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プロローグ 意味なんか無くとも②
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反射的に、脊髄だけで体が動いて気が付くと地面に伏せていた。
暫く茫然と破裂してしまいそうな程高鳴る心臓の拍音を気いていると、遠くから悲鳴に混じってテロだと叫ぶ声が聞こえてくる。
最近ニュースで度々テロに関する報道は耳にしていた。だがまさか自分が巻き込まれるとは。今まで所詮他人事と気にした事は無かったが、いざ我が身に降り掛かってくると恐怖以外の何物でもない。
全身の筋肉が張り詰め、思考が纏まらず、うまく息が吸えない。
かなり大きな爆発であった。その衝撃により建物の根幹が破壊されビル全体が倒壊するという最悪のイメージが頭を過り背筋を凍り付かせる。
もう呼吸が整うのを待っている時間はない、荒ぶる心臓を抱えたまま一刻も早くこの建物を脱出しなくては成らないだろう。苦労して作った資料も書類も死ねば紙屑である。命以外の全てを投げ出して避難への第一歩を踏み出した。
しかしそんな彼の足を視界の端にチラッと移り込んだ人影が止める。つい先ほど書類を渡してきた女が車椅子から落ち、必死に起き上ろうと藻掻いていたのだ。
この瞬間、二つの選択肢が頭の中に浮かぶ。助けて共に逃げるか、若しくは自分一人だけで逃げるか。
彼女は足が悪い、この爆発で物が散乱したビルから単独てで脱出するのは不可能だろう。しかしそんな事を考えていると何処からか漂ってきた匂いが鼻孔を掠める。煙の臭い、火事の匂いだ。
これによって元々短かったタイムリミットが更に減少。逃げ場のないビルの上層階で火に囲まれた者の末路など想像に容易い、一酸化炭素中毒で気絶し人型の炭に成るのみ。そして彼女を助けて脱出を選択した場合、高確率でその未来が訪れるであろう。自殺行為である。
自分が生き残るために何が正解なのかは明確。だがそれなのに、中々彼女を見捨てるという論理的選択を行動にする事が出来なかった。
ようやく人生が上手く回り始めた所、死んで良い筈がない。それなのにその正しい選択を選ぼうとすると足が竦んだ。一つの人命を今自らが握っている、その重圧が肩に圧し掛かって足裏を床に貼り付けた。
二人とも死ぬより一人でも生き残った方が良いに決まってるじゃないか
自分は此れから間違いなく大事を成す人間だ。今ここで死ぬのは社会の為ではない
爆破テロを受けたビルの中という極限状況。見捨てたとして誰かに非難される謂れはないだろう
脳味噌が生き残るために凄まじい速度で回転し、自己を正当化させる為の言い訳が次から次へと生産される。しかたない、どうしようもない、自分は悪くない、そんな言葉を吐き出しながら外を目指す、筈だった……
『おいッ、早く背中に掴まれ! 一緒に逃げるぞッ!!』
体が脳に反旗を翻し独りでに動いて背中を見せ、そして大声で叫んでいた。自分でも自分が何をやっているのか分からなかったが、結果的に命を投げ出し彼女を助ける形となった。
善行など恵まれた人間が自己肯定感を高める為の戯れだと思っていた。良心など金を稼ぐための邪魔で、自分には存在しないと思っていた。しかし非常に残念で悔しい事に、自分は意外といい人間だったらしい。まさかクソ親父の遺伝が少なかった事を恨む日が来るとは思いもしなかった。
若しかすると重ねてしまったのかも知れない、彼女の瞳と嘗てゲロ溜まりに映った自分の瞳を。何処にもヒーローなんか居ない世界で、ヒーローの真似事がしたく成ってしまったのかも。
躊躇う彼女を無理やり背負うと即座に脱出を開始した。エレベーターを使うような愚行はしない、例えどれだけ過酷だったとしても一つの命を背負って階段を降りきる覚悟だ。
だがそもそも階段までが遠い、違法建築なのではと思う程オフィスから非常階段までが離れていた。それでも泣き言は言っていられず、背中にズッシリとした命の重みを感じながら最大限の速度で物の散乱したオフィスを進む。
しかし漸く非常階段の在処を示す緑色のランプが見えた時、今までの人生で感じたことの無い背中を氷の刃で切り裂かれた様な悪寒が走った。
それは言葉での説明が難しい虫の知らせとしか言いようのない何か。その瞬間何故か確信していたのである、これからもう数秒も開けることなく人生最大の危機が訪れると。
ズドオオオオオオオォォォォォォンッ!!!!
先ほどの爆発より数段上の轟音が鼓膜をつんざく寸前、背中に背負った女を前方へと投げ飛ばしていた。脳が生命の危機を察知し生き残る手立てを探そうと世界がスローモーションに成るが、その時間を最大限使って驚愕に見開かれた瞳を眺める。
そして彼女の身体が数メートル先の場所まで逃れたのを確認した刹那、世界は急に加速し側面から唯只管巨大な衝撃を受け意識は暗闇の中へと落ちていったのだった。
暫く茫然と破裂してしまいそうな程高鳴る心臓の拍音を気いていると、遠くから悲鳴に混じってテロだと叫ぶ声が聞こえてくる。
最近ニュースで度々テロに関する報道は耳にしていた。だがまさか自分が巻き込まれるとは。今まで所詮他人事と気にした事は無かったが、いざ我が身に降り掛かってくると恐怖以外の何物でもない。
全身の筋肉が張り詰め、思考が纏まらず、うまく息が吸えない。
かなり大きな爆発であった。その衝撃により建物の根幹が破壊されビル全体が倒壊するという最悪のイメージが頭を過り背筋を凍り付かせる。
もう呼吸が整うのを待っている時間はない、荒ぶる心臓を抱えたまま一刻も早くこの建物を脱出しなくては成らないだろう。苦労して作った資料も書類も死ねば紙屑である。命以外の全てを投げ出して避難への第一歩を踏み出した。
しかしそんな彼の足を視界の端にチラッと移り込んだ人影が止める。つい先ほど書類を渡してきた女が車椅子から落ち、必死に起き上ろうと藻掻いていたのだ。
この瞬間、二つの選択肢が頭の中に浮かぶ。助けて共に逃げるか、若しくは自分一人だけで逃げるか。
彼女は足が悪い、この爆発で物が散乱したビルから単独てで脱出するのは不可能だろう。しかしそんな事を考えていると何処からか漂ってきた匂いが鼻孔を掠める。煙の臭い、火事の匂いだ。
これによって元々短かったタイムリミットが更に減少。逃げ場のないビルの上層階で火に囲まれた者の末路など想像に容易い、一酸化炭素中毒で気絶し人型の炭に成るのみ。そして彼女を助けて脱出を選択した場合、高確率でその未来が訪れるであろう。自殺行為である。
自分が生き残るために何が正解なのかは明確。だがそれなのに、中々彼女を見捨てるという論理的選択を行動にする事が出来なかった。
ようやく人生が上手く回り始めた所、死んで良い筈がない。それなのにその正しい選択を選ぼうとすると足が竦んだ。一つの人命を今自らが握っている、その重圧が肩に圧し掛かって足裏を床に貼り付けた。
二人とも死ぬより一人でも生き残った方が良いに決まってるじゃないか
自分は此れから間違いなく大事を成す人間だ。今ここで死ぬのは社会の為ではない
爆破テロを受けたビルの中という極限状況。見捨てたとして誰かに非難される謂れはないだろう
脳味噌が生き残るために凄まじい速度で回転し、自己を正当化させる為の言い訳が次から次へと生産される。しかたない、どうしようもない、自分は悪くない、そんな言葉を吐き出しながら外を目指す、筈だった……
『おいッ、早く背中に掴まれ! 一緒に逃げるぞッ!!』
体が脳に反旗を翻し独りでに動いて背中を見せ、そして大声で叫んでいた。自分でも自分が何をやっているのか分からなかったが、結果的に命を投げ出し彼女を助ける形となった。
善行など恵まれた人間が自己肯定感を高める為の戯れだと思っていた。良心など金を稼ぐための邪魔で、自分には存在しないと思っていた。しかし非常に残念で悔しい事に、自分は意外といい人間だったらしい。まさかクソ親父の遺伝が少なかった事を恨む日が来るとは思いもしなかった。
若しかすると重ねてしまったのかも知れない、彼女の瞳と嘗てゲロ溜まりに映った自分の瞳を。何処にもヒーローなんか居ない世界で、ヒーローの真似事がしたく成ってしまったのかも。
躊躇う彼女を無理やり背負うと即座に脱出を開始した。エレベーターを使うような愚行はしない、例えどれだけ過酷だったとしても一つの命を背負って階段を降りきる覚悟だ。
だがそもそも階段までが遠い、違法建築なのではと思う程オフィスから非常階段までが離れていた。それでも泣き言は言っていられず、背中にズッシリとした命の重みを感じながら最大限の速度で物の散乱したオフィスを進む。
しかし漸く非常階段の在処を示す緑色のランプが見えた時、今までの人生で感じたことの無い背中を氷の刃で切り裂かれた様な悪寒が走った。
それは言葉での説明が難しい虫の知らせとしか言いようのない何か。その瞬間何故か確信していたのである、これからもう数秒も開けることなく人生最大の危機が訪れると。
ズドオオオオオオオォォォォォォンッ!!!!
先ほどの爆発より数段上の轟音が鼓膜をつんざく寸前、背中に背負った女を前方へと投げ飛ばしていた。脳が生命の危機を察知し生き残る手立てを探そうと世界がスローモーションに成るが、その時間を最大限使って驚愕に見開かれた瞳を眺める。
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