31 / 49
どれだけ調子が良くても、落日の日は来る
12
しおりを挟む
馬車という物に初めて乗ったが、乗り心地は、当然よくはない。
揺れは大きい。下手に口を開くと舌を噛みそうだ。長時間乗っていたら頭痛になりそうだが、歩くよりかははるかにいい。
自分はコートを畳むと、床に置いた。
「リリィさん。ここに座ってください」
自分の前に置いたコートを指さす。揺れる車内では立ち上がると危険なので、リリィは四つん這いで一歩分の距離を移動してちょんと座った。
向き合う形になった。
「ちょっと失礼しますね」
彼女の前髪を横分けに整えると、腰の小物入れから先ほど買った物を取り出して付けた。
「ん?」
「よし」
不思議そうな彼女。いつも伸ばしっぱなしになっている前髪が邪魔そうだった。あの商店でよい物があったので購入したのだ。
「どうぞ」
小物入れから完全に手鏡としての機能以外はなくなってしまった携帯電話を取り出して、彼女の顔を写し込んだ。
「え、え?」
大空を舞う鳥が彫金で描かれた髪留めで、髪の毛がしっかり固定されているので、彼女の顔がしっかりと見える。
恐る恐ると手を伸ばして髪留めに振れると、本当にあって一瞬びくっと跳ねて驚いた。
「こ、これは?」
「誕生日にはお祝いをします。それからプレゼントも送ります。そういう風習が故郷では当たり前だったので。ちょうどいい物があったので用意しました」
用意したのはさっきだが。
自分が言い終わると、一拍遅れてがばっと勢いよく抱き着いてきた。
「うれしい……。ありがとうございます……ッ!」
決して高い物じゃない。それを誕生日プレゼントと言い張るのは、正直気が引ける。
それでも彼女は喜んでくれた。もし前妻なら鼻で笑われて、一度も使われる事なく、年末の大掃除の時に捨てられていただろう。だが彼女はこんなにも喜んでくれた。
人に喜ばれるというのは、こちらもうれしい。
よしよしと背中を撫でたくなり、手を伸ばして触れるとぴくりと一度震えた。
ゆっくり体を離して、照れたような嬉しいような顔ではにかみながら上目遣いにこちらの顔を覗き込んできた。
「ありがとう、ございます。とっても、すごくうれしいです」
「良く似合ってますよ。とてもかわいいですね」
これくらい言っても、大丈夫だろう。
いや、そもそも彼女は自分の妻だ。正式に認められた。
ならばもっと本心を口にしていいはずだ。
故郷で未成年者にそんな事を軽々しく言おうものなら多方面から非難されていただろうが、大丈夫だ。ここは異世界で、リリィは自分の妻だ。何を言っても問題ない。
「は、わ」
見る見るうちに顔をが赤くなっていく彼女。視線が左右に逃げて交わらない。
どんどんそわそわ落ち着きが無くなって行く彼女。そして今彼女は自分の腿の上にまたがるように座っている。
その現実を思い出したのだろう。耳まで赤くなり唇を戦慄かせる。
その仕草がたまらなくかわいらしい。
ぞくりと背筋がうごめいた。背中を撫でていた手を下に下げて、彼女の腰にまわすとぐいと引き寄せて、体を密着させた。
「はひゃい!?」
悲鳴を漏らして、リリィは小さな両手を胸の前へ。逆にまっすぐ見つめて来た目はうるんみ切っている。
劣情が掻き立てられる。このまま事に運びたいという願望が喉元で騒ぎ立てる。
それを必死に押し込む。傍目には薄笑いを浮かべて見つめる中年だ。さぞ不気味だろう。
「コウ、さん……?」
そこで、理性のタガが一気に半分以上が壊れた。
小さく小声で、つぶやかれた名前に、自分の心臓は3割増しで跳ねた。
彼女との婚姻を誓った、逃亡最中の夜。初めて合わせた肌と、ぬくもりが鮮明に脳裏によみがえり、今の彼女の顔と重なる。
「ぁ……」
本能から起きる生理現象と、彼女のと、触れてしまう。
恥ずかしさもさることながら、今自分の頭の中は過半数以上が彼女と交わりたいというどす黒い欲望が占めている。
しかしここは馬車の中で行商の男もため息交じりにこちらをチラ見している。
初めての夜が屋外だったこともある。外でという事には抵抗を感じなかった。
だが一番自分の理性を後押ししたのは、誰にも彼女を見せたくないという、独占欲だった。
自分だけ、自分だけが知る彼女。誰にも教えたくない。見せたくない。自分だけのものにしたい。
強烈な占有欲が、凶暴な獣欲を押しのけた。
それでも我慢ができず、軽く彼女の唇に振れ合わせた。
「そんな可愛い姿見せられたら、次の街まで我慢できなくなりますよ?」
我慢しろという頭と反して、体を押し付けてしまった。びくっと一際大きく震えた。
それよりもだ。彼女と自分のが布と革越しに触れあっていると考えてしまうと、揺れる馬車の振動ですら危うい。理性と欲望のせめぎ合いの均衡が破れそうだ。
もうこれ以上は危険である。
自分は腕をほどいて、彼女を座らせた。
すると彼女はそそくさと対面の壁に背中を預けて膝を抱いた。
ちらりと見える手首まで赤い。赤面の上限は体中が赤く染まる。肌が白い分余計に目立つ。
そして自分もこれ以上彼女を見ていたら、本当に抑えられそうにないので視線を外して幌の隙間から馬車の外の風景を見た。
この行商はバラグラムと同じか、それ以上には稼ぎがあるようだ。馬車の数は5台。その内の2台は武装した男たちが乗っていた。
戦力としては中々厳重だ。バラグラムの商隊は1台しか兵力がいなかった。
商隊の前後に兵力を配置して、比較的遅めに移動している。襲撃を警戒しているのだろう。
町を出ると、比較的に明るい林が広がっていた。
おそらくだが、大軍の襲撃に対抗するための手段なのだろうと思う。
閑散と木々が茂っているせいで大軍をすぐに展開する事は出来ない。どうしても進軍速度は落ちる。戦列を作れない為散末した兵を弓や投石などで撃破する。
木々がほぼ均一に生える林をゆっくりと進む馬車。道は踏み馴らされただけで、石畳みでもなんでもない。ガタガタと揺れる。
これがあと数日続くと思うと、少しだけ暗澹とした気分になるが、リリィがいるのだ。きっと楽しいだろうと開き直る事にする。
揺れは大きい。下手に口を開くと舌を噛みそうだ。長時間乗っていたら頭痛になりそうだが、歩くよりかははるかにいい。
自分はコートを畳むと、床に置いた。
「リリィさん。ここに座ってください」
自分の前に置いたコートを指さす。揺れる車内では立ち上がると危険なので、リリィは四つん這いで一歩分の距離を移動してちょんと座った。
向き合う形になった。
「ちょっと失礼しますね」
彼女の前髪を横分けに整えると、腰の小物入れから先ほど買った物を取り出して付けた。
「ん?」
「よし」
不思議そうな彼女。いつも伸ばしっぱなしになっている前髪が邪魔そうだった。あの商店でよい物があったので購入したのだ。
「どうぞ」
小物入れから完全に手鏡としての機能以外はなくなってしまった携帯電話を取り出して、彼女の顔を写し込んだ。
「え、え?」
大空を舞う鳥が彫金で描かれた髪留めで、髪の毛がしっかり固定されているので、彼女の顔がしっかりと見える。
恐る恐ると手を伸ばして髪留めに振れると、本当にあって一瞬びくっと跳ねて驚いた。
「こ、これは?」
「誕生日にはお祝いをします。それからプレゼントも送ります。そういう風習が故郷では当たり前だったので。ちょうどいい物があったので用意しました」
用意したのはさっきだが。
自分が言い終わると、一拍遅れてがばっと勢いよく抱き着いてきた。
「うれしい……。ありがとうございます……ッ!」
決して高い物じゃない。それを誕生日プレゼントと言い張るのは、正直気が引ける。
それでも彼女は喜んでくれた。もし前妻なら鼻で笑われて、一度も使われる事なく、年末の大掃除の時に捨てられていただろう。だが彼女はこんなにも喜んでくれた。
人に喜ばれるというのは、こちらもうれしい。
よしよしと背中を撫でたくなり、手を伸ばして触れるとぴくりと一度震えた。
ゆっくり体を離して、照れたような嬉しいような顔ではにかみながら上目遣いにこちらの顔を覗き込んできた。
「ありがとう、ございます。とっても、すごくうれしいです」
「良く似合ってますよ。とてもかわいいですね」
これくらい言っても、大丈夫だろう。
いや、そもそも彼女は自分の妻だ。正式に認められた。
ならばもっと本心を口にしていいはずだ。
故郷で未成年者にそんな事を軽々しく言おうものなら多方面から非難されていただろうが、大丈夫だ。ここは異世界で、リリィは自分の妻だ。何を言っても問題ない。
「は、わ」
見る見るうちに顔をが赤くなっていく彼女。視線が左右に逃げて交わらない。
どんどんそわそわ落ち着きが無くなって行く彼女。そして今彼女は自分の腿の上にまたがるように座っている。
その現実を思い出したのだろう。耳まで赤くなり唇を戦慄かせる。
その仕草がたまらなくかわいらしい。
ぞくりと背筋がうごめいた。背中を撫でていた手を下に下げて、彼女の腰にまわすとぐいと引き寄せて、体を密着させた。
「はひゃい!?」
悲鳴を漏らして、リリィは小さな両手を胸の前へ。逆にまっすぐ見つめて来た目はうるんみ切っている。
劣情が掻き立てられる。このまま事に運びたいという願望が喉元で騒ぎ立てる。
それを必死に押し込む。傍目には薄笑いを浮かべて見つめる中年だ。さぞ不気味だろう。
「コウ、さん……?」
そこで、理性のタガが一気に半分以上が壊れた。
小さく小声で、つぶやかれた名前に、自分の心臓は3割増しで跳ねた。
彼女との婚姻を誓った、逃亡最中の夜。初めて合わせた肌と、ぬくもりが鮮明に脳裏によみがえり、今の彼女の顔と重なる。
「ぁ……」
本能から起きる生理現象と、彼女のと、触れてしまう。
恥ずかしさもさることながら、今自分の頭の中は過半数以上が彼女と交わりたいというどす黒い欲望が占めている。
しかしここは馬車の中で行商の男もため息交じりにこちらをチラ見している。
初めての夜が屋外だったこともある。外でという事には抵抗を感じなかった。
だが一番自分の理性を後押ししたのは、誰にも彼女を見せたくないという、独占欲だった。
自分だけ、自分だけが知る彼女。誰にも教えたくない。見せたくない。自分だけのものにしたい。
強烈な占有欲が、凶暴な獣欲を押しのけた。
それでも我慢ができず、軽く彼女の唇に振れ合わせた。
「そんな可愛い姿見せられたら、次の街まで我慢できなくなりますよ?」
我慢しろという頭と反して、体を押し付けてしまった。びくっと一際大きく震えた。
それよりもだ。彼女と自分のが布と革越しに触れあっていると考えてしまうと、揺れる馬車の振動ですら危うい。理性と欲望のせめぎ合いの均衡が破れそうだ。
もうこれ以上は危険である。
自分は腕をほどいて、彼女を座らせた。
すると彼女はそそくさと対面の壁に背中を預けて膝を抱いた。
ちらりと見える手首まで赤い。赤面の上限は体中が赤く染まる。肌が白い分余計に目立つ。
そして自分もこれ以上彼女を見ていたら、本当に抑えられそうにないので視線を外して幌の隙間から馬車の外の風景を見た。
この行商はバラグラムと同じか、それ以上には稼ぎがあるようだ。馬車の数は5台。その内の2台は武装した男たちが乗っていた。
戦力としては中々厳重だ。バラグラムの商隊は1台しか兵力がいなかった。
商隊の前後に兵力を配置して、比較的遅めに移動している。襲撃を警戒しているのだろう。
町を出ると、比較的に明るい林が広がっていた。
おそらくだが、大軍の襲撃に対抗するための手段なのだろうと思う。
閑散と木々が茂っているせいで大軍をすぐに展開する事は出来ない。どうしても進軍速度は落ちる。戦列を作れない為散末した兵を弓や投石などで撃破する。
木々がほぼ均一に生える林をゆっくりと進む馬車。道は踏み馴らされただけで、石畳みでもなんでもない。ガタガタと揺れる。
これがあと数日続くと思うと、少しだけ暗澹とした気分になるが、リリィがいるのだ。きっと楽しいだろうと開き直る事にする。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
14
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる