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新たな出発が必ずしも祝福されているとは限らない
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この町も前回のと大して変わらず、どちらかと言うとそこまで発展しているようには見えない程度だった。
人通りはまばらだった。
「あまり人がいないですね」
「そうですね。若い人は王都で兵団に志願しますからね」
「兵団?」
「はい。魔獣や魔王への対策で設立された兵隊さんたちです」
なるほど。そこに若者が集められるから、どこの町も活気がないのか。村でも確かに若い男性は少なかった。
そう考えるとまるでこの国は戦時中のようだ。
不作のスパイラルにはまり、改善しようにも目下の脅威である魔王の対策に人手がさかれている。
そうなるともうじきこの国は非常にまずい事態に陥りそうだ。
聞くだけで胸が焼かれそうな焦燥感に掻き立てられるのだが、この国の当事者たちはそうは思わないのだろうか。慢性化してしまい、気付かなくなってしまっているのだろうか。
「顔、すごく怖いですよ?」
下からのぞき込んでくるリリィが、不安そうに眉根を寄せている。
「そ、そうですか?」
慌てて顔をひと揉みして、表情を作り直す。
これは、国外へ渡る方法も考えておいた方が良いかもしれない。
宿の2軒隣りが飲食店だった。時刻はほぼ昼という事もあり、活気はそこそこあった。
適当に空いてそうな席に座り、注文を聞きに来た中年の女性に昼食2人前と伝えると、短く酒は飲むかどうかを聞かれた。
「いいえ。お酒は飲みません」
「変わりもんだねぇ」
不思議がる不愛想な女性は、キッチンに向かい昼食2人前追加ーッ! と叫び、別のテーブルへ向かった。
「このお店は、この前と全然違いますね」
女性の迫力に若干気圧されていたリリィは、目を真ん丸にしながらつぶやいた。
「そうみたいですね」
賑わう店内。ほとんどの客は顔を赤らめて笑い声を上げている。アルコールの臭いが店内に漂っている。この町の住人は呑兵衛が多いようだ。
そして焼かれた肉の塊と野菜のカスと肉の破片が入った茶色のスープ、かっちかちのパンがいくつかが自分たちのテーブルに運ばれて来た時には、店内の喧騒はさらに強まっていた。
会話をしようにも、うるさい声にかき消されてしまう。かといってそれに負けないような大胡を出すのも気が引ける。
ここはさっさと食べてさっさと出た方が良さそうだ。
しかし真向いに美味しそうに食事を摂る少女がいるので、自分が下品な流し込むような食事はできない。常に彼女の見本になれる様に振る舞いたいというのは、自分の小さないいかっこしいだ。
相変わらず塩気の薄い食事だが、リリィはそれでも口に含むと目じりを下げる。
「美味しいですか?」
尋ねるといちど頷いて、口の物を嚥下してはいっと満面の笑みで応えた。
「コウさんと食べているととっても美味しいです!」
にこやかな笑みに、まずいだなんだと思っていた自分が恥ずかしくなる。
彼女のような真摯さ、誠実さがない自分に嫌気を感じた。
そうだとも。彼女の食事を楽しめばいい。そう思えば、塩気が云々なんてどうでもよくなる。
「コウさんは、そうじゃないんですか?」
「自分もですよ」
眉毛をハの字にさせた彼女に、自分は精一杯笑みを浮かべて応えた。
それを聞いてぱっと表情を戻したリリィは、うれしそうによかったと呟いて続きを食べる。
そんな彼女を眺めながら、自分は残りの食事を口に運んだ。
ささやかな食事を終えると、代金を支払って店を出た。
「馬車乗り場に行きましょう」
「はい!」
元気のいい挨拶だ。
乗り場には自分たちの乗ってきた行商の馬車以外にも、2グループほどの馬車が留まっていた。
「おはようございます」
「おう。昨日は休めたか?」
帳簿に書き込みをしてた行商の男は横目でこちらを一瞬だけ見て、すぐに手元へ視線を戻した。
「仕入れはどうでしたか?」
「まあまあだな。相変わらず穀物が値上がりしてるのが気に食わんが」
「この国には農耕に尽力している地域はないんですか?」
「昔は西部がそうだったんだが、最近は獣が暴れまわってて芳しくない」
「それは、問題ですね」
「東部の森林地帯を開拓しようにも人も金もないから、一向に進まん」
「中々どうして上手くいきませんね」
「そうさなぁ。どちらか一方を切り捨てるにしても、危険が大きすぎるからな」
危険か飢饉か、という二者択一はどちらをとっても多大な犠牲を払う事になる。
その判断を付けられずに、消極的に危険の排除をするというどっち付かずで煮え切らない選択をこの国は取ってしまっている。その結果どちらも具体的な解決にならずだらだらと資源を消費していくだけという無意味な時間が過ぎている。
抜本的な改革が必要なのだろう。なんとも先行きが不安な国である。
これは本格的に外国へ行くというのも考えておく必要がありそうだ。
自分ちがそんな不穏な話をしていると、手持無沙汰なリリィは彼の帳簿をちらりと覗き込んでいた。そういう事をするのはどうかと思ったが、後で注意しておこう。
「ここ、多分違います」
「うん? どうしてだ?」
首を傾げる行商にリリィはその場で収支を計算しなおして教えた。
「あんた算術できるのか?」
「はい。教えてもらいましたから」
「ああ。そういえば異世界は算術も読み書きもできて当然なんだっけか?」
行商が合点がいったとこちらを横目で見て、帳簿の数字を修正した。
「一瞬見ただけでわかるのか?」
「なにか変だなって思ったので、計算しなおしたんです。見てもすぐは分からないですよ」
元々彼女は非常に物覚えが良かった。
きっとちゃんとした所でちゃんと勉強をすればもっと色々できるようになる。
彼女の未来の事を考えると、この世界の最先端の科学技術に触れさせるのもいいのかもしれない。
選択肢を狭める必要はない。可能ならばいくらでも広げて良いと思う。
一旦は王都で知見を広める必要はありそうだ。
そんな事を考えている自分を抜きにして、行商はリリィの賢さに感心していた。
「目的地まででいいんだが、帳簿の計算を頼みたい。代金はあんた分の運賃と相殺して残りを払う」
「んー。それだとちゃんとわからないですね。どれくらいすればどうなるかって、数字で出せますか?」
「気に入った! ウチで働かないか!?」
「わたしはコウさんとずっと一緒にいるので、ここにずっとお世話にはなれませんよ」
「それなら旦那も一緒にどうだ? 人手はいつだって足りてないしな」
突然こちらに話しを振られても困る。
「一度王都に呼ばれているので、その後で行くところがなかったお世話になります」
「ずいぶん消極的だな。王都に異世界人が呼ばれるって事は、勇者の選定だろう? 大丈夫だ、旦那なら”選ばれない”よ!」
「自分でもそう思います」
「だからな、ウチでどうだ?」
「考えておきます」
商人というのは、本当に欲しい時の前のめりさが強い生き物だ。
何としても引き抜きたいという強い意志が見えているが、押し続けるだけが商談じゃない事は百も承知で、少ししたら考えてくれよと言って、リリィに委託したい分の帳簿と契約書を置いていった。
内容は自分も確認させてもらい、どちらが極端に不利になる事も有利になる事もない、極当たり前の委託契約書だった。
2人で内容を確認してリリィがサインを記して、締結された。ちなみに彼女が結んだ契約は面と向かってこちらが確認しようとしない限りは見れないようだ。
それからは彼女は木箱ふたつ分の量の帳簿に目を通した。
自分も手伝おうかと思ったが、自分は契約者ではないので契約に保護されている帳簿に触れる事すらできなかった。契約内容と関係ない意図では触れるのだが、改めてこの世界が魔法の存在するファンタジー世界なんだと実感した。
内容は数枚に一枚のペースで数字の間違いがあるらし。それをひとずつ虱潰しに確認していく。
人通りはまばらだった。
「あまり人がいないですね」
「そうですね。若い人は王都で兵団に志願しますからね」
「兵団?」
「はい。魔獣や魔王への対策で設立された兵隊さんたちです」
なるほど。そこに若者が集められるから、どこの町も活気がないのか。村でも確かに若い男性は少なかった。
そう考えるとまるでこの国は戦時中のようだ。
不作のスパイラルにはまり、改善しようにも目下の脅威である魔王の対策に人手がさかれている。
そうなるともうじきこの国は非常にまずい事態に陥りそうだ。
聞くだけで胸が焼かれそうな焦燥感に掻き立てられるのだが、この国の当事者たちはそうは思わないのだろうか。慢性化してしまい、気付かなくなってしまっているのだろうか。
「顔、すごく怖いですよ?」
下からのぞき込んでくるリリィが、不安そうに眉根を寄せている。
「そ、そうですか?」
慌てて顔をひと揉みして、表情を作り直す。
これは、国外へ渡る方法も考えておいた方が良いかもしれない。
宿の2軒隣りが飲食店だった。時刻はほぼ昼という事もあり、活気はそこそこあった。
適当に空いてそうな席に座り、注文を聞きに来た中年の女性に昼食2人前と伝えると、短く酒は飲むかどうかを聞かれた。
「いいえ。お酒は飲みません」
「変わりもんだねぇ」
不思議がる不愛想な女性は、キッチンに向かい昼食2人前追加ーッ! と叫び、別のテーブルへ向かった。
「このお店は、この前と全然違いますね」
女性の迫力に若干気圧されていたリリィは、目を真ん丸にしながらつぶやいた。
「そうみたいですね」
賑わう店内。ほとんどの客は顔を赤らめて笑い声を上げている。アルコールの臭いが店内に漂っている。この町の住人は呑兵衛が多いようだ。
そして焼かれた肉の塊と野菜のカスと肉の破片が入った茶色のスープ、かっちかちのパンがいくつかが自分たちのテーブルに運ばれて来た時には、店内の喧騒はさらに強まっていた。
会話をしようにも、うるさい声にかき消されてしまう。かといってそれに負けないような大胡を出すのも気が引ける。
ここはさっさと食べてさっさと出た方が良さそうだ。
しかし真向いに美味しそうに食事を摂る少女がいるので、自分が下品な流し込むような食事はできない。常に彼女の見本になれる様に振る舞いたいというのは、自分の小さないいかっこしいだ。
相変わらず塩気の薄い食事だが、リリィはそれでも口に含むと目じりを下げる。
「美味しいですか?」
尋ねるといちど頷いて、口の物を嚥下してはいっと満面の笑みで応えた。
「コウさんと食べているととっても美味しいです!」
にこやかな笑みに、まずいだなんだと思っていた自分が恥ずかしくなる。
彼女のような真摯さ、誠実さがない自分に嫌気を感じた。
そうだとも。彼女の食事を楽しめばいい。そう思えば、塩気が云々なんてどうでもよくなる。
「コウさんは、そうじゃないんですか?」
「自分もですよ」
眉毛をハの字にさせた彼女に、自分は精一杯笑みを浮かべて応えた。
それを聞いてぱっと表情を戻したリリィは、うれしそうによかったと呟いて続きを食べる。
そんな彼女を眺めながら、自分は残りの食事を口に運んだ。
ささやかな食事を終えると、代金を支払って店を出た。
「馬車乗り場に行きましょう」
「はい!」
元気のいい挨拶だ。
乗り場には自分たちの乗ってきた行商の馬車以外にも、2グループほどの馬車が留まっていた。
「おはようございます」
「おう。昨日は休めたか?」
帳簿に書き込みをしてた行商の男は横目でこちらを一瞬だけ見て、すぐに手元へ視線を戻した。
「仕入れはどうでしたか?」
「まあまあだな。相変わらず穀物が値上がりしてるのが気に食わんが」
「この国には農耕に尽力している地域はないんですか?」
「昔は西部がそうだったんだが、最近は獣が暴れまわってて芳しくない」
「それは、問題ですね」
「東部の森林地帯を開拓しようにも人も金もないから、一向に進まん」
「中々どうして上手くいきませんね」
「そうさなぁ。どちらか一方を切り捨てるにしても、危険が大きすぎるからな」
危険か飢饉か、という二者択一はどちらをとっても多大な犠牲を払う事になる。
その判断を付けられずに、消極的に危険の排除をするというどっち付かずで煮え切らない選択をこの国は取ってしまっている。その結果どちらも具体的な解決にならずだらだらと資源を消費していくだけという無意味な時間が過ぎている。
抜本的な改革が必要なのだろう。なんとも先行きが不安な国である。
これは本格的に外国へ行くというのも考えておく必要がありそうだ。
自分ちがそんな不穏な話をしていると、手持無沙汰なリリィは彼の帳簿をちらりと覗き込んでいた。そういう事をするのはどうかと思ったが、後で注意しておこう。
「ここ、多分違います」
「うん? どうしてだ?」
首を傾げる行商にリリィはその場で収支を計算しなおして教えた。
「あんた算術できるのか?」
「はい。教えてもらいましたから」
「ああ。そういえば異世界は算術も読み書きもできて当然なんだっけか?」
行商が合点がいったとこちらを横目で見て、帳簿の数字を修正した。
「一瞬見ただけでわかるのか?」
「なにか変だなって思ったので、計算しなおしたんです。見てもすぐは分からないですよ」
元々彼女は非常に物覚えが良かった。
きっとちゃんとした所でちゃんと勉強をすればもっと色々できるようになる。
彼女の未来の事を考えると、この世界の最先端の科学技術に触れさせるのもいいのかもしれない。
選択肢を狭める必要はない。可能ならばいくらでも広げて良いと思う。
一旦は王都で知見を広める必要はありそうだ。
そんな事を考えている自分を抜きにして、行商はリリィの賢さに感心していた。
「目的地まででいいんだが、帳簿の計算を頼みたい。代金はあんた分の運賃と相殺して残りを払う」
「んー。それだとちゃんとわからないですね。どれくらいすればどうなるかって、数字で出せますか?」
「気に入った! ウチで働かないか!?」
「わたしはコウさんとずっと一緒にいるので、ここにずっとお世話にはなれませんよ」
「それなら旦那も一緒にどうだ? 人手はいつだって足りてないしな」
突然こちらに話しを振られても困る。
「一度王都に呼ばれているので、その後で行くところがなかったお世話になります」
「ずいぶん消極的だな。王都に異世界人が呼ばれるって事は、勇者の選定だろう? 大丈夫だ、旦那なら”選ばれない”よ!」
「自分でもそう思います」
「だからな、ウチでどうだ?」
「考えておきます」
商人というのは、本当に欲しい時の前のめりさが強い生き物だ。
何としても引き抜きたいという強い意志が見えているが、押し続けるだけが商談じゃない事は百も承知で、少ししたら考えてくれよと言って、リリィに委託したい分の帳簿と契約書を置いていった。
内容は自分も確認させてもらい、どちらが極端に不利になる事も有利になる事もない、極当たり前の委託契約書だった。
2人で内容を確認してリリィがサインを記して、締結された。ちなみに彼女が結んだ契約は面と向かってこちらが確認しようとしない限りは見れないようだ。
それからは彼女は木箱ふたつ分の量の帳簿に目を通した。
自分も手伝おうかと思ったが、自分は契約者ではないので契約に保護されている帳簿に触れる事すらできなかった。契約内容と関係ない意図では触れるのだが、改めてこの世界が魔法の存在するファンタジー世界なんだと実感した。
内容は数枚に一枚のペースで数字の間違いがあるらし。それをひとずつ虱潰しに確認していく。
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