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蝶導の夢路
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夜の帳が静かに降りた怜花宮。風は止み、竹の葉さえも音をひそめた刻――怜綾はひとり、縁側に横たわっていた。
月は満ちている。けれどその光は、まるで雲の向こうで揺れているように頼りなかった。
彼の瞼が静かに降り、世界がやがて夢に染まる。
*
――夢の中。
それはあまりにも静かで、やさしい光に包まれた庭だった。
咲き乱れる白百合の中、薄紅の衣をまとう一人の女性が佇んでいた。背を向けていても、その存在を、彼は知っていた。
「……母上……?」
振り返った顔は、思い出の中のままだった。透き通るような肌、しとやかな眼差し、そして唇に浮かぶ、哀しみと微笑みの混じったやさしい弧。
「怜綾……もう、そんなに大きくなったのね」
懐かしい声が、心を貫く。
怜綾は言葉を失ったまま、彼女のもとへ駆け寄ろうとした。けれど、脚が動かない。まるで足元が、泥のように沈んでいく。
「母上……!」
「怜綾……あなたはまだ、知らなければならないことがあるの」
彼女はふと振り返り、庭の奥を指さす。そこには、うっすらと霞む一対の蝶の姿があった。光を帯びたような、青白く透ける蝶。まるで灯火のように、空を漂っている。
「幻灯蝶……?」
母は微笑みを深め、そっと囁く。
「蝶の導きに従いなさい。そこに、真実がある」
そう言い残し、彼女の姿は――風に紛れるように、ふっと溶けていった。
*
「……!」
怜綾は、はっと目を覚ました。額には冷たい汗。荒い呼吸を整える間もなく、視線を縁の外へ向けた。
そこにいた。
夢と同じ姿の、青白い光をまとった蝶――幻灯蝶が、静かに宙を舞っていた。
ゆら、ゆらと誘うように。
「……まさか、本当に……」
茗渓の寝所へ駆け込むと、彼女は布団の上で身じろぎをしていた。目をこすりながら、ぼんやりと彼を見上げる。
「……怜綾? どうしたの、夜更けに……」
「来てくれ。俺の……いや、“母の記憶”が呼んでいる」
怜綾の声にはいつになく真剣な響きが宿っていた。
茗渓もその気配にただならぬものを感じ、身を起こす。
「どこへ……?」
「――幽燈殿だ」
*
怜花宮の裏手、長い年月閉ざされてきた扉の先に、まるで眠っていたようにその建物は佇んでいた。夜の霧に覆われ、まるでこの世のものではないような気配。
幻灯蝶は、その扉の前にふわりと舞い降り、ゆっくりと羽をたたんだ。
「ここが……幽燈殿……」
「そうだ」
怜綾は、数歩、扉へと近づいた。
バチッ……!
空気に火花のようなものが走り、怜綾は思わず手を引いた。
「……やはり、俺じゃ……」
扉にはまだ結界が張られている。目に見えない何かが、進入を拒んでいるのだ。
「結界……?」
茗渓が一歩、彼の隣に立ち、扉にそっと手をかざした。ほんの何気ない動作――だがその瞬間。
ふう……ん、と風が鳴り、霧が引いていく。
扉を覆っていた結界の気配が、音もなく消えていった。
「――え?」
怜綾がはっとしたように茗渓の方を見た。
「……今、何をした?」
「え? 何も……ただ、触っただけ……」
茗渓が困惑したように手を引くと、扉の表面に浮かび上がるようにして古い文様が一瞬だけ光を帯び、やがて消えた。
怜綾は沈黙したまま、その光景を凝視していた。
(この結界を……“彼女”が破った? いや、拒まれなかった?)
「もしかして……私、なにか……まずかった?」
茗渓が不安そうに言うと、怜綾は小さく首を振った。
「いや……ただ……ありえないことが起きたんだ」
「え?」
「この扉には、冥月の呪を受けた者と、“皇統の血を引かぬ者”を拒む結界が張られていたはず……。それなのに――」
怜綾は、茗渓の手をじっと見つめる。
「君は、通された。結界が……君を拒まなかった」
茗渓はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。ただ、怜綾の目に確かな驚きと、どこか安堵にも似た光が揺れているのを見て、胸が少しだけざわついた。
「……まるで、幽燈殿が君を待っていたみたいだな」
扉が、静かに開かれる。
その奥、闇の中から差す一筋の光。幻灯蝶がそこへ向かって舞い上がる。
怜綾は、茗渓の横顔を見つめながら呟いた。
「やっぱり……君は、何かを“持っている”」
茗渓が振り返ると、怜綾の表情には、驚きとほんの少しの不安がにじんでいた。
「……それが、良いことなのか、悪いことなのか……まだ、分からないけどな」
一歩足を踏み入れたとたん、視界に飛び込んできたのは、無数の札――
壁、床、柱、天井に至るまで、古びた紙のお札がびっしりと貼られていた。
墨の文字は擦れ、ところどころ滲んでいるが、ただならぬ気が満ちているのは誰の目にも明らかだった。
「……これは、結界の補強だな」
怜綾が低く呟く。
「ただ封じていただけじゃ不十分だったということだ。何かが、ここに封じられている」
茗渓はそっと歩を進める。靴音すら吸い込まれそうなほど、音のない空間。
中央には一対の石柱がそびえており、まるで墓標のように静かに立っている。
その柱と柱のあいだに浮かぶように、ぼんやりと光を放つ石造りの台座。
そしてその上に、静かに置かれていたのは――
漆黒の表紙に、銀で月と蝶の紋が刻まれた、一冊の書物。
綾は、中央の台座に静かに置かれた書に手を伸ばした。
冷たい気配が、指先からじんと伝わる。
その表紙に触れた瞬間――
まるで生き物のように、本が微かに脈打った。
「……まさか、本当に……冥月之書……」
彼は静かに表紙を開いた。中から現れたのは、見慣れぬ呪符と陣、血のような赤で描かれた古の呪式。
魂の断絶、生霊の封印、命の契約――すべてが重く、禍々しく、そして本物だった。
怜綾は、手元を震わせながらページをめくり続けた。
目の奥に焼き付いているあの呪い。
“愛を隠され、人間でいることを許されない”――自分にかけられた、あの呪いについての記述を探して。
しかし。
――ない。
どれだけ探しても、どの頁を捲っても、それらしき記述は一切見つからない。
「……おかしい……これほど網羅されているのに……なぜ“愛隠”の呪いがない……?」
怜綾は唇を噛みしめ、必死に次の頁へと指を走らせた。
心臓の鼓動が早くなる。
焦燥が、背中を冷たく撫でる。
――何かが、おかしい。
そのときだった。
開いていた書の中央に、突如として黒い紋様が浮かび上がった。
それは禍々しく、まるで呪印のように蠢きながら、頁の表面に広がっていく。
「……っ、これは……!?」
怜綾は咄嗟に書を閉じたが、表紙にも同じ紋様が浮かび上がっていた。
黒い光がきらりと瞬き、そしてすっと消える。
沈黙。
だが、その沈黙の中に、何かがはっきりと告げられていた。
怜綾は、書を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「――これは……偽物だ」
その言葉に、茗渓が振り返る。
「……偽物、だなんて……」
怜綾は床に膝をつき、手にした書を呆然と見つめていた。
彼の掌にはまだ、冥月之書の重みと、そこに浮かんだ禍々しい紋様の感触が残っている。
探し続けた。ずっとこの本に、すべての答えがあると信じて。
母を失った理由も、呪いの謎も、自分が再び人間として生きるための術も――。
だがそのすべてが、いま、音を立てて崩れていく。
「……結局、俺は……何も……」
低く落ちた声は、まるで闇に呑まれるようだった。
茗渓は、その背を見つめていた。
ひときわ静まり返った幽燈殿のなかで、怜綾の肩が小さく震えているのがわかった。
言葉が出ない。
それでも、胸の奥で何かが引っかかっていた。
(――冥月之書。烏瓏が記した書。)
その瞬間、脳裏にふっと浮かんだのは――麗妃の言葉だった。
──「幽燈殿に封じられているとされる“冥月之書”……それを書いたのは、烏瓏(うろう)という陰陽師だと、古い文献にありました。」
(そうだ……!)
「怜綾!」
思わず声が出た。
怜綾がぴくりと肩を震わせ、振り返る。
「……茗渓?」
「思い出したの。芙蓉宮で、麗妃様が言ってたのよ。“冥月之書を書いたのは、烏瓏という陰陽師”だって……!」
「……烏瓏……」
「本物の冥月之書はここになかった。でも、その作者を見つけられれば……あなたの呪いを解く手がかりが、得られるかもしれない!」
怜綾の目がわずかに揺れた。
絶望で覆われていた瞳に、ほんのわずかな光が差し込む。
「今も生きてるかどうかは分からない。でも、何か“痕跡”が残っているかもしれないわ。彼女が遺した記録や文献、弟子がいるなら、その系譜でも……」
茗渓の言葉に、怜綾は目を伏せたまま、しばしの沈黙を保った。
そして。
「……ありがとう」
かすれるような声だった。
「冥月之書にすべてを託していた。見つけて、それで終わると……そう思ってた。けど……」
彼はそっと立ち上がる。
その目には、かすかだが確かな決意の光が戻っていた。
「まだ、終わりじゃない。俺の呪いは、烏瓏を探せば……きっと解ける」
茗渓はうなずいた。
目の前にいる彼が、ほんの少しでも前を向いたことが、たまらなく嬉しかった。
怜綾が、冥月之書を台座に静かに戻す。
すると再び、あの禍々しい紋様が一瞬浮かび、すぐに消えた。
まるで、それが「導き手」を見定めるような目だったかのように――。
「……行こう。次は“烏瓏”の痕跡を探す」
そう言った怜綾の声は、もう揺れてはいなかった。
月は満ちている。けれどその光は、まるで雲の向こうで揺れているように頼りなかった。
彼の瞼が静かに降り、世界がやがて夢に染まる。
*
――夢の中。
それはあまりにも静かで、やさしい光に包まれた庭だった。
咲き乱れる白百合の中、薄紅の衣をまとう一人の女性が佇んでいた。背を向けていても、その存在を、彼は知っていた。
「……母上……?」
振り返った顔は、思い出の中のままだった。透き通るような肌、しとやかな眼差し、そして唇に浮かぶ、哀しみと微笑みの混じったやさしい弧。
「怜綾……もう、そんなに大きくなったのね」
懐かしい声が、心を貫く。
怜綾は言葉を失ったまま、彼女のもとへ駆け寄ろうとした。けれど、脚が動かない。まるで足元が、泥のように沈んでいく。
「母上……!」
「怜綾……あなたはまだ、知らなければならないことがあるの」
彼女はふと振り返り、庭の奥を指さす。そこには、うっすらと霞む一対の蝶の姿があった。光を帯びたような、青白く透ける蝶。まるで灯火のように、空を漂っている。
「幻灯蝶……?」
母は微笑みを深め、そっと囁く。
「蝶の導きに従いなさい。そこに、真実がある」
そう言い残し、彼女の姿は――風に紛れるように、ふっと溶けていった。
*
「……!」
怜綾は、はっと目を覚ました。額には冷たい汗。荒い呼吸を整える間もなく、視線を縁の外へ向けた。
そこにいた。
夢と同じ姿の、青白い光をまとった蝶――幻灯蝶が、静かに宙を舞っていた。
ゆら、ゆらと誘うように。
「……まさか、本当に……」
茗渓の寝所へ駆け込むと、彼女は布団の上で身じろぎをしていた。目をこすりながら、ぼんやりと彼を見上げる。
「……怜綾? どうしたの、夜更けに……」
「来てくれ。俺の……いや、“母の記憶”が呼んでいる」
怜綾の声にはいつになく真剣な響きが宿っていた。
茗渓もその気配にただならぬものを感じ、身を起こす。
「どこへ……?」
「――幽燈殿だ」
*
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幻灯蝶は、その扉の前にふわりと舞い降り、ゆっくりと羽をたたんだ。
「ここが……幽燈殿……」
「そうだ」
怜綾は、数歩、扉へと近づいた。
バチッ……!
空気に火花のようなものが走り、怜綾は思わず手を引いた。
「……やはり、俺じゃ……」
扉にはまだ結界が張られている。目に見えない何かが、進入を拒んでいるのだ。
「結界……?」
茗渓が一歩、彼の隣に立ち、扉にそっと手をかざした。ほんの何気ない動作――だがその瞬間。
ふう……ん、と風が鳴り、霧が引いていく。
扉を覆っていた結界の気配が、音もなく消えていった。
「――え?」
怜綾がはっとしたように茗渓の方を見た。
「……今、何をした?」
「え? 何も……ただ、触っただけ……」
茗渓が困惑したように手を引くと、扉の表面に浮かび上がるようにして古い文様が一瞬だけ光を帯び、やがて消えた。
怜綾は沈黙したまま、その光景を凝視していた。
(この結界を……“彼女”が破った? いや、拒まれなかった?)
「もしかして……私、なにか……まずかった?」
茗渓が不安そうに言うと、怜綾は小さく首を振った。
「いや……ただ……ありえないことが起きたんだ」
「え?」
「この扉には、冥月の呪を受けた者と、“皇統の血を引かぬ者”を拒む結界が張られていたはず……。それなのに――」
怜綾は、茗渓の手をじっと見つめる。
「君は、通された。結界が……君を拒まなかった」
茗渓はその言葉の意味をすぐには理解できなかった。ただ、怜綾の目に確かな驚きと、どこか安堵にも似た光が揺れているのを見て、胸が少しだけざわついた。
「……まるで、幽燈殿が君を待っていたみたいだな」
扉が、静かに開かれる。
その奥、闇の中から差す一筋の光。幻灯蝶がそこへ向かって舞い上がる。
怜綾は、茗渓の横顔を見つめながら呟いた。
「やっぱり……君は、何かを“持っている”」
茗渓が振り返ると、怜綾の表情には、驚きとほんの少しの不安がにじんでいた。
「……それが、良いことなのか、悪いことなのか……まだ、分からないけどな」
一歩足を踏み入れたとたん、視界に飛び込んできたのは、無数の札――
壁、床、柱、天井に至るまで、古びた紙のお札がびっしりと貼られていた。
墨の文字は擦れ、ところどころ滲んでいるが、ただならぬ気が満ちているのは誰の目にも明らかだった。
「……これは、結界の補強だな」
怜綾が低く呟く。
「ただ封じていただけじゃ不十分だったということだ。何かが、ここに封じられている」
茗渓はそっと歩を進める。靴音すら吸い込まれそうなほど、音のない空間。
中央には一対の石柱がそびえており、まるで墓標のように静かに立っている。
その柱と柱のあいだに浮かぶように、ぼんやりと光を放つ石造りの台座。
そしてその上に、静かに置かれていたのは――
漆黒の表紙に、銀で月と蝶の紋が刻まれた、一冊の書物。
綾は、中央の台座に静かに置かれた書に手を伸ばした。
冷たい気配が、指先からじんと伝わる。
その表紙に触れた瞬間――
まるで生き物のように、本が微かに脈打った。
「……まさか、本当に……冥月之書……」
彼は静かに表紙を開いた。中から現れたのは、見慣れぬ呪符と陣、血のような赤で描かれた古の呪式。
魂の断絶、生霊の封印、命の契約――すべてが重く、禍々しく、そして本物だった。
怜綾は、手元を震わせながらページをめくり続けた。
目の奥に焼き付いているあの呪い。
“愛を隠され、人間でいることを許されない”――自分にかけられた、あの呪いについての記述を探して。
しかし。
――ない。
どれだけ探しても、どの頁を捲っても、それらしき記述は一切見つからない。
「……おかしい……これほど網羅されているのに……なぜ“愛隠”の呪いがない……?」
怜綾は唇を噛みしめ、必死に次の頁へと指を走らせた。
心臓の鼓動が早くなる。
焦燥が、背中を冷たく撫でる。
――何かが、おかしい。
そのときだった。
開いていた書の中央に、突如として黒い紋様が浮かび上がった。
それは禍々しく、まるで呪印のように蠢きながら、頁の表面に広がっていく。
「……っ、これは……!?」
怜綾は咄嗟に書を閉じたが、表紙にも同じ紋様が浮かび上がっていた。
黒い光がきらりと瞬き、そしてすっと消える。
沈黙。
だが、その沈黙の中に、何かがはっきりと告げられていた。
怜綾は、書を抱えたまま、ぽつりと呟いた。
「――これは……偽物だ」
その言葉に、茗渓が振り返る。
「……偽物、だなんて……」
怜綾は床に膝をつき、手にした書を呆然と見つめていた。
彼の掌にはまだ、冥月之書の重みと、そこに浮かんだ禍々しい紋様の感触が残っている。
探し続けた。ずっとこの本に、すべての答えがあると信じて。
母を失った理由も、呪いの謎も、自分が再び人間として生きるための術も――。
だがそのすべてが、いま、音を立てて崩れていく。
「……結局、俺は……何も……」
低く落ちた声は、まるで闇に呑まれるようだった。
茗渓は、その背を見つめていた。
ひときわ静まり返った幽燈殿のなかで、怜綾の肩が小さく震えているのがわかった。
言葉が出ない。
それでも、胸の奥で何かが引っかかっていた。
(――冥月之書。烏瓏が記した書。)
その瞬間、脳裏にふっと浮かんだのは――麗妃の言葉だった。
──「幽燈殿に封じられているとされる“冥月之書”……それを書いたのは、烏瓏(うろう)という陰陽師だと、古い文献にありました。」
(そうだ……!)
「怜綾!」
思わず声が出た。
怜綾がぴくりと肩を震わせ、振り返る。
「……茗渓?」
「思い出したの。芙蓉宮で、麗妃様が言ってたのよ。“冥月之書を書いたのは、烏瓏という陰陽師”だって……!」
「……烏瓏……」
「本物の冥月之書はここになかった。でも、その作者を見つけられれば……あなたの呪いを解く手がかりが、得られるかもしれない!」
怜綾の目がわずかに揺れた。
絶望で覆われていた瞳に、ほんのわずかな光が差し込む。
「今も生きてるかどうかは分からない。でも、何か“痕跡”が残っているかもしれないわ。彼女が遺した記録や文献、弟子がいるなら、その系譜でも……」
茗渓の言葉に、怜綾は目を伏せたまま、しばしの沈黙を保った。
そして。
「……ありがとう」
かすれるような声だった。
「冥月之書にすべてを託していた。見つけて、それで終わると……そう思ってた。けど……」
彼はそっと立ち上がる。
その目には、かすかだが確かな決意の光が戻っていた。
「まだ、終わりじゃない。俺の呪いは、烏瓏を探せば……きっと解ける」
茗渓はうなずいた。
目の前にいる彼が、ほんの少しでも前を向いたことが、たまらなく嬉しかった。
怜綾が、冥月之書を台座に静かに戻す。
すると再び、あの禍々しい紋様が一瞬浮かび、すぐに消えた。
まるで、それが「導き手」を見定めるような目だったかのように――。
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