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第三話 バンクエットオブレジェンズ⑤
しおりを挟むカァッ、カァッ、カァッ…………バササササッ!!
辺り一面を白骨化した数え切れない程の死骸が埋め尽くす薄気味悪い場所。その骨に僅かばかり残った肉を啄んでいたカラスが足音の接近を感知し一斉に飛び立った。
(ロベリークロウか。下手に追っても旨味が無いし無視安定かな……)
飛び上がったものの直ぐに地上へ舞い戻り、自分から一定の距離を取って食事を再開した鳥達をジークは意識から外した。
飛行可能なモンスターは飛び道具がなければ倒すのが難しく、加えてロベリークロウを倒しても余り多くの経験値は望めない。それら二つの理由より彼は目前のモンスターを無視して先に進むという選択を下したのだ。
何時の間にかジークは無意識に効率勘定を行う程このゲームの雰囲気に染まっていた。
ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ ザクッ………
彼は今『竜の巣』と呼ばれる山脈を只管上へ上へと登っている。地図が間違っていないのならば、その山脈の頂を超え反対側に出るのが仲間NPCに合流する最短ルートである筈だからだ。
しかしこの場所へ足を踏み入れた瞬間より、絶えずジークは他所と一線を画す緊迫感に纏わり付かれていた。
竜の巣は前線を示す縦線と十字を描くように交差し、敵陣自陣両方の中程までを貫く山脈。その内部は前線の位置に関係なく常に中立地帯と成っており、先程までの自陣内行動とは異なり敵プレイヤーの接近を事前に気付く事が難しい。
その為ジークは一歩一歩五感を研ぎ澄まし足を進めていく。敵プレイヤーの不意打ちを避ける為忙しなく首を振り視線を振り撒く。
しかし、注意すべきは何も人間だけではなかった。
カラカララ…………カシャンガシャッ
「…ッブウォオオオオオオオ!!」
周囲を見果て得ぬ範囲で覆う白骨の幾つかが突如糸に吊られたマリオネットの様に浮かび上がり、それが空中で組み合わさる。そしておそらく異なる生物の死骸が合体したのであろう歪な怪物が醜い叫び声と共に顕現した。
「スカルキメラか。良いぜッ経験値に変えてやる」
この竜の巣で最も多く目にするモンスター、スカルキメラの出現にジークは先程とは異なり足を止め腰の鞘から剣を抜く。
ロベリークロウとは異なり倒す手間に対し経験値の旨みが大きい、相手するに値する敵。前線の押し合いへと参戦する前にレベル7へ到達していおきたいと思っていた所に丁度良いおやつが出てきてくれた。
その地を踏み砕きながら向かってくる異形を前に、ジークは軽く笑ってみせる。
ダンッ
そして、この敵に対しても同じくジークは自らすすんで前へ出た。
しかしそんな彼のアクションに対し、スカルキメラは感情の一切感じ取れぬ動作で手に握った何か巨大生物の背骨と思しき物体を鞭の如く振う。
ビュオオンッ!!
その音速を超えた鞭先の風切り音にはジークも足を止めざるを得なかった。自分が突進し刃を首に届かせるより、奴が半径2メートルを一瞬で死地に変える鞭を一振りする方が早いと悟ったから。
そして重心が後ろに引いたジークから攻勢の権が骨の怪物へと移る。今度はスカルキメラの方が前へ足を出し、同時に振り下ろされた鞭がッパァンという破裂音を響かせながらジークがつい1秒前まで立っていた地面を抉た。
攻撃の威力も範囲も速度もまるで桁が違う。斬撃を浴びせるどころか近づく事すら出来ない。
だが、次の瞬間勝負は決まっていた。
鞭を叩きつけられた地面の骨が割れて飛び散る。
するとそれに明らか予期していた速度で反応したジークは掌大の骨片を掴み、即座にスカルキメラ目掛け投げ付けたのだ。
その投擲された骨片は何に阻まれる事なく命中。怪物の骨が歪に組み合わさった身体をバラバラに崩し、正面からでは近寄る事さえ出来なかった強敵を難なく無力化してみせる。
「…倒し方さえ分かれば如何って事は無いな」
文字通り四肢を捥いだ敵を見下ろし、ジークは涼しい顔でそう呟いた。
正しい倒し方、その最強の武器を手に入れた彼にとって既にこのモンスター単体では脅威たり得なかったのである。
スカルキメラはシルバーグリズリー並の攻撃力と素早さを誇るにも関わらず、この竜の巣で当たり前の様に大量スポーンするモンスター。
そんな明らかおかしい表面情報があれば何が裏があると疑う、それがゲーマーという生き物だろう。
そして此処までの道のりでジークが学んだ攻略法がこれ。この骨の怪物は凄まじい攻撃力と素早さを持つ代わり、たった一撃どんな攻撃を受けても身体がバラバラに崩れ動けなくなるのだ。
その隙に、本体である頭部の骨を砕けば易々倒す事ができる。
【コードジーク 600ex獲得】
ジークは少しずつバンクエットオブレジェンズの真理に気付き始めていた。
このゲーム内での最も重要な要素、それは膨大な知識の元に行動できるかという事。
此処に登場するモンスターには明確に運営側の意志として弱点が与えられている。それを知っているのかいないのか、その差が露骨にレベリングの速度へと影響を与える様に作られている。
何レベで、どのモンスターを、どのエリアで如何倒すのか。それを相手チームの出方に対応しながら正確に選択する事が何よりも求められているのだ。
(今時はゲーム世界ですらお勉強か。通学拒否児童の逃げ場は何処に……)
ジークはそんな事を頭で呟きながら、同時にゲームに関する事なら悪くはないかなと思い駆け出した。
早速この世界で学んだ知識を活用したのである。
カタカタカタカタカタカタ…………
背後に、骨と骨の擦れ合う音が聞こえていた。
スカルキマイラはコツさえ知っていれば容易に倒せるモンスター、だがそう単純に経験値を稼がせてくれないのが此処の運営である。
このモンスターにはある種トラップ的な仕様が隠されており、奴らは一匹倒すと周囲の骨が突然スカルキマイラと成り動き出すのだ。油断し足を止めた愚か者は、気が付くと数十のスカルキマイラ達に囲まれ袋叩きに遭うだろう。
幾ら倒し方を知っていてもその数に四方から襲われれば一溜まりもない。
このプレイヤーの求めている事と嫌がる事を完璧に把握している仕組みに謎のデジャブを覚え、ジークは背後に迫る骨の擦れ合う音から逃れる為足の回転を早めたのであった。
そうして経験値を拾い、時にはモンスターから戦略的撤退を行いながらジークは竜の巣を登っていく。マップを見る限りではもう直き頂上へ到達、登りから降りへと道が切り替わりそうであった。
その道すがらジークの頭の中にあったのは、この竜の巣が一体何の為に存在するのかという考え。
少し考え思い浮かんだのは、この中立地帯の山脈が両陣営の中央深くまでを貫きステージを上下に二分する事で、戦術に良い意味での縛りと幅を付けようとしているのではないかという事。
竜の巣に遮られる事で移動範囲が狭まり、プレイヤー同士の遭遇確率は上昇する。またこの中立地帯を通って敵陣の中頃まで気付かれる事なく侵入する事も可能となるが、同時にここへ出現する他所に比べ強力なモンスター達に自分が倒されるというリスクも伴う。
プレイヤーに絶対解のない選択を与える、試合に緊迫感をもたらす手段としては非常に優れた仕組みだと思った。
(けど、この程度オレなら3レベのステータスで山越えできる。何なら今このまま山脈伝って敵のユグドラシルまで進むか?)
他人に聞かれればイキリと取られても仕方のない内心の声、だがジークにとってそれはあくまでも客観的事実に過ぎなかった。
確かに此処のエリアに出現するモンスターは強い。だがこれまでヘルズクライシスにて理不尽の権化が如き敵と戦ってきた彼に言わせれば赤子の相手をする様な物。
正直この程度のモンスターでは自分が倒されるビジョンさえ浮かばなかったのである。
ジークにとってこの世界は子供用の公園だった。少し背伸びするだけで想定の範囲から外れ、ゲームシステムが崩壊してしまう。足が着きっぱなしのシーソー何かじゃ楽しめない。
やはりヘルクラの代わりなどそう簡単に見つかる筈が無かったのだ。きっとこのゲームも直ぐに底が見え現実に突き返されてしまうのだろう。
そんな事を考えながら、丁度山脈の頂へと到達した瞬間であった。
バサァァッ…バサァァッ…………
その、彼が求め続けた強敵の羽音が聞こえたのは。
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