上 下
30 / 49
どれだけ調子が良くても、落日の日は来る

11

しおりを挟む
 商人たちの馬車が止めてある広場へ向かい、そこで荷物を積みこんでいる商人たちに声をかけて回る。
「王都まで行きたいのですが、乗せてもらえませんか」
「そっちにはいかねぇな」
「そうですか。どうも」
 何件か周り、王都までではないが方角は同じという馬車があった。
「まあ、そうだなぁ。銀貨2枚ってところか?」
「それは吹っかけ過ぎでは?」
「あんたら、さっきからずっと断られてるだろ? この時期は王都へ行く業者が少ないからな」
 にやりと笑う行商。よく太った体形は、この世界では珍しい。
 中々いい商売をしているのだろう。儲けている証拠だ。
「なるほど。では急ぎの旅ではないので、他の業者を探してみます」
 自分がすぐに回れ右をした。
「ちょいちょい。そう言うなって」
 思っていたよりすぐに引き留めて来た。正直者が多い。
「ちょいと雑用を手伝ってくれりゃ、そうだな、もう一人はちびっこいし銀貨1枚と銅貨5枚でもいいぜ?」
「……食事はこっちで用意します。銀貨一枚」
「カァア! そんな額じゃ誰も引き受けたりしねぇよ!?」
「そうですか? 自分は異世界から来たので知りませんでした」
「え? 異世界……?」
「はい。なので王から召集され、これから王都へ向かいます」
「あー、なるほど。なるほど。それじゃ、手伝わないとならねぇなぁ」
 急に声を裏返した行商。嘘ではないが、本当ではない事だが、それでも彼には十二分に打撃を与える事ができたようだ。
 きっと彼の頭の中では異世界人、それも王に呼ばれるという事は、特殊な技能があるのかもしれない。それを連れて行けば謝礼が弾むかもしれない。という皮算用をしているのだろう。
 良心が痛むが、これも自分たちが生きる為だ。自分が優先するべきなのはリリィの安全である。その為には周りには多少協力してもらう。
 何時に出発するかを確認すると、まだ一時間あるというので、自分たちはすぐ近くの商店へ向かった。
 その商店は目論見通り旅人や行商向けの店だった。
 不愛想な店員が一睨みしてきただけで、挨拶はない。接客サービスの精神というのは、日本国特有のものなので、それ以外の国ではそもそもあまり期待できなかった。
「ナイフと、矢。あと5日分の食料を買い込みましょう」
「はい!」
 元気よく返事をした彼女は、欲しい物が並ぶ棚へ向かい、いくつか目星をつけて持ってきた。
 自分は選ぶも何もないので、必要な分をもってカウンターへ向かう。
「金は?」
「これで足りますよね?」
 怪しんでいるのを隠しもしない店主に代金を渡すと、贋金を鑑定され、ふんと鼻を鳴らした。
 そうだ、これだけでは持っていけないではないか。
 レジ袋なんてものはない。何か鞄を買わないとならない。
「リリィさん。食料を入れる鞄も必要ですね」
「あ。そうですね」
「良かったら選んできてもらえますか?」
「わかりました!」
 そういって颯爽と鞄が並ぶ棚へ向かった彼女を見送り、自分は目的の物をすぐさまカウンターへ置いた。
「これもお願いします」
「盗人にしちゃ手際が悪いなと思ったが、そういう事か」
 にやりと笑う店主は代金を受け取ると、今度は確認もせず代金をしまった。自分もすぐに腰の小物入れにそれをしまった。
「ヤハラさん! これとかどうですか?」
 そういって彼女は良さそうな物を選んで持ってきてくれた。
 内容量がしっかりありそうな革の鞄で、値段は張りそうだが丈夫で長持ちしそうだ。
「まとめて買ってくれるなら、端数は負けてやるよ」
 店主は面白そうに言ってきた。
「それはありがたいです」
 急に気前が良くなった店主に感謝しつつ、自分は買った物を鞄に詰め込んだ。
「ありがとうございます」
「また来たら寄ってくんな」
 にやりと笑った店主。その時はこれを渡した時の彼女の反応も教えてみよう。
 店を出て行商の馬車まで戻った。積み込み作業は完了していて、役人に積荷の確認をしている最中だった。
「あとその若旦那と嬢さんもだ」
「通行証と身分証を出せ」
 行商の言葉に表情一つ変えない役人が向きなおって手を差し出してきた。
 自分はどうぞと言って自分の身分証と通行証を渡した。リリィも続く。
「異世界人か」
「はい」
「そっちは?」
「妻です」
 ふんと鼻を鳴らして渡した物を返してきた。受け取って首に下げなおす。
 馬車に乗り込むように行商に言われて従い、すぐに出発した。
 荷台のわずかな隙間に身を寄せて座った。
しおりを挟む

処理中です...