蘭妃は冷宮生活を満喫中!〜呪いの猫皇子とフシギ生活〜

明夏 向日葵

文字の大きさ
35 / 50

怜花宮に潜む妖?

しおりを挟む
夜の帳がすっかり降りたころ、怜張は静かに怜花宮の裏手へと足を運んだ。
見張りの者たちが控える影の中、目を細めて一言だけ問う。

「……例の“妖”とやらは、出たか?」

「はっ。今宵も現れました。ですが……」

「だが?」

「……人とは思えぬ姿にてございます。猫のような耳と尾、されど人の形をしており……まるで、半妖のような」

怜張はふっと鼻で笑った。

「ふん……噂に尾鰭がついただけだろう。たかが猫一匹、怜花宮に潜むなどと――」

しかし、次の瞬間――
月明かりの下、庭の奥にふらりと姿を現したその者を見た怜張の目が、思わず大きく見開かれた。

静かに歩む影――漆黒の髪が月光に照らされ、揺れている。
猫の耳を頂き、尾を曳いた妖の姿。それでも、その顔だけは――

「……っ、あれは……まさか……!」

心の奥から、凍るような記憶がせり上がる。

(――怜綾……!?)

思わず、息を呑んだ。

あれは忘れもしない顔だ。
あの憎たらしい、腹違いの弟――
幼き頃から周囲の賛辞を独り占めにし、先帝の寵を一身に受け、皆が「あれこそ皇帝になる器」と囁いた。

(――あやつさえいなければ、麗妃の許嫁は私だったのだ)

怜張の中で、眠っていた怒りが蘇る。

幼いながらに常に比べられ、常に後塵を拝していた。
学も、武も、顔立ちさえも――なぜかあやつは何もかもにおいて“選ばれる”側だった。

怜妃が冷宮に落とされた日、心から安堵した。
「これで、もうあやつの顔を見ずに済む」と。
そして十年の時が過ぎた。

だが先帝は、突如として怜綾を呼び戻した。
成長したあやつは、まさに“美しき王の器”。
麗妃との婚姻の噂まで流れ、怒りに震えた。
だが、本殿での謁見の後――怜綾は、忽然と姿を消した。

(そう、あの時、全てが終わったはずだった。母は罪人、あやつも消えた。だからこそ、高妃が私を支え、再びこの立場まで引き上げてくれたのだ)

だが――

(なぜ、あやつがここに? なぜ妖のような姿で生きている!?)

怜張の拳がゆっくりと握られる。

「……面白い。怜綾、お前……まだ、生きていたのか」

怜張は、ふっと薄ら笑いを浮かべた。

(……高妃様に報告すれば、確かに動くだろう。あの女は何より“存在が危ういもの”を忌むからな。今の怜綾の姿なら、躊躇なく始末するだろう)

が、そこまで思い至って――

怜張は、ふと視線を落とした。

(……だが、それでは“面白くない”な)

そう、あやつは今、人間ではない。
この国では、妖は人にあらず。
どれだけ知恵があろうと、力があろうと、“怪異”と見做されれば――その命には何の価値もない。
法も庇わない、記録にも残らない。

(人として処罰する価値すらない。それこそが……あやつの“没落”だ)

怜張は目を細める。

(麗妃も、もうあやつなど見向きもしないだろう。あやつが何者であれ、女は“人間”しか愛さぬ。いや、あやつ自身がそれを一番、分かっているはずだ)

それこそが――最大の罰。
心も、誇りも、愛すらも喪い、名を奪われ、存在ごと闇に葬られる。

(……すぐに始末しては、勿体ない)

高妃に報告するのは、もう少し後でも遅くはない。

じわじわと――
まるで煮えたぎる鍋に落ちる虫のように、怜綾の足元から崩れていく様を見ていたい。

怜張は踵を返しながら、月を見上げた。

「ふふ……そうだ。せっかく“生きていた”のだ。ならば、それを“自ら壊させてやる”のも、兄の務めというものだろう?」

そして、闇へと溶けるように姿を消した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

辺境伯の溺愛が重すぎます~追放された薬師見習いは、領主様に囲われています~

深山きらら
恋愛
王都の薬師ギルドで見習いとして働いていたアディは、先輩の陰謀により濡れ衣を着せられ追放される。絶望の中、辺境の森で魔獣に襲われた彼女を救ったのは、「氷の辺境伯」と呼ばれるルーファスだった。彼女の才能を見抜いたルーファスは、アディを専属薬師として雇用する。

【12月末日公開終了】有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。

ラム猫
恋愛
 異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。  『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。  しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。  彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。 ※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。

崖っぷち令嬢は冷血皇帝のお世話係〜侍女のはずが皇帝妃になるみたいです〜

束原ミヤコ
恋愛
ティディス・クリスティスは、没落寸前の貧乏な伯爵家の令嬢である。 家のために王宮で働く侍女に仕官したは良いけれど、緊張のせいでまともに話せず、面接で落とされそうになってしまう。 「家族のため、なんでもするからどうか働かせてください」と泣きついて、手に入れた仕事は――冷血皇帝と巷で噂されている、冷酷冷血名前を呼んだだけで子供が泣くと言われているレイシールド・ガルディアス皇帝陛下のお世話係だった。 皇帝レイシールドは気難しく、人を傍に置きたがらない。 今まで何人もの侍女が、レイシールドが恐ろしくて泣きながら辞めていったのだという。 ティディスは決意する。なんとしてでも、お仕事をやりとげて、没落から家を救わなければ……! 心根の優しいお世話係の令嬢と、無口で不器用な皇帝陛下の話です。

辺境のスローライフを満喫したいのに、料理が絶品すぎて冷酷騎士団長に囲い込まれました

腐ったバナナ
恋愛
異世界に転移した元会社員のミサキは、現代の調味料と調理技術というチート能力を駆使し、辺境の森で誰にも邪魔されない静かなスローライフを送ることを目指していた。 しかし、彼女の作る絶品の料理の香りは、辺境を守る冷酷な「鉄血」騎士団長ガイウスを引き寄せてしまった。

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

処理中です...