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第八話 愛の力⑤
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「着きましたよお嬢様。本当に行くんですか?」
凪咲のマネージャー、湯原秋が眠そうな口調でそう言う。
仕事は出来るが何処かやる気の無い彼女らしく今この瞬間起っている事の重大性を理解していないらしい。
お兄ちゃんが、疾風が今何処の誰とも知らない人間の家に居るのだ。何故この状況を前にして欠伸が出来るのか。
「行くに決まってるでしょ!! 疾風が危ない目に遭ってるかも知れないのにッ」
「危ない目って、お兄さん言っても立派な成人男性でしょ? そんなトラブルなんて遭いませんって。寧ろそのイベントって奴で可愛い女子と知り合って部屋まで行く事に成功したのかも知れませんよ。それで時間も忘れてお楽しみ中なのかッ……」
「一大事じゃないッ!! そッ、そんな事私が絶対に許さない。私の疾風に指一本でも触れたら唯じゃ置かないわ、痴女めッ二度と表出歩けない顔にしてやる!!」
ッバアン”!! タッタッタッタッ…………
湯原の発言でより一層感情が爆発した凪咲は勢いよく扉を開け、兄の居場所を示す信号が出ているその民家へと駆けていった。それはもう恐怖と怒りで前以外見えなく成ってしまった様子で。
「……あんまりお兄さんを恋人と勘違いし過ぎない方が良いですよ。手に入らないモノにしがみつき続ける程辛い事は無い」
湯原は窓ガラス越しに夜闇を掻き分け進んでゆく凪咲を見ながら、せめて明日の仕事に支障がない様にと願い、煙草へ火を点けたのだった。
(疾風が自分から他人の家に上がり込む訳無い、きっと誰かに無理矢理連れて行かれたんだ。それで今頃この家の中で………………殺すッ!!)
凪咲は何時もより過剰に自分で自分の不安を煽り、未だ何一つ確かな事は無いというのに兄が痴女に襲われていると決めつけて怒りを爆発させていく。
そして彼女の手に握るのは護身用に購入した催涙スプレー。これで痴女の視覚を奪いその隙に顔面を崩壊させてやるのだ。
足は怒りにまかせて躊躇無く前へ進み、あっという間にその家の前へと到達したのであった。
(まどろっこしい事は抜き、疾風の身体が穢される時間を一秒でも短くする為正面突破で助け出すッ。インターホンを押して痴女が出て来た所へ催涙スプレーを浴びせ、そして押し倒してマウントポジションを取りボコボコにする。OK、完璧だな作戦ねッ!!)
ピィンポオォォン!!
そう頭の中で痴女顔面崩壊までのプロットを書き出した凪咲は、感情のまま躊躇無く建物のインターホンを叩き押した。
若しかしなくてもかなり危険な行為を行っている。助けに来た凪咲の方が逆にトラブルに巻き込まれ、大変な事態に陥る可能性だって十二分に有るのだ。
しかしそんな事彼女にとっては些事以外の何物でも無かったのである。女は愛する者が危機に晒された時獅子と化するのだ。
「はーいッ、今いきまーす」
扉の向こう側から声が聞こえた。
痴女にしては随分と低い声に聞こえたが扉越しなせいであろうか? 若しくは酒焼けか何かで喉が潰れているのだろう。
汚らわしい。そのアルコールとニコチン塗れの口で私の疾風に何をしたと言うのだ。
凪咲はもう数秒もせず痴女との決戦になるという緊張を怒りで握り潰した。そして緊張で息が荒ぶり上下する肩で催涙スプレーを構える。
未だ嘗てこれ程精神統一した事など有っただろうかというレベルで目前の事に集中していた。
ガチャリッ……
そして、遂に扉が開く。
その過集中により若干スローモーションに映る視界の中で、凪咲はいち早く敵の眼球へと照準を合わせようとする。如何なる出来事にも対応出来る万全の臨戦態勢でこの瞬間を迎えたのだ。
しかしにも関わらず、凪咲はその待ち構えていた扉の開く瞬間に、驚きで動けなく成ったのだ。
「えッ!? あれ? 久美さんじゃ……ない?」
想像と現実が余りに乖離していたのである。
出て来たのは想像していた痴女ではなく、肩幅が彼女の2倍以上はある日サロで肌をこんがりと焼いたオシャレ坊主の大男だったのだ。
(えッ、嘘ッ!? 痴女じゃない、男、それもこの体格と肌の色……外国人! この肌の黒さ的にきっとアフリカ大陸の上の方ね…アルジェリア、そうアルジェリア人だわ! でもなんでアルジェリアの方がこんな所に? そうだ、きっと痴女に門番として雇われたアルジェリア人なのよ。つまりこのアルジェリア人の方を倒さないと疾風の元へは行けない、だから私の敵! アルジェリア人にも良い人が沢山居る事は分かっています、でも少なくともこの人は私にとって悪いアルジェリア人ッ。正義など所詮立場によって変わるもの、だから私は私の正義を貫く為に此処を通させて頂きます!!)
「ソーリー!!」
「へ?」
ブッシュゥゥゥゥゥッ!!!!
「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
予想外にアルジェリア人が登場し、面食らった凪咲であったが兄を救うため躊躇無く催涙スプレーの引き金を引いた。
そしてその催涙効果を持った液体が目に直撃した聡太は、余りの驚きに甲高い悲鳴を上げて後ろ倒しに転倒した。
「何だッ、何の悲鳴だッ!!」
「死んだみてえな悲鳴上げたぞッ」
「どうせ大した事じゃないだろ。アイツ前蜂に刺された位で似たような悲鳴上げてたし」
「それで動じないのはこの世で君ぐらい何だよ優奈……」
これで門番を倒しやっと建物の中に入れる。そう思ったのも束の間、しかし男の甲高い悲鳴を聞き付けたのか建物の奥に居た敵達がゾロゾロと出てきたのである。
(チッ、予想以上に中に居る人間の数が多かったな。けど関係無い。私は何人が相手だろうと必ず疾風を救い出すッ!!)
近付いてくる足音の数に凪咲は一瞬怯みそうに成る。しかし彼女は兄を救うために戦う覚悟を決め、その新たに現われた敵へと催涙スプレーを噴射しようとした。
「え……凪咲ッ!?」
「え……疾風ッ!?」
しかし、そんな彼女のトリガーに駆けた指が、その新たに現われた敵の内一人の顔を見た途端外れた。
そして催涙スプレーを投げ出し、その正しく瓜二つというリアクションを取った相手へと躊躇無く抱きついたのである。
「良かったッ疾風無事だった! 何処行ってたの探したんだからぁッ!!」
「ごめん、ちょっと色々あってさ……」
一時はもう二度と会えぬかも知れないとすら思った兄に泣きながら抱きつく凪咲を、疾風は嬉しいような戸惑うような表情で優しく受け止めたのだった。
凪咲のマネージャー、湯原秋が眠そうな口調でそう言う。
仕事は出来るが何処かやる気の無い彼女らしく今この瞬間起っている事の重大性を理解していないらしい。
お兄ちゃんが、疾風が今何処の誰とも知らない人間の家に居るのだ。何故この状況を前にして欠伸が出来るのか。
「行くに決まってるでしょ!! 疾風が危ない目に遭ってるかも知れないのにッ」
「危ない目って、お兄さん言っても立派な成人男性でしょ? そんなトラブルなんて遭いませんって。寧ろそのイベントって奴で可愛い女子と知り合って部屋まで行く事に成功したのかも知れませんよ。それで時間も忘れてお楽しみ中なのかッ……」
「一大事じゃないッ!! そッ、そんな事私が絶対に許さない。私の疾風に指一本でも触れたら唯じゃ置かないわ、痴女めッ二度と表出歩けない顔にしてやる!!」
ッバアン”!! タッタッタッタッ…………
湯原の発言でより一層感情が爆発した凪咲は勢いよく扉を開け、兄の居場所を示す信号が出ているその民家へと駆けていった。それはもう恐怖と怒りで前以外見えなく成ってしまった様子で。
「……あんまりお兄さんを恋人と勘違いし過ぎない方が良いですよ。手に入らないモノにしがみつき続ける程辛い事は無い」
湯原は窓ガラス越しに夜闇を掻き分け進んでゆく凪咲を見ながら、せめて明日の仕事に支障がない様にと願い、煙草へ火を点けたのだった。
(疾風が自分から他人の家に上がり込む訳無い、きっと誰かに無理矢理連れて行かれたんだ。それで今頃この家の中で………………殺すッ!!)
凪咲は何時もより過剰に自分で自分の不安を煽り、未だ何一つ確かな事は無いというのに兄が痴女に襲われていると決めつけて怒りを爆発させていく。
そして彼女の手に握るのは護身用に購入した催涙スプレー。これで痴女の視覚を奪いその隙に顔面を崩壊させてやるのだ。
足は怒りにまかせて躊躇無く前へ進み、あっという間にその家の前へと到達したのであった。
(まどろっこしい事は抜き、疾風の身体が穢される時間を一秒でも短くする為正面突破で助け出すッ。インターホンを押して痴女が出て来た所へ催涙スプレーを浴びせ、そして押し倒してマウントポジションを取りボコボコにする。OK、完璧だな作戦ねッ!!)
ピィンポオォォン!!
そう頭の中で痴女顔面崩壊までのプロットを書き出した凪咲は、感情のまま躊躇無く建物のインターホンを叩き押した。
若しかしなくてもかなり危険な行為を行っている。助けに来た凪咲の方が逆にトラブルに巻き込まれ、大変な事態に陥る可能性だって十二分に有るのだ。
しかしそんな事彼女にとっては些事以外の何物でも無かったのである。女は愛する者が危機に晒された時獅子と化するのだ。
「はーいッ、今いきまーす」
扉の向こう側から声が聞こえた。
痴女にしては随分と低い声に聞こえたが扉越しなせいであろうか? 若しくは酒焼けか何かで喉が潰れているのだろう。
汚らわしい。そのアルコールとニコチン塗れの口で私の疾風に何をしたと言うのだ。
凪咲はもう数秒もせず痴女との決戦になるという緊張を怒りで握り潰した。そして緊張で息が荒ぶり上下する肩で催涙スプレーを構える。
未だ嘗てこれ程精神統一した事など有っただろうかというレベルで目前の事に集中していた。
ガチャリッ……
そして、遂に扉が開く。
その過集中により若干スローモーションに映る視界の中で、凪咲はいち早く敵の眼球へと照準を合わせようとする。如何なる出来事にも対応出来る万全の臨戦態勢でこの瞬間を迎えたのだ。
しかしにも関わらず、凪咲はその待ち構えていた扉の開く瞬間に、驚きで動けなく成ったのだ。
「えッ!? あれ? 久美さんじゃ……ない?」
想像と現実が余りに乖離していたのである。
出て来たのは想像していた痴女ではなく、肩幅が彼女の2倍以上はある日サロで肌をこんがりと焼いたオシャレ坊主の大男だったのだ。
(えッ、嘘ッ!? 痴女じゃない、男、それもこの体格と肌の色……外国人! この肌の黒さ的にきっとアフリカ大陸の上の方ね…アルジェリア、そうアルジェリア人だわ! でもなんでアルジェリアの方がこんな所に? そうだ、きっと痴女に門番として雇われたアルジェリア人なのよ。つまりこのアルジェリア人の方を倒さないと疾風の元へは行けない、だから私の敵! アルジェリア人にも良い人が沢山居る事は分かっています、でも少なくともこの人は私にとって悪いアルジェリア人ッ。正義など所詮立場によって変わるもの、だから私は私の正義を貫く為に此処を通させて頂きます!!)
「ソーリー!!」
「へ?」
ブッシュゥゥゥゥゥッ!!!!
「ギィヤアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」
予想外にアルジェリア人が登場し、面食らった凪咲であったが兄を救うため躊躇無く催涙スプレーの引き金を引いた。
そしてその催涙効果を持った液体が目に直撃した聡太は、余りの驚きに甲高い悲鳴を上げて後ろ倒しに転倒した。
「何だッ、何の悲鳴だッ!!」
「死んだみてえな悲鳴上げたぞッ」
「どうせ大した事じゃないだろ。アイツ前蜂に刺された位で似たような悲鳴上げてたし」
「それで動じないのはこの世で君ぐらい何だよ優奈……」
これで門番を倒しやっと建物の中に入れる。そう思ったのも束の間、しかし男の甲高い悲鳴を聞き付けたのか建物の奥に居た敵達がゾロゾロと出てきたのである。
(チッ、予想以上に中に居る人間の数が多かったな。けど関係無い。私は何人が相手だろうと必ず疾風を救い出すッ!!)
近付いてくる足音の数に凪咲は一瞬怯みそうに成る。しかし彼女は兄を救うために戦う覚悟を決め、その新たに現われた敵へと催涙スプレーを噴射しようとした。
「え……凪咲ッ!?」
「え……疾風ッ!?」
しかし、そんな彼女のトリガーに駆けた指が、その新たに現われた敵の内一人の顔を見た途端外れた。
そして催涙スプレーを投げ出し、その正しく瓜二つというリアクションを取った相手へと躊躇無く抱きついたのである。
「良かったッ疾風無事だった! 何処行ってたの探したんだからぁッ!!」
「ごめん、ちょっと色々あってさ……」
一時はもう二度と会えぬかも知れないとすら思った兄に泣きながら抱きつく凪咲を、疾風は嬉しいような戸惑うような表情で優しく受け止めたのだった。
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