バンクエットオブレジェンズ~フルダイブ型eスポーツチームに拉致ッ、スカウトされた廃人ゲーマーのオレはプロリーグの頂点を目指す事に!!~

NEOki

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第三話 バンクエットオブレジェンズ④

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「グルル、ガアアアアアアアア″ッ!!!!」

 陽光を反射し鈍く光る鋼色の毛を逆立たせ、密林の王者『シルバーグリズリー』が咆哮を轟かせる。
 その言葉を異とする者同士でも通じ合う敵意という意味に、轟音を一身に受け止めたちっぽけな騎士は右手へ握る剣を自らの正中線に沿わせて構えた。

 しかしそんな明らか臨戦体勢へ入った獲物の姿などお構い無しに、怪物は身体を大きく見せる二足立ちの威嚇体勢から低く体を落とす狩りの体勢へと移る。
 そしてまるで地表を滑る様に、ゼロから一気にトップスピードへと至る急加速の突進を放った。

「…ッ!!」

 その野性をこれ以上無い程体現した純粋なる力の接近に、騎士は回避という懸命な判断を下す。敵のターゲットを振り切る為ギリギリまで巨大を引き付け、荒ら息を肌で感じる程の距離で体を横に転がした。

フォゥンッ!!

 とても生物から出ているとは思えぬ大砲が真横を擦り抜けた様な音を聞き、騎士はこの敵が先程まで自らが狩っていたモンスター達とは格が違う事を悟る。

 だが、彼もまたその事実に怯む一般人とは格が違った。
 シルバーグリズリーの真横へと逃れた騎士はその詰まったままの距離を逃さず、片膝立ちの体勢で剣を敵目掛け突き出したのである。

ガギンッ!!

 しかし、その白光りする刃が対象の骨肉を抉る事は無かった。横腹へと突き出された剣はまるで分厚い鉄板へかち合ったかの如く弾かれ、手にジーンという衝撃が這い上がってくる。
 片膝立ちでは満足に力を伝えられなかったのか。刺した場所が悪かったのか。頭に浮かんだ疑問は数知れずだが直ぐに次の選択が迫っていた。
 
 背筋に寒気を覚えたちっぽけな人影は、素早く崩れた体勢を立て直し後ろへと飛ぶ。そしてそのままの流れで武器を構え直した彼を、もう此方を向き直ったシルバーグリズリーは舌舐めずりでもしそうな表情で凝視していた。

 後1秒動きが遅れていれば飛び掛かかられていただろう。剥き出しの狩猟本能が、片時と目を離す事なく彼の隙を狙っている。


「グルゥゥゥゥ……………」

「………………………………」


 耳に入れるだけで神経が荒ぶる怪物の喉を鳴らす音を聞きながら、騎士はシルバーグリズリーと再び正面から向かい合う。
 互いの距離約3メートル。だがまるで現在進行形で鍔迫り合いをしているかの如き緊迫感が全身を包んでいた。

 一瞬の遅れ、判断ミスが死に直結する状況。

「…………………フッ!」

 しかしそんな中、彼は息一つを吐きなんと自ら前へ出た。
 当然密林の王者はその蛮勇に報いを受けさせんと鋭利えいり極まる鉤爪をその身目掛け振り下ろす。

ブオンッ…………

 だが、その鉤爪が切り裂いたのは人の皮膚ではなく大気の薄膜であった。
 彼は爪がほんの鼻先を掠めるギリギリの位置で立ち止まって身体を逸らし、敵の攻撃を更なる紙一重で回避して見せたのである。
 自らの足で敵の間合いへと飛び込む事で己のタイミングを押しつけ、そして引き出された予定通りの攻撃を予定通りに回避したのだ。

 そしてそれにより完全に敵のリズムを掴んだ彼は、まるでマタドールが牛をはためく赤布で誘い華麗に回避する様にシルバーグリズリーの動きを掌握。
 回避によって敵のアクションを制し、脳内で描いた勝利の絵へ向けて現実を近づけていく。

 そうして身をひるがえしながら狙った位置関係へ己と獣を落とし込んだ彼は、大きく後ろへ飛び距離を作る。
 するとその距離を埋めようと空かさずシルバーグリズリーが頭を低く落とした。予測通り、突進の構えである。

ダァンッ!!

 怪物がその身を弾頭にし突っ込んできた。
 しかし彼は素早く突進を図ってきた敵の横へと飛んで抜け出し、目標が突如として消えた密林の王はその背後に現れた大木へと勢いそのまま突っ込む。

 ズドォンッというさながら中型トラックが衝突した様な重低音が鼓膜をビリリと揺らす。

 しかしその耳腔じこうの奥に感じる鈍い痛みを意にも介さず騎士は動き、大木に衝突し尻餅を突いた鋼色の背中を己が間合いに入れる。
 そしてこの千載一遇に勝負を決さんと剣を両手掴もらてづかみに振り上げ、全体重と筋繊維一本残らずのエネルギーを乗せてシルバーグリズリーの背中へと振り下ろした。


ッガァギイイイイン″!!

「…ッ!?」

 しかし、その渾身の一撃は、無情にも火花を散らし怪物が纏った鋼色の皮膚に弾き返されたのである。

 先程突きを弾かれた時は体勢が悪く力が充分に伝わらなかったのだと思った。
 だが今、確信する。奴の体は物理的に刃が通らない鉄壁の防御に覆われているのだッ。

『ジーク君! シルバーグリズリーは鋼の体毛が生えていて銀色の毛が覆っている部分はどんな武器も弾き返すよッ。あのモンスターにダメージを与えるには定数ダメージの攻撃を当てる、若しくは毛の薄い腹部を攻撃するしかないんだ!!』

 柄から両腕へと再び登ってきた痺れに目を見開くジークへと、モッチーナがそうアドバイスの言葉を頭上より落としてくる。

 その助言に対し、もっと早く言えッという苦情を垂れる隙など敵は与えてくれない。上へ向いたジークの視線は直ぐに前方へと引き戻され、一層殺意に血走りギラついたシルバーグリズリーの瞳との第2ラウンドが待っていたのだ。

ダンッ!!

「グルルルルルルル…………………………………」

 ジークは目前の圧倒的質量を前に受け身となる事を恐れ、依然いぜん混乱収まらぬままでも自らが主導権を握らんと前に出る。

 しかしその行動に対し、獣は先程の敏感な反応を示してはくれない。まるで巣に羽虫が絡みつくのを待つ蜘蛛くもの如くに両足をドッシリと地面へ着け、敵の出方を伺っていたのだ。

 シルバーグリズリーは、間違いなく先ほど攻撃を誘い出され良い様にやられたという経験を学習していた。
 これまでも何度かそれを伺わせる体験はあったが、やはりこのゲームに登場するモンスターには自己学習能力が与えられているらしい。恐らくたった数秒前に通じた戦術だろうと、もうあの狡猾な怪物には通用しないのだろう。


(チッ、貴重なチャンスを無駄にしちまった。さっきの作戦はもう通用しない…………ならアレで行くかッ)


 このモンスターを倒す絶好のチャンスであった第一撃を無駄にし、彼の顔に苛立ちの色がチラリと浮かぶ。
 しかしその顰め面にも関わらず、ジークは即座に第二撃の方策を立て剣を握り直した。

 彼に言わせればこんな事日常茶飯事なのである。ジークがクリアしたヘルズクライシスでは、何時間捧げて組み立てた戦術であろうと鬼畜運営に一息で吹き飛ばされてきた。
 しかしそのクシャクシャに丸めゴミ箱の上へうず高く積み上がった数無数の経験が、ジークというプレイヤーの底なしな対応力をこの瞬間裏打ちしているのだ。



 ジークが選択したのは静。先程止まる事なく動き敵のアクションを誘っていた様とは180度変わり、重心を低く落とし体に纏わせていた速度を完全に取り去った。
 しかしその状態であろうと重心は前に傾けたまま。瞳の焦点を引き敵の全体像を視界へ入れ、その如何なる動作に対しても全神経を傾ける。

 そして、シルバーグリズリーの体重が僅かに後ろ脚へ移ったのを感知したジークは一転地を蹴り、己が残像を尾に引く程の速度で前に出た。

「グゥ、ガア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ッ!!!!」

 敵意を察知し、気でも狂ったか自ら死地へ飛び込んできた小動物を密林の王は肝が潰れる様な咆哮で迎え入れる。
 これは既に一度見ているシルバーグリズリーの威嚇行動。身体を起き上らせて姿を大きく見せる、腹部に滑り込むには最適な隙だ。

 しかしその隙が覗くのはほんの一瞬。この後即座に叩き付けからの突進攻撃を放ってくる。
 ジークが飛び込んだのは、そんなたった1秒踏み切りが遅れただけで無防備に反撃を貰う刹那のチャンスであった。

ズドゥッ…………

 肌が感電しているかの如く細かに震える咆哮を浴び、一振で命を引き裂く反撃を貰うリスクを背負って、ジークは敵の懐へと飛び込む。
 そして両脇の下、胸郭中央やや左へと剣を突き出した。
 その切っ先はモッチーナの助言通りシルバーグリズリーの皮膚を貫通し、肉を裂き骨を断っていく。

 だが、その遂に命中した渾身の一撃にも関わらず、目前に立ちはだかる巨影は倒れない。
 ジークの現在持ちうる手札の中で最大限の攻撃であっても、シルバーグリズリーに設定された体力値を一撃で消し飛ばすには能わなかったのだ。

 その瞬間、彼が王手の確信と共に放った一手は致命的な悪手へと転じる。ジークの貧弱な体は回避も間に合わぬ後戻りが効かない距離で、鉄をも切り裂く獣の鉤爪と相対する事を余儀なくされたのだから。


「ゴブゥッ…………………………」

 しかし、あれ程殺したがっていた獲物を懐に抱えているにも関わらず、シルバーグリズリーはピクリとも動かなかった。気道へ侵入した血液が逆流する音を喉から漏らしたまま直立不動で立ち尽くしている。

 そしてそれと対照的に、今正しく立っている死地でジークはニヤリと笑ってみせた。

(やっぱり此処だった……このモンスターのクリティカルポイントッ!!)

 クリティカルポイント、このゲームにはそう呼ばれる弱点が全てのモンスターに例外なく存在している。その情報こそが此処数十分の狩りでジークが得た最大の利益であった。

 クリティカルポイントというのは他の部位に比べ攻撃すれば大きなダメージを与えられる場所の事。
 更にそれには追加効果として、其処を攻撃できれば敵を怯ませ一定時間動きを止められるという強力なオマケまで付いてくるのだ。

 そして話し転じて今この瞬間、ジークはモッチーナの情報からシルバーグリズリーのクリティカルポイントは毛の薄くなっている部分の何処かに存在してると予想。その予想に全てを賭け、恐らく心臓が存在しているであろう点を剣で貫いたのだ。
 如何やらそれが見事大当たりを引き当てたらしい。


ズボゥ……ザンッ!! ズザァンッ!!!!


 遂に鼻先を掠めた濃密な勝利の匂い。ジークはそれに勝負勘が指し示すがまま全身全霊で飛びつき、大きく一歩引きながら獣の心臓を突き貫いた剣を抜く。
 即座その一歩を全て助走として再び斬り掛かり、十文字じゅうもんじの残像が宙に描き出される程の早業で二度の斬撃を煌めかせた。

「ギャオオオオオオオオオオオッ!!」

 無防備な腹を抉った2発の斬撃にシルバーグリズリーは正しく怪物という言葉が似合う絶叫を口から発し、叩き込まれたダメージに押し潰されているかの如く後退る。
 しかしその激痛を刻んだ小さき狩人が一度喰らい付いた獲物を逃す事はない。傷口より弾けた血の匂い。その甘美な香りに口端を吊り上げ、まるで牙を喰い込ませる様に剣を振りかぶる。

 そして一蹴りで敵との距離をゼロにしながら、腰に触れる位置に据えた剣を横薙ぎに振り払う。クリティカルポイント含む横一線を白刃が斬り裂いた。


ザンッ…………………………………………ドォン″ッ


 命へと刃が届いた感触。直後その感覚を確信に変える音が背後より聞こえた。
 まるで切り倒した大木が地面に衝突したかの如く、シルバーグリズリーの巨躯が崩れ落ちた振動が空気を伝い彼の鼓膜を揺らしたのだ。

 ジークは見事、この密林エリア最強のモンスターを討伐する事に成功した。

【コード・ジーク 2400ex獲得】

【レベルアップ レベル6へと到達しました】

【ブースト『ソードオブジャスティス』が解放されました】

 経験値獲得の通知が届き、間違いなくシルバーグリズリーが自らの経験値に成った事を知らせる。
 そしてその莫大な経験値により遂にレベルが6へと到達。ブーストも開放された。
 
 ジャングルでの狩りを開始してから二十分、これで一先ず前線で戦う準備が整ったと見て良いのだろうか。

『流石だねジーク君!! 今日初めてプレイしたばかりなのにあのシルバーグリズリーを、しかもノーダメージで倒すなんて思わなかったよ!! それにこれで丁度レベル6到達だ。いよいよ準備が整ってきたねッ』

 どんなモンスターを倒しても一々頭上からお褒めの言葉を落としてくれるモッチーナが、今回は一際喜々とした称賛を発した。

 モッチーナはこの試合中も片時と離れず、ジークの一挙手一投足に派手なリアクションを挟んでくれている。初めはそれが小っ恥ずかしかったが、今はその反応もゲームBGMの如くに耳へ馴染んでいた。
 アドバイスのタイミングが若干遅いのも、プレイヤーから初体験の驚きを奪わない様にという配慮からなのだと思おう。

 そしてそのモチモチオットリした相棒へと、ジークは自ら質問をぶつけた。

「じゃあジャングルでのレベリングはこれで終わりか? 漸く敵のユグドラシルにッ…」

『いや、まだ焦っちゃいけないよ。ジーク君もう一度マップを表示してみてくれる?』

 ブーストを手に入れ、いざ敵陣へ攻め込まんというジークの言葉を先回りしてモッチーナ遮る。これが君専用に最適化という奴か。
 自分の言葉を切って捨てられた事に対しジークは複雑な表情を浮かべるが、素直に言われた通りマップを開いた。

『マップ中にステージを縦断する線が引かれているのが分かる? これがこのゲームの正しく中心、前線って呼ばれる要素。この線より自分達のユグドラシルがある側がジーク君たちの自陣、そして反対側が敵陣って名前で呼ばれるエリア。この前線が引かれる位置は一定時間毎に各チームの優勢度合によって前後して、自陣では様々なバフが発生し敵陣では反対にデバフを受ける事と成る』

「そのデバフって奴はどの程度の影響を受けるんだ?」

『そうだね。敵陣に入ってしまうと先ず自分が何処に居るのかが敵チームに筒抜けと成ってしまう。加えて敵陣でモンスターを倒しても50%しか経験値は貰えないし、スピードも攻撃力も大幅減少、それに自然体力回復も発生しなくなる』

「……現実的に敵陣へ攻め込むのは不可能って事か」

『あくまで現時点では、だけどね。実はレベル9に到達したプレイヤーにはそれらのデバフを打ち消すシールドが付くんだ。敵のユグドラシルを狙うのはそれからの方が賢明だよ』

「なら、そのレベル9に成るまで此処でレベリングを続けるのか?」

『いやッそうもいかないんだ。レベル8から先に進むにはそれまでとは異なる特別な条件があって、敵プレイヤーを倒して得た経験値でしかレベルを上げられない。だから此処に潜んでモンスターを相手にしているだけじゃダメで、プレイヤーをキルしに前線へ出ていく必要がある』

 そう言いながらモッチーナはジークの真横へと移動、マップの1箇所を短い腕で指した。

『マップの前線付近の鼠色で表示されている部分があるでしょ? 其処は自陣でも敵陣でもない中立地帯。この場所の制圧具合や立っている人数によって次の前線位置が決まる。だからこの中立地帯へ行けば、確実に他のプレイヤーを倒すチャンスが来る筈だよッ』

「成程、じゃあ其処が次のマスって事だな」

 ジークはこまを一つ一つ進める様に段階を踏ませるこのゲームを双六に例えた。序盤はレベリング、次は前線の押し合いの中でのキル、そしてレベル9以降に漸くシールドを手に入れて敵陣へと侵攻。
 しかもその個々の段階で求められる能力がまるで異なると来ている。

(序盤はモンスター相手に効率重視で戦い続けなくちゃ成らない。中盤は対人の心理戦でプレイヤーキルを求め一戦に全てを賭ける。終盤はそれまで積み上げたステータスを如何に使い敵の本陣を落とすかという特殊なアプローチが必要)

 ジークは何となくこれが唯のゲームではなくeスポーツと呼ばれる所以が分かった気がした。『遊戯』というより、能力の限界を競う『競技』という言葉がしっくりくる。
 同時に戦闘能力ならともかく、思考能力の足りぬ自分ではマニュアル通りに動くのが最善であろうという事も。

 そうして一先ず今はモッチーナの提案に従おうと、前線の押し合いに参加する事を決めたフートはマップを睨む。
 その表示されたフィールドの平面図には、味方のCPUを示す点が忙しなく動いているのが見て取れた。恐らくそこが現在進行形で前線の押し合いが発生している場所なのだろう。

(とりあえず此処に合流するか……この『竜の巣』って場所を通って向こう側に出るのが最短ルートっぽいな)

 そう脳内で呟き行く先を定めたジークは、ステージ中央に根を張る竜の巣と名が記された山を越え味方のNPC達に合流するルートを選択。
 そして何故か自陣にも敵陣にも認定されていない中立地帯として表示されたその山脈へと移動を開始したのだった。
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