籠の鳥

橘 薫

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聖夜

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 あの男はいつも耳元で愛の言葉を囁いた。彼の低い声は、鼓膜を通してわたしの脳を揺さぶる。快楽の周波数、なんてものがあるならば、わたしは完全に彼の周波数の虜になっていたのだ。
 声、肌、匂い。髭の手触りも、髪の質感も、程よい上腕の筋肉も……すべてが、わたしを繋ぎ止めるには充分で。
 狡い男だったと思う。でも、心の底から愛して、支配されることを望んでいたのだ……。

 いけないいけない、と頭を軽く左右に振った。もう何年も前の話だ。今はどうしているのか消息も掴めないというのに、わたしはいつまで引きずっているのか。
 時間を確認し、慌ててパソコンの電源を切って帰り支度をする。フロアには他の人の影はない。みんな、クリスマスイブを家族や恋人、友人たちと過ごすのだろう。

 最寄り駅前のコンビニエンスストアで、最後にひとつ売れ残っていたクリスマスケーキを買う。明日は土曜で休みだし、たまにはペットを甘やかしてあげてもいいだろう。

 マンションの下から自分の部屋を見上げる。電気は消えていた。もしかしたら、もう眠ってしまったのかもしれない。
 部屋の鍵をそっと開けて、中に入る。静かに靴を脱ぎ、眠っているであろう一真くんを起こさないように気遣いつつ、リビングの仕切りのドアをそっと開けた。

「あ……」
 ドアを開けたタイミングで点いたクリスマスのイルミネーションライトは、まるで暗い海に浮かぶ夜光性のクラゲのように儚いくせに、どこか温かい光で目に写る。
「お帰りなさい、美彩さん」
 優しくて穏やかな声。一真くんも仕事で疲れているだろうに、わたしの帰りを待っていてくれたのだろうか。

「メリークリスマス」と出されたのは、わたしが買ってきたケーキと同じもので、思わず二人、声を出して笑った。
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