籠の鳥

橘 薫

文字の大きさ
4 / 65
性癖

4

しおりを挟む
 その後、二週間ほどは彼の姿を見なかった。「必ず返す」とは言ったものの、なんだかんだで入り用な年頃だろうし、元々貸すつもりではなくてあげるつもりだったのだから、彼の姿が見えなくてもわたしは特に落胆しなかった。

 一つのことに引きずられない自分が誇らしかった。軸をぶらさず、日々しっかりと安定して過ごす。感情も理性も常に安定し、仮に乱すような出来事が起きても自分でコントロールできる。それが大人だ、というならば、わたしは大人になれたのだろう。

 仕事は変わらず忙しいけれども、気の置けない同僚たちとの心地よい距離感でのやりがいある仕事や、仕事のできる上司。女一人で充分生活していけるお給料で、わたしは自分自身に満足していた。時折起こる、恐ろしいほどの性衝動でさえ、どうすればそれが収まるかを把握しつつあり、わたしはわたしの人生を完全にコントロールできている、と思っていた。



 その日は朝から緩い頭痛があった。排卵日である事を示しているのは、長い事この体と付き合っているからわかる。そして、わたしの性衝動は、季節の変わり目と排卵日が重なると異常なほどに高まる。

 前回から約三ヶ月。そろそろ利用しないと歯止めが効かなくなる。仕事を終え、自宅から女性向けのそういったサービスをしている、懇意のところに連絡を入れる。
「ご指名はございますか」
「いつもの彼は?」
「申し訳ございません、先月退職いたしまして」
「そう……、じゃあ、適当にお願いします」
 「入ったばかりの新人がおりますが、新人でもよろしいですか」
「構わないわ、二時間後に例の場所に寄越して」
「かしこまりました」

 ここの常連になってどのくらいになるだろうか。初めて利用したときは、心臓が口から飛び出るのではと思うほど緊張したものだけれども、今となっては慣れたものだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合短編集

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

完全なる飼育

浅野浩二
恋愛
完全なる飼育です。

私は秘書?

陽紫葵
恋愛
社内で、好きになってはいけない人を好きになって・・・。 1度は諦めたが、再会して・・・。 ※仕事内容、詳しくはご想像にお任せします。

処理中です...