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異世界?なるほど、若い人たちに流行っていた物語だな?

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 リリィの朝は早い。
 日が登れば目を覚まし、日が暮れれば床に着くというのが当然なのだろう。わざわざ貴重な燃料を燃やしてまで明りを得る必要はないのだ。
 文明的ではない。しかし、これこそが本来あるべき姿なのだと思う。
 清々しい気持ちで、ぼきぼきと音を立てる体をゆっくり伸ばしてほぐしていると、すでに起きていたリリィが水を汲んできてくれた。ありがたいが、明日からは自分がやる事を約束してその水を使い、顔を洗い口を漱いだ。
 昨日切り倒した木は、本当に水が抜けて乾いていた。
「ここの木は本当に水はけが良いんですね」
「そうなんですか?」
「自分の故郷では、中々抜けないと聞いていました」
 借りて来た大工道具から鉈を取り出した。
「木の皮を剥いて行きましょう。皮は再利用できると思うので取っておいてください」
「わかりました」
 それから午前の見回りの前のわずかな時間だが、リリィ皮むきを手伝ってくれた。
 こんな木こりのような事は、生まれて初めてだったが、それでも何度もやればすぐに要領とコツを掴めた。
 天球のほぼ頂点に太陽が登った頃、リリィが返ってきた。その間に何とか10メートルほどの木を一本皮むきから4等分に切り分けられた。すでに両腕は感覚がなくなる半歩手前ほどだったが、工程としては順調だと思いたい。
「もうできたんですか!?」
 驚いて目を丸くするリリィ。彼女の肩には2羽の鳥が首を落とされて足を紐で数珠つなぎにされて吊るされていた。
「ええ、まぁ。それより今日はずいぶんと大量ですね」
 そういって彼女の凶の収穫を指さした。
「あ、これですか? 久しぶりにやってみたら、上手くいきました」
 鳥はキジか七面鳥くらいの大きさの個体で、自然界では大型な部類だと思われる。
 食べ応えはありそうだ。
「食べれるようにしますから、ヤハラさんは休んでいてください」
「ありがとうございます。でも、手伝います」
 鳥ならば羽をむしらねば食べられない。
 自分は確かに労働を行っていたが、これは自分がやりたいから勝手にいるだけだ。本来なら守り人として森の見回りや森林の管理を行わなければいけない。だがそれは行っていない。つまり実質何も働いていないのと変わらない。
 それではダメだ。せめて彼女が休息できるように作業を分担したい。
「いえ、大丈夫ですって」
「そういうわけにはいきません。自分は進んでこの仕事を引き受けました。まだできる事はありませんが、せめてあなたのサポートくらいはさせてもらいます」
 頑として譲らんという気持ちでいくと、彼女はくすりと笑った。
「本当に、ヤハラさんは変わった人ですね。変人って言われませんか?」
 無邪気に笑う。侮蔑的な意味が含まれていないのは、その顔を見ればよく分かる。
 それから彼女は仕方ないからお仕事をお分けします、といって1羽だけ自分へ差し出してきた。
「鳥を解体した事はありますか?」
「いいえ」
「じゃあ、羽だけ取ってください。解体の方法は教えます」
 それから2人で並んで鳥の羽をすべてむしり取った。羽も使えると思うので取っておく。
 その後はすぐに水を持ってきて、リリィはどこかから取り出したナイフで鳥の解体を始めた。まるで外科医のようにさくさくと迷いなく解体して、鳥は肉へと変わった。
 出来上がった2羽分の肉を簡単に水洗いすると、枝で作った串で差して火鉢の火にかざして並べた。
「ちょっと時間かかっちゃいます」
「全然大丈夫ですよ。その間に、昨日の続きをします」
「まだ何かやるんですか?」
 驚く彼女をしり目に、借りて来た道具からノミに似た物と金槌を取り出した。
 上手くできる自信はないが、上手くやらねば余計に面倒だ。
 切り分けた切り株の中でも一番小さく切り出した物を縦に置き切り株の断面に対して直角に2本少しずつ金槌で打ち込んでいく。
「な、なにを……?」
 数少ない道具だから、粗末には使えない。慎重に打ち込んでいくと、大きな音を立てて、木は真っ二つに割れた。
 予想通りだ。
 水はけがいいという事は、繊維質が荒いはずだ。いうなれば細いストローを束ねているのと同じようなものだ。
 のみを突き立てて叩き込めば、簡単に割れる。
 短く切り分けたそれで充分に実験を行い、コツを掴む。
「ヤハラさんは、本当に色んな事を知っているし、なんでもできますね」
 関心というよりも、尊敬されるような眼差しだった。
「いいえ。そんな事はありませんよ。自分からすれば、あんな化け物と、正面から戦える貴女の方がすごいと思いますよ」
 そして実際に人命を助けているのだ。
 彼女は守り人として何人も子供や村人を助けている。それを自慢する事もない。その精神を尊敬する。
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