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芙蓉宮
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浴衣のような軽やかな桃色の衣をまとい、芙蓉宮の客間へと案内された茗渓は、思わず立ち尽くした。
そこには、「これでもか」と思うほどに美しいお菓子の数々が机の上にずらりと並んでいたのだ。透明な糖衣に包まれた琥珀糖、花弁を模した練り切り、まるで宝石のような干菓子たち。見るだけで目が蕩けそうになる。
「……すご……っ」
思わず呟く茗渓の前方、緋色の座布団にふわりと腰掛けていたのは、桃色の衣を纏った麗妃だった。いつもの正装ではなく、どこか柔らかさを感じる軽装姿。それでも、気品と華やかさは相変わらずで――むしろ、それが素肌の美しさを際立たせていた。
「どうぞ、お座りになってくださいな」
扇子を軽く開いて手招きをする麗妃に、茗渓は恐る恐る近づいていった。
「……あの、これは……」
「そのお召し物、とてもよくお似合いですわ。月華の見立てには、間違いがありませんもの」
朗らかに笑う麗妃とは対照的に、茗渓の顔は耳まで赤い。
(え、ちょ、ちょっと待ってこれ露出多すぎじゃない!?!?)
首元は広く開き、袖は透けていて、腰のあたりもふわりと柔らかく――鏡を見た時も焦ったが、今、正面に座る麗妃に褒められているこの状況の方が、数段キツい。
(なんでこんな格好をっ……いや、でも断れないし……)
「よかったら……私が作ったお菓子なのですが。お口に合えば嬉しいです」
その声に顔を上げると、麗妃は手のひらを机の中央にそっと差し出していた。指先には一輪の桜を模した小さな練り切りがのっている。
茗渓は少し戸惑いながらも、麗妃が差し出した練り切りを手に取り、そっと口元へ運んだ。ふわりとした甘みが広がり、口の中で静かに溶けていく。
「……っ、美味しいです。甘さも優しくて……花の香りが……」
「ふふ、よかった。蘭妃様のように繊細なお方には、強すぎない方が良いかと思って」
麗妃が嬉しそうに微笑む。その表情に、茗渓は一瞬、息を呑んだ。目の前の妃は、ただの権力者などではない。人の心を気遣い、柔らかな気配りを忘れない人だ――そう思えた。
だが、次の瞬間。麗妃はふと、視線を伏せ、静かに口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え……?」
「そして……助けてくださって、ありがとうございます」
麗妃の声音は、とても静かだった。咲きかけた芙蓉の花が風に揺れるように、どこか儚く、けれど芯のある言葉。
「陛下は……悪い方ではありませんの。ただ……先帝が亡くなり、若くして帝位を継がれた陛下は、民のため、より良い皇帝であろうと――」
言葉を選ぶように、ゆっくりと麗妃は続ける。
「……その一心で、自分にも、そして他人にも、必要以上に厳しくなってしまわれたのです。だから……私を助けてくださった貴女に疑いをかけるような真似をしてしまった。あれは、陛下の本心ではありません」
そっと、麗妃は茗渓の前に膝をつくように頭を下げた。
「陛下に代わって――私が、謝罪いたしますわ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいっ! そんなっ! 全然、大丈夫ですからっ!!」
茗渓は慌てて身を乗り出し、手を振った。
「そんな、麗妃様が謝ることじゃ……あの、むしろ私の方が……助けていただいて……!」
「ふふ……では、おあいこ、ということにいたしましょうか?」
微笑む麗妃の顔には、もう翳りはなかった。だが茗渓は――この人の、深くて静かな悲しみにまだ気づけていなかった。
「……麗妃様は、強い方ですね」
ぽつりと呟くと、麗妃はそっと扇子を唇に寄せ、ふふと笑った。
「蘭妃様も……きっと、とても優しい方ですわ」
そう言われて、茗渓は不意に胸が熱くなる。
この場所にいる誰もが、誰かのために傷つき、誰かのために微笑んでいる。
そこには、「これでもか」と思うほどに美しいお菓子の数々が机の上にずらりと並んでいたのだ。透明な糖衣に包まれた琥珀糖、花弁を模した練り切り、まるで宝石のような干菓子たち。見るだけで目が蕩けそうになる。
「……すご……っ」
思わず呟く茗渓の前方、緋色の座布団にふわりと腰掛けていたのは、桃色の衣を纏った麗妃だった。いつもの正装ではなく、どこか柔らかさを感じる軽装姿。それでも、気品と華やかさは相変わらずで――むしろ、それが素肌の美しさを際立たせていた。
「どうぞ、お座りになってくださいな」
扇子を軽く開いて手招きをする麗妃に、茗渓は恐る恐る近づいていった。
「……あの、これは……」
「そのお召し物、とてもよくお似合いですわ。月華の見立てには、間違いがありませんもの」
朗らかに笑う麗妃とは対照的に、茗渓の顔は耳まで赤い。
(え、ちょ、ちょっと待ってこれ露出多すぎじゃない!?!?)
首元は広く開き、袖は透けていて、腰のあたりもふわりと柔らかく――鏡を見た時も焦ったが、今、正面に座る麗妃に褒められているこの状況の方が、数段キツい。
(なんでこんな格好をっ……いや、でも断れないし……)
「よかったら……私が作ったお菓子なのですが。お口に合えば嬉しいです」
その声に顔を上げると、麗妃は手のひらを机の中央にそっと差し出していた。指先には一輪の桜を模した小さな練り切りがのっている。
茗渓は少し戸惑いながらも、麗妃が差し出した練り切りを手に取り、そっと口元へ運んだ。ふわりとした甘みが広がり、口の中で静かに溶けていく。
「……っ、美味しいです。甘さも優しくて……花の香りが……」
「ふふ、よかった。蘭妃様のように繊細なお方には、強すぎない方が良いかと思って」
麗妃が嬉しそうに微笑む。その表情に、茗渓は一瞬、息を呑んだ。目の前の妃は、ただの権力者などではない。人の心を気遣い、柔らかな気配りを忘れない人だ――そう思えた。
だが、次の瞬間。麗妃はふと、視線を伏せ、静かに口を開いた。
「……ごめんなさい」
「え……?」
「そして……助けてくださって、ありがとうございます」
麗妃の声音は、とても静かだった。咲きかけた芙蓉の花が風に揺れるように、どこか儚く、けれど芯のある言葉。
「陛下は……悪い方ではありませんの。ただ……先帝が亡くなり、若くして帝位を継がれた陛下は、民のため、より良い皇帝であろうと――」
言葉を選ぶように、ゆっくりと麗妃は続ける。
「……その一心で、自分にも、そして他人にも、必要以上に厳しくなってしまわれたのです。だから……私を助けてくださった貴女に疑いをかけるような真似をしてしまった。あれは、陛下の本心ではありません」
そっと、麗妃は茗渓の前に膝をつくように頭を下げた。
「陛下に代わって――私が、謝罪いたしますわ」
「え、ちょ、ちょっと待ってくださいっ! そんなっ! 全然、大丈夫ですからっ!!」
茗渓は慌てて身を乗り出し、手を振った。
「そんな、麗妃様が謝ることじゃ……あの、むしろ私の方が……助けていただいて……!」
「ふふ……では、おあいこ、ということにいたしましょうか?」
微笑む麗妃の顔には、もう翳りはなかった。だが茗渓は――この人の、深くて静かな悲しみにまだ気づけていなかった。
「……麗妃様は、強い方ですね」
ぽつりと呟くと、麗妃はそっと扇子を唇に寄せ、ふふと笑った。
「蘭妃様も……きっと、とても優しい方ですわ」
そう言われて、茗渓は不意に胸が熱くなる。
この場所にいる誰もが、誰かのために傷つき、誰かのために微笑んでいる。
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