蘭妃は冷宮生活を満喫中!〜呪いの猫皇子とフシギ生活〜

明夏 向日葵

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この妃、要注意人物?

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翌朝、茗渓は怜綾に朝食を差し出しながらニッコリと笑った。

「今日はね、もう一度町に行こうと思うの。ほら、昨日買えなかった薬草とか、畑に植える種も足りないし」

怜綾は器用にスープを舐めつつ、面倒そうに尻尾を揺らす。

(また出かけるのか……。だが、動けない今の俺にはどうすることもできん)

小さな嘆息を漏らしながらも、怜綾はまだ怪我が癒えておらず、足には包帯が巻かれている。

「ちゃんとお留守番しててね。帰ってきたらお魚あげるから!」

茗渓はニンマリと笑い、髪をざっくり結って男物の粗末な服に着替えると、怜花宮の裏門からするりと外に出た。

市場は朝から大賑わいだった。野菜の山、香辛料の香り、子どもたちの笑い声。茗渓は「この空気、懐かしい!」と心の中で叫びつつ、野菜の種と薬草を選んでいく。

「これと、これと……あ、こっちの方が安い?」

値段を比べながら迷っていると、後ろから不意に声が飛んできた。

「お嬢さん、野菜の選び方が素人丸出しだな」

「えっ?」

振り向くと、そこには旅人のような風体の男が立っていた。乱れた髪を布でまとめ、日に焼けた肌に軽く笑みを浮かべている。

「……あ、ありがとう。でも私、田舎から出てきたばかりで、つい」

茗渓は咄嗟に言い訳しながらも、相手の容姿にどこか違和感を覚えた。どこかで見たような――

「ははっ。そうかそうか。じゃあ、この大根、こっちの店の方がいいぞ。安くて甘い」

男はひょいと茗渓の手から種袋を取ると、向こうの店へ軽やかに歩いていく。

「ちょ、ちょっと! 勝手に……!」

慌てて追いかける茗渓だったが、気づけばその男――怜張はちゃっかり値切り交渉まで始めていた。

「そこのお嬢さん、この子に安くしてやってくれよ。可哀想にな、田舎から出てきて必死なんだ」

「いや、可哀想とか言わないで!」

けれど店の女主人は大笑いしながらまけてくれた。

「ありがと……って、あんた一体誰なの?」

「俺? ただの流れ者さ。あんたみたいに元気な娘と話すのは久しぶりでな、面白かった」

そう言って怜張は、どこか懐かしげな眼差しで茗渓を見つめる。

「名前は?」

「……茗渓」

「茗渓、ね。ふーん、いい名前じゃないか」

彼は名前を確かめるように口に出すと、ふいに目を細めた。

「……どこかで聞いた気がするが……まぁ、いいか」

と、怜張は手をひらひら振って去っていこうとする。

「ちょ、待って! お礼ぐらい……」

「じゃあ、また会ったときにな。茗渓嬢ちゃん」

そう言って怜張は群衆に紛れ、あっという間に姿を消した。

茗渓はぽかんと立ち尽くしたまま、思わずつぶやいた。

「……変な人。でも、なんか……楽しかった」

夕暮れ、怜花宮に戻ると、怜綾がじっと入口で待っていた。

「ただいま~。ごめんね、遅くなっちゃって」

茗渓は袋から薬草を取り出しながら、怜綾の頭を優しく撫でた。
その手つきに、怜綾はふと目を伏せる。

「はい、これ飲んで。ちょっと苦いかもだけど、我慢してね」

怜綾はむすっとした顔でスープを飲み干す。黙っているが、どこか素直だった。

夜になり、茗渓は買ってきた綿布と枕で怜綾の寝床をまた整える。

「今日はちゃんと自分の寝床に寝るのよ?」

……が、怜綾は何事もなかったかのように再び茗渓の寝床へ。

「こ、こらぁ! また!? ほんとに猫なの!?」

「でもまぁ……いいか。雄猫だし。ちょっとくらいなら、ね」

そう言いながら、茗渓はふわふわの毛並みにくっつきながら床にごろんと横になった。

夜が更け、怜花宮に静寂が訪れる。
茗渓は床に敷いた布の上で丸くなって眠っていた。小さく寝息を立てながら、夢の中で誰かと笑っているようだった。

そんな彼女の傍らで、黒猫の姿をしていた怜綾が、そっと目を開ける。

――満月に近づく月が、雲間からゆっくりと顔を覗かせていた。

その光が怜綾の体に触れた瞬間、淡い光が猫の体を包み込み、静かに、その姿が変化していく。

骨格が伸び、黒い衣が現れる。背筋の通った優美な姿。目元に宿る聡明な光と、凛とした輪郭。
漆黒の装飾が施された深い黒の装束をまとい、片手には銀の指輪が光っていた。

ただし――

「……やはり、まだ完全ではないか」

小さくつぶやいたその声は、澄んだ青年の声。だが頭には柔らかく揺れる黒い猫耳、そして衣の裾の隙間からは細い尻尾が覗いていた。

怜綾はゆっくりと茗渓の寝顔を見下ろす。

(……これほど無防備な人間がいるとは。まるで、月の下に咲く花だな)

だがその思考を遮るように、ふいに気配が揺れた。

「――ようやく、目を覚まされましたか」

暗がりから声がした。怜綾が目を細めると、瓦の陰から一人の男が現れる。

白銀の仮面に、緋色の外套。腰に佩刀を携え、静かに地を踏むその男は、怜綾が信頼を寄せていた忠臣――天馬だった。

「遅かったな、天馬」

「申し訳ありません。後宮の奥は探るにも時間がかかりました」

天馬は怜綾の姿に跪き、頭を垂れる。

「怜綾様、まずはご無事を。……そのお姿では、まだ呪いの効力は強いようですな」

「月の力でなんとか人間の姿を保てているが…。必ず呪いを解き、この身を解放する」

怜綾はそう言いながら、茗渓の寝顔へと視線を戻す。

天馬も視線を追い、怪訝な声を漏らす。

「……この娘が、今話題の“悪妃”か。皇帝陛下がわざわざ冷宮に封じた女。民にも知られ、後宮では悪名高い」

「そうか。こいつは、そんな名で呼ばれていたのか」

怜綾は鼻を鳴らした。

「……だが、見たところその片鱗は見えん。ただの間抜けな娘だ。猫一匹でここまで騒ぎ立て、挙げ句の果てに畑を作り出す」

「寵愛を得ようという意志もなく、ただ笑っている妃など、普通ではありませんな」

「天真爛漫な愚か者、だが――」

怜綾の目が静かに細められる。

「使える」

「……は?」

「こやつは俺の正体を知らぬ。呪いを解く鍵となる術、あるいは痕跡を追わせるには――うってつけの“駒”だ」

天馬は少し目を見開いたが、やがて低く息を吐いた。

「……いつも通りですね、殿下」

「“信じる”などという感情は、母上の死とともに捨てた」

そう言い放ち、怜綾は茗渓の寝顔を見下ろす。

その表情には、微かな戸惑いが――ほんの一瞬、宿っていたかもしれない。だが次の瞬間には冷たい決意に変わっていた。

「目覚めた時も、ただの黒猫として接してやろう。心を許すつもりはない。だが、仮面の下で操ることはできる」

月が雲に隠れた瞬間、怜綾の体は再び黒猫へと変わった。

「……やれやれ、猫耳に尻尾つきとは、どんな呪いだ……」

そう小さくつぶやきながら、怜綾は茗渓の布団の端へと身を沈めた。
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