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第八話 愛の力

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「良し。じゃあ疾風の加入も無事決まった事だし、早速歓迎会パーティーの準備に取り掛かろう!! この祈念すべき日の内に深められるだけ親睦を深めちゃおうよ!!」

 互いに互いを利用し合う掛け値百の交渉でこのラージボルテックスというチームへの加入を決めた疾風。
 そして交渉が無事成功し優れた才能を持つエースを獲得した海斗は、それまでの淡々と必要な言葉だけを語る様子から一変して恐らく実年齢より少し子供っぽい学生の様なノリでそう発した。

「ごめん。オレちょっと五時までに家へ帰んないといけなくて……」

「大丈夫大丈夫!! 家までなら僕が送るから直ぐに帰れるよ、だからお祝いのピザ一枚ぐらい食べていってよ。同じ食卓で同じ物を食べるのはチームワークを生む第一歩だからね」

「いやでも…ちょっとでも五時に遅れたら色々と面倒な事にッ」

「優奈ッ、疾風が急いでるみたいだ! 大至急ピザを注文してくれ!! そうだな…四枚だ。今日は奮発して一人一枚Mサイズのピザを用意しよう! サイドメニューも付け放題だ!!」

「了解」

「…………………」

 疾風は万が一の事がないよう早めに帰宅したいと思っていたが、海斗達が注文を開始してしまった為閉口せざるを得なかった。
 少なくとも自分の加入を彼らは祝おうとしてくれているのだ。その好意を無碍にしてまで自分の都合を貫ける我を、疾風は持ち合わせていなかったのである。

(仕方ねえ、ピザ一枚さっさと平らげて帰れば間に合うか)

 そんな事を考えて疾風が椅子に腰を据え直したのと同時、チームハウスの玄関が開く音と野太い声が聞こえた。


「たッ、ただいまぁ~…………」


「あ、聡太だ。無事帰って来られたみたいだね」

「ああ、そう言えばアイツ居なかったな。忘れてたわ」

「優奈、君も大概酷いな」

 その2人の会話で、先程幕張メッセから逃げる時に身を挺し時間を稼いでくれた大男が帰ってきたのだと分かった。彼にもお礼を言わねば成らない。
 
 そして玄関からノシッノシッノシッという足音が近付いてきて、部屋の扉が開かれる。しかし次の瞬間、突如場を弾けた様な爆笑が包み込んだのである。


「ッアハハハハハハハハハハ!! そ、聡太ッそれ如何したんだい? 自分で破ったの??」

「そんな訳ッ無いだろ!! 帰ってきてお帰りも心配の言葉もなく先ずそこを指摘するのかよ!! 勝手にこういう風に破れたんだよ!!」

「ダハハハッ、聡太やっぱりお前持ってるわ。何で自然に破れてそんな完璧な形に残るんだ?」

「こんなツキ要らないよ!! 優奈恨むからな、ついこないだ買ったお気に入りのTシャツだったのに三日でこうだよ!!」


 海斗と優奈のツボを突いた物。それは恐らく一時間数分前に疾風を追ってきた者達へ立ちはだかった際破れたのであろう、殆ど原型を失ったTシャツの残骸であった。

 そのTシャツの破れ方というのが実に見事で、丸襟の部分とその周辺の僅かな生地を残し、それ以外の部分が全て消失している。
 遠目に見ればまるでネックレス。それが浅黒い無傷のムキムキボディーに乗っかっているのだから、何とも言えぬ調和と違和感を周囲に撒き散らしていたのである。

 其れを見た疾風すらも吹き出しそうになるが、流石に手で口を覆い堪える。

「別に未だ着れるじゃねえか。寧ろお前が今まで着てたどんな服よりも似合ってるぞ」

「これ着てるって言えるの!? 肌面積何パーセント? 寧ろ上裸よりよっぽど変態的じゃない? タクシー止めるのにメチャクチャ時間掛かったんだけどォ!!」

「なんだ、電車かバスで帰ってきた訳じゃないのか? 贅沢な奴だな」

「こんな格好で公共交通機関に乗れる訳ないだろ!! 『電車乗ったら何かヤバい奴いたw』っていう万バズ量産しちゃうわ、ネットのオモチャにされるわ!!」

 優奈の言葉1つ1つに、大男はまるで芸人が如く倍以上の言葉で返してゆく。
 そんなやり取りを愉快そうに眺めていた海斗であったが、頃合いを見て二人の間に割って入り、Tシャツを代償として自分達が手に入れた物を大男に伝える。

「まあまあ良いじゃないか。Tシャツの件は残念だったけど、その犠牲のお陰で僕達は目標を達成したんだ。君のお手柄だよ聡太」

「え? 目標達成って………ッ!?」

 その海斗の言葉を受け、大男は漸くこの部屋に今まで居なかった人物が居る事に気が付いた。
 目線が合った疾風は立ち上がり、彼ヘと頭を下げて先程の礼を述べる。

「助けてくれてありがとうございます。Tシャツの件は済みません、お陰で危機一髪の所から逃げる事が出来ました。ついさっきこのチームに入る事を決めた群雲疾風です、これから宜しくお願いします」

「すッ、凄いな………本当にあのコード・ジークがウチに来たんだ。俺の名前は水瀬聡太みなせそうた。チームメンバーに敬語なんて水臭いし、タメ口で聡太って呼んでよ。Tシャツの件は気にしないで、俺の筋肉も久し振りに活躍出来て喜んでるしッ」

 疾風の謝罪を込めた自己紹介に、聡太はタメ口呼び捨てで良いと言いながら右手を差し出してきた。
 そして疾風がその手を取ると、胸筋をピクピクと上下に動かし笑ってみせる。

「そうだな。久し振りに役立ったな、その観賞用の筋肉」

「かッ、観賞用!? 聞き捨てなら成らないな優奈、結構役立ってるだろ俺の筋肉。イチゴジャムの蓋開けたりとかさッ」

「そうだよ! 優奈失礼な事を言っちゃいけません。聡太の筋肉はイチゴジャムの為にあるんだ!!」

「なんだろう……自分で言っておいて何だけそれもそれで嫌だな」

ピンポォォン

「あ、ピザが届いたみたいだ」


 恐らく今まで何百回とこうした会話が繰り返されてきたのであろうラージボルテックスの三人の声を遮り、玄関のチャイムが鳴った。
 注文していたエース加入を祝うピザが届けられたのである。

 それを受け疾風は、自分の為に色々用意ししてくれた事や、Tシャツを犠牲にしてまで自分を救ってくれた聡太への感謝の気持ちで暫く此処に留まる事を決める。
 そして歓迎会という久し振りに行う家族以外との濃厚な交流の中で、気付かぬ内にどんどんと時は流れていった。


 そしてその中で、疾風はつい忘れてしまったのである。
 凪咲と結んだ午後五時には帰るという約束と、自分が絡んだときに彼女が見せる人並み外れた行動力を。
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