤いガラス細工を手にしていた。

「これは、あなたのリボンに似ていたので……」

「……え……あ……ありがとうございます」

 手を触れないように差し出された贈り物。
 けれどその距離さえ、くすぐったくて、愛しかった。

 

 そして、ちょうどそのとき。

「……リリアナ、なのか?」

 

 不意にかかった声に、彼女の背筋が凍りついた。

 

 ゆっくり振り返ると、そこには懐かしくも、今はもう見慣れない姿があった。

 ユリウス・ヴァン=シュトラール――
 かつての婚約者、そして、彼女を手放した青年だった。

 

「やっぱり君だったのか……どうして、そんなに……幸せそうなんだ」

 

 その声は、どこか悔しげで、そして少し、戸惑っていた。

 

「どうしてって……ユリウス様が、わたしを手放したからです。
 あなたが、わたしを“夢見がちでふさわしくない”と仰ったから……。
 それなのに、どうして今さら?」

 

「……いや、違う……。君があんな風に笑う人だったなんて、知らなかったんだ。
 もしかして、まだ……少しでも、僕に――」

 

「それ以上はおやめください」

 

 冷たい声が、割って入った。

 帽子を外したその青年の顔を見て、ユリウスの表情が固まる。

「……あなたは……まさか、ノアディールの……王子……?」

「はい。私が、リリアナ嬢の現在の婚約者です」

 

 言葉には刺がなかった。
 けれど、その柔らかい口調に込められた意志は、鋼のように硬かった。

 

「……もう一度だけ、彼女を見たかった。
 僕は……彼女がこんなにも大切な人だったと、やっと気づいたんだ」

 

「――その気持ちは、否定しません。
 でも、彼女はもう前に進んでいます。
 どうか、これ以上彼女の歩みに影を落とさぬよう、お願い申し上げます」

 

 そのやり取りを聞いていた護衛騎士のカミルが、ぼそりとつぶやいた。

「言葉が通じないなら、剣で追い返すまでだが……」

 そっと、けれどしっかりと、ユリウスの肩を掴む。

「まぁ、今回は手加減してやろう。リリアナ嬢が泣いたら、それは王子の心を切る刃になる。……わかってるな?」

 

 そして言い終えぬうちに、庭師のリオもいつの間にか背後から顔を出す。

「おやおや~、嫉妬した元婚約者が帝国に乗り込んできて~~。
……でも、リリアナさまがどっちを見るか、もう答えは出てるっスよね?」

 

 ユリウスは、なにも言い返せなかった。

 その場を静かに去る彼の背中を、誰も追わなかった。

 

 そして。

 

 王子は、そっとリリアナに手を差し出す。

「……驚かせてしまいましたね。ごめんなさい。……大丈夫ですか?」

 リリアナは、少しだけ震えた指で、彼の手を取った。

 

「……はい。だって、わたし、もう振り返らないって決めましたから」

 

 その手を強く握りしめることはできなかった。
 でも、それでも。
 ふたりの距離は、もう戻らない場所まで近づいていた。

 

(つづく)
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