結婚願望ゼロの悪役令嬢、アホ王子(実は策士)に溺愛されるなんて聞いてません!

明夏 向日葵

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剣の誓い

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狩猟祭から一夜明けた朝。
離宮の窓から差し込む光が、柔らかなカーテンを透かす。

レビリアの左腕には、まだ白い包帯が巻かれたままだった。
手に持ったカップをそっと置くと、目の前にいたセピアが心配そうに覗き込む。

「……まだ痛い?」
「もう大丈夫よ。ちゃんと手当てしたし」
「……ほんとに?」
「ほんとよ」

安心したように微笑むセピア。だが、その瞳には決意の光が宿っていた。

「……ぼくも、ちゃんと……リオとレビリアたんを守る男になりたい」
「え……?」
その声は、昨日よりも低く、強い。

「守られるだけじゃ……なにも守れないでしょ?」
「そうだけど……」
「だから――レビリアたんの剣術を教えてほしい」

レビリアは一瞬、息を呑んだ。
(……彼も王族。護身術くらいは一通り習っているはず……。記憶を失ったせいで、今は思い出せないだけ?)
だが、そんなことはどうでもよかった。

“誰かを守りたい”――その想いは、何よりも尊い。
「……分かったわ。教えてあげる」
そう答えた瞬間、セピアの顔が花のように輝いた。

***

離宮の離れ――静かな中庭に、木剣の打ち合う音が響く。
動きやすい服に着替えたセピアとリオが、木剣を構えていた。
「いい? まずは構え方からよ」
レビリアは柔らかな笑みを浮かべ、姿勢を整えてみせる。

「腰を落として、重心をぶらさない」
「うん!」
リオは小さな体で必死に真似をする。その健気さに胸が温かくなる。

だが――
「セピア様、腕の力に頼りすぎ。剣は“押す”んじゃない、“導く”のよ」
「……むずかしい」
「なら、手を貸してあげる」

彼の背後に立ち、両手でそっとセピアの腕に触れる。
その瞬間――
「っ……」
小さく息を呑む音が耳元で震えた。

「腰をこう回して……腕の角度を……」
「……うん」
声がかすれている。
(……ち、近い!)
レビリアの心臓も跳ねる。
首筋に触れる吐息、木剣を握る指先越しの体温。
危ういほど近い距離。
「……レビリアたん」
低い声が耳元で囁いた。
「な、なに?」
「……こうしてると、なんだか――」
彼は言葉を飲み込み、視線を落とす。その横顔に、熱が差していた。
(……だめだ、触れたい)
セピアは、こみ上げる衝動を必死で抑えながら、唇を噛んだ。
――彼女の髪に触れたら、もう戻れなくなる気がしたから。

「……はい、いいわ。その姿勢で素振り十回」
「う、うん……!」

訓練が終わり、木剣を片付けるセピアの額には、汗が光っていた。
レビリアは包帯を巻いた腕でタオルを差し出す。
「はい。よく頑張ったわ」
「ありがとう」
タオルを受け取る――が、その瞬間。
セピアはふと、彼女の頬に手を伸ばした。
「……汗、ついてる」
指先がそっと、頬をなぞる。
「――っ!」
レビリアは思わず身を固くした。
その距離、息が触れそうなほど近い。
「……ありがとう、レビリアたん」
翡翠の瞳が、真っ直ぐに彼女を見つめる。
(な、なんでこんなに……心臓がうるさいの?)
レビリアは笑ってごまかすように後ろを向いた――が、その背中にセピアの視線が刺さっていた。
(もう、守られるだけじゃいやだ。
いつか、レビリアたんの隣に“男”として立つ。そのためなら、何だってする。)

彼の胸の奥で、熱が静かに燃え上がっていた。

****

一方その頃――
王妃は、クラリーチェを前に冷たく笑んでいた。
「失敗ばかりね。……次は、心理で追い詰めなさい」
紫の瞳に宿る狂気に、クラリーチェは背筋を震わせる。
その陰で、エルヴィンはポアロと密かに杯を交わした。
「ガゼルと王妃――もう時間を稼げない。証拠を押さえる」
「お任せください、殿下」
二人の影は、夜に溶けるように消えた。
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