蘭妃は冷宮生活を満喫中!〜呪いの猫皇子とフシギ生活〜

明夏 向日葵

文字の大きさ
14 / 50

悪妃、絶対絶命!?

しおりを挟む
玉座の間は静寂に包まれていた。
床に敷かれた紅絨毯の上に、濡れた髪を乾かす暇もなく、茗渓はひざまずいていた。

御簾の奥に座するのは、皇帝・怜瑾――帝の威厳を纏いながらも、茗渓にはなぜかひどく冷たく映る。

「……蘭妃。お主が麗妃を泉に落としたという証言がある」

怜瑾の声は、澄んでいながらも容赦がなかった。

「そ、それは誤解でございます! 私が見つけたとき、麗妃様はすでに――」

「証拠もない。言い訳をすれば無罪になると、そう思っているのか?」

声の温度が一段と下がった。
茗渓は唇を噛む。

(ちょっと待って、え……この人、ほんとに“主人公”なの……?)

脳裏に浮かぶのは、これまで読んできた物語の中の、冷静で理知的な皇帝・怜瑾像。

(もっと道理通じるタイプじゃなかったっけ!?まさかの短気。全然イメージと違うんだけど……)

「麗妃を傷つけた罪は重い。後宮の秩序を乱す者として――」

帝が処罰を口にしかけた、そのときだった。

「――お待ちくださいませ、殿下」

澄んだ声が玉座の間に響いた。
振り返れば、扇のように開いた紫の衣を翻し、優雅に現れたのは――麗妃。

「麗妃……」

怜瑾が目を細めた。麗妃は一礼し、静かに言葉を紡ぐ。

「どうかこの事件を、もう一度お調べいただけませんか?」

「……何を言う。そなたは、蘭妃に落とされたのだと――」

「いいえ、殿下。それは誤りです」

麗妃の眼差しは真っ直ぐだった。
いつもは柔らかく微笑む彼女の、芯の強さが垣間見える。

「私を泉に突き落としたのは、蘭妃様ではありません。
私は突然背中を押され、気づけば水の中でした。誰も気づかず、泳げない私は沈みかけて……」

息を詰める空気の中、麗妃は茗渓を見た。

「――そのとき、助けてくださったのが蘭妃様でした」

どよめきが走った。

「さらに申し上げます。私が落ちた時、蘭妃様は泉の端、遠く離れた場所にいらっしゃいました。
また、彼女は冷宮に住まわれています。後宮にまで手が回る侍女も持たず、命じる術もありません」

「麗妃……」

怜瑾が目を伏せた。沈黙ののち、重々しく口を開く。

「……その言葉、間違いないか」

「はい。命を救われた者として、偽りを申すつもりはございません」

怜瑾は顎に手を添えて考え込む。
やがて、玉座から立ち上がり、厳かに命じた。

「――この件、再度調べ直す。蘭妃への処分は保留とする」

茗渓はその場で、崩れ落ちそうになる膝を必死に支えた。

(……助かった……)

心の中で、麗妃への深い感謝と、何より――

(あっぶな……これ、私の第二の人生ここで終わるところだった……)

密かに拳を握る。

――事件の混乱が過ぎたあと、月の光が静かに広がる後宮の回廊を、茗渓は麗妃に連れられて歩いていた。

行き先は、麗妃の住まう芙蓉宮。

その名に違わず、白と桃色の芙蓉の彫刻があちこちに施され、廊下の欄干には金糸で編まれた飾り布がたなびいている。柱には銀細工の唐草模様が巻かれ、天井には月灯りを反射する水晶の細工。

――まるで、宮殿そのものが装飾品のよう。

茗渓は思わず足を止め、呆けたように周囲を見回した。

「……これは……」

「お気に召しましたか?」

隣で微笑む麗妃の声は、どこかから香る蓮の匂いと同じように、柔らかくて上品だった。

「ええ……もう……ここだけまるで絵巻の中みたいで……」

「ふふ、芙蓉宮は先帝の御代に造られたものでして、もともとは妃の中でも特に寵を受けた者のための宮でした。今は、ありがたいことに私が使わせていただいておりますが……」

「……つまり、麗妃様のために建てられたようなものですね」

茗渓の言葉に、麗妃は目を細め、優雅に微笑んだ。

「言い過ぎですよ。けれど、そう言っていただけるのは光栄ですわ」

芙蓉宮の奥へ進むと、さらに細やかな装飾が目を引いた。壁に飾られた花の絵、調度品にあしらわれた螺鈿細工、そして香炉からは白檀の香がふんわりと立ちのぼっている。

そこは、まさしく“麗”の名に相応しい宮だった。

「お身体、冷えておられるでしょう。お着替えをお持ちいたしましょう、月華」

麗妃がそう呼びかけると、奥の障子の影から現れたのは、すらりとした若い侍女だった。

「ははっ。すぐに支度いたします」

彼女――**月華(げっか)**は麗妃の傍に長く仕えていると噂の信頼厚い侍女で、その動作一つ取っても無駄がなく、品があった。

「茗渓様、お召し物はこちらに。お湯もすぐに手配いたしますので」

「……ありがとう、ございます。なんだか……いろいろと、恐縮です」

「何をおっしゃいますの。貴女がいてくださらなければ、私は……泉の底に沈んだままでしたもの」

麗妃はふと、茗渓の手を取り、その指先をそっと包んだ。

「どうか、気を張らず……今はご自分の身体をお労りくださいね」

その声は、泉の底から差す光のように優しくて、茗渓の胸の奥にすっと染み込んでいった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

王女様は温かいごはんが食べたい ~冷えた王宮料理を変えたら、オープンキッチンと政略婚約がついてきました~

しおしお
恋愛
異世界の王女リリアーヌは、前世の記憶を持つ転生者。 豪華絢爛な王宮で暮らし始めた彼女だったが、ひとつだけどうしても耐えられないことがあった。 ――食事が、冷めているのだ。 どれほど立派な料理でも、ぬるいスープや冷めた肉ではホッとできない。 「温かいごはんが食べたい」 そのささやかな願いを口にしたことから、王宮ではなぜか大騒動が巻き起こる。 地下厨房からの高速搬送。 専用レーンを爆走するカートメイド。 扉の開閉に命をかけるオープナー。 ついには食堂に火を持ち込むオープンキッチンまで誕生して――!? 温かさは、ホッとさせてくれる。 それは料理だけではなく、人との距離まで少しずつ変えていくものだった。 冷えた王宮に湯気と笑顔を取り戻す、 食と温かさをめぐる宮廷日常コメディ! -

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない

彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。 酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。 「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」 そんなことを、言い出した。

皇帝陛下の寵愛は、身に余りすぎて重すぎる

若松だんご
恋愛
――喜べ、エナ! お前にも縁談が来たぞ! 数年前の戦で父を、病で母を亡くしたエナ。 跡継ぎである幼い弟と二人、後見人(と言う名の乗っ取り)の叔父によりずっと塔に幽閉されていたエナ。 両親の不在、後見人の暴虐。弟を守らねばと、一生懸命だったあまりに、婚期を逃していたエナに、叔父が(お金目当ての)縁談を持ちかけてくるけれど。 ――すまないが、その縁談は無効にさせてもらう! エナを救ってくれたのは、幼馴染のリアハルト皇子……ではなく、今は皇帝となったリアハルト陛下。 彼は先帝の第一皇子だったけれど、父帝とその愛妾により、都から放逐され、エナの父のもとに身を寄せ、エナとともに育った人物。 ――結婚の約束、しただろう? 昔と違って、堂々と王者らしい風格を備えたリアハルト。驚くエナに妻になってくれと結婚を申し込むけれど。 (わたし、いつの間に、結婚の約束なんてしてたのっ!?) 記憶がない。記憶にない。 姉弟のように育ったけど。彼との別れに彼の無事を願ってハンカチを渡したけれど! それだけしかしてない! 都会の洗練された娘でもない。ずっと幽閉されてきた身。 若くもない、リアハルトより三つも年上。婚期を逃した身。 後ろ盾となる両親もいない。幼い弟を守らなきゃいけない身。 (そんなわたしが? リアハルト陛下の妻? 皇后?) ずっとエナを慕っていたというリアハルト。弟の後見人にもなってくれるというリアハルト。 エナの父は、彼が即位するため起こした戦争で亡くなっている。 だから。 この求婚は、その罪滅ぼし? 昔世話になった者への恩返し? 弟の後見になってくれるのはうれしいけれど。なんの取り柄もないわたしに求婚する理由はなに? ずっと好きだった彼女を手に入れたかったリアハルトと、彼の熱愛に、ありがたいけれど戸惑いしかないエナの物語。

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

冷徹団長の「ここにいろ」は、騎士団公認の“抱きしめ命令”です

星乃和花
恋愛
⭐︎完結済ー全16話+後日談5話⭐︎ 王都最硬派、規律と責任の塊――騎士団長ヴァルド・アークライトは、夜の見回り中に路地で“落とし物”を拾った。 ……いや、拾ったのは魔物の卵ではなく、道端で寝ていた少女だった。しかも目覚めた彼女は満面の笑みで「落とし物です!拾ってくださってありがとうございます!」と言い張り、団長の屋敷を“保護施設”だと勘違いして、掃除・料理・当番表作りに騎士の悩み相談まで勝手に開始。 追い出せば泣く、士気は落ちる、そして何より――ヴァルド自身の休息が、彼女の存在に依存し始めていく。 無表情のまま「危ないから、ここにいろ」と命令し続ける団長に、周囲はざわつく。「それ、溺愛ですよ」 騎士団内ではついに“団長語翻訳係”まで誕生し、命令が全部“愛の保護”に変換されていく甘々溺愛コメディ!

処理中です...