ファニーエイプ

NEOki

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第一話 ヒーローとヴィラン⑤

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カチッカチッカチッ……

 光線銃から乾いた音がして、ディックは自らがレーザーを放つ為に持ってきた電力を全て使い切ってしまったのだと気付いた。飛行物体に備えていた武装も全て使い尽くしてしまい、もう切れる手札は一枚も残っていない。
 だが既にそれは大した問題ではないだろう、何故ならそもそも使う対象が居なくなってしまったのだから。

 彼らの一万メートル下、地上ではもう一周回って全ての人間の顔から感情が消える。しかし同時に世界が裏返る予感を感じて瞬きすら出来ず画面に釘付けとなっていた。
 そんな中心街の裕福そうな人間達の表情を赤髪の青年は嬉しそうに眺め、そしてその顔が絶望に歪む瞬間を今か今かと待ちわびる。
 
(どうだッ! これが俺のヒーロー、プロフェッサーディックの力。今まで俺が受けてきた絶望をお前達中心街の連中も味わうがッ……)

「…………ハルトマンッ!! ハルトマンッ!! ハルトマンッ!! ハルトマンッ!!」

 青年は人々がハルトマンの敗北を理解し、街が更なるパニックに呑み込まれる瞬間を期待していた。遂にマイノリティーがマジョリティーに勝利するその時が訪れる予感を感じていた。
 しかしそんな彼の期待を裏切り、群衆の何処かからヒーローの名を呼ぶ声が上がる。そして又何処かの誰かがその声に続き、そしてその声に更に誰かが続き、その続いた声に更に声が続き、その声に更に人々が続いて空間がヒーローの名で満ち始めた。
 そして気が付くとその場に存在する全ての人間がヒーローの名を叫び、絶望所か希望のエネルギーに満ちた声が空気を揺らしていく。この時この瞬間、ニューディエゴの市民達は誰一人としてヒーローの勝利を疑ってはいなかったのだ。
 その声と空で戦う二人は莫大な距離に隔てられており、その大合唱が耳に届く事は無い。だがしかし、ディックは数年前の出来事以来鋭くなった第六感の様な物で空気がガラリと変わったのを感じ取った。

ドオオオオオオオオオオンッ!!

 巨大な太鼓が打ち鳴らされたかの如き音と共に爆煙が内側から押し破られる様な形で消滅。そして溢れ出した先程自らがミサイルで生み出したのと同等の風圧から飛行物体を立て直し、見上げた空の中心にその男は立っていた。

「良い攻撃だった」

 ハルトマンは一切の痕跡が消えてしまった夜空に汚れ一つ無い姿で佇み、まるで他人事の様に攻撃を褒めてきた。
 その言葉は効かなかったと言われるよりもよっぽど心に打撃を与え、住んでいる世界が違う事をディックに痛感させる。戦いにすら成っていない、自分が己の持てる全てを絞り出した攻撃も奴からすればお遊戯に過ぎなかったのだ。
 その事実を中途半端に優れた頭で理解した彼は街明かりの届かぬ夜闇の中で空を見上げた時に似た感覚を味わった。己のちっぽけさを思い出し、一体自分は何をやっているのだろうと理性的な側面が顔を出しそうになる。
 
「……フッ、フフフフッ、フハハハハハアッ!!」

 ディックは笑った、わざとキチガイの様に狂気を前面に押し出して。
 愚かで結構、何ら得るものが無かったとしても一向に構わない。勝てない事等始めから分かっていた、負けると分かっていて戦ったのだ。何故なら、自分が相対している男は正真正銘のヒーローなのだから。

(誰の目にも映らぬ道ばたの小石から世界の悪役まで上り詰めた、大出世じゃないか。例え罵倒や中傷であっても自分の名を呼んでくれるのなら、それに応えなくてはならないッ。自らに与えられた役、ピエロを演じ続けろプロフェッサーディック!!)

 ディックは世界の敵を求める声に従って解けていたいた拳を握り直し、不敵な悪役の笑みを浮かべる。

「アレを喰らって無傷とは、中々しぶといなハルトマン。だが我が輩も依然無傷であるという事を忘れて貰っては困る。さあ、戦いを続けようか!!」

「いや、もう良いだろうディック。先程の爆撃が君に出来る最大の攻撃だった事は分かっている。そして私は其れを一切回避する事無く受け、こうして無傷で立っている。勝負は付いた、無駄な抵抗は辞めて投降してくれ」

 ハルトマンは溢れる慈悲と威圧感を纏わせた言葉を上から落としてくる。
 他の者からこの言葉を受けたならきっと挑発か何かだと思っただろうが、この男に限ってそれは無いだろう。今までの戦いからその発言が彼の心からの言葉である事は分かっていた。
 ルネフォンス・ハルトマンとは、どうしようも無くヒーローなのである。
 だがしかし、自分もどうしようも無くヴィランなのだ。

「……フンッ、嘗めるなよヒーローッ!! 我が輩はこの世の有りとあらゆる正義の天敵、例え手足を捥がれ腹を引き裂かれようとも貴様の言葉には従わん。この命尽きるまで悪として、拳を握り続けるまでだァァァッ!!」

 既に使える物は全て使い切ってしまい、残っている武器は自らの両手だけ。それで小国の軍事力に一人で相当する男に挑むのはもう無謀所の話ではない。しかしディックは一切憂慮の間を挟む事無く拳を握りサーフボードの加速を拳に纏わせ最短距離でヒーローへと突進した。
 そしてハルトマンも何処か彼がその反応を見せる事を予期していた様で、表情を一切変える事無く堂々と突進してくるディックを待ち構える。

「ウオオオオオオオッ!! ゴッフォ………………」

 上空の二人も、地上の一人を覗いた全員も想像した通りにハルトマンの音速を超える拳がディックの顔面を捉える。そして叫び声を上げて向かって来ていたディックを強制的に黙らせ、正反対の方向へと弾き返した。
 悪のカリスマはピエロの仮面を砕かれ白目を剥きながら鼻血を撒き散らし、制御を失ったサーフボードと共に落下していく。今日も何時もとなんら変わらず正義の勝利であった。

「また私の勝ちだよ、ディック」

 ハルトマンはディックが落下していった跡である雲にポッカリ空いた穴を眺め呟く。その声、その目、その表情にはヒーローとヴィランという言葉だけでは表せない複雑な感情が存在していた。

ブチンッ

 突如身体の奥深くから何かが切断された様な音がする。そして次の瞬間、ハルトマンの全身を覆っていた熱が消え失せ、飛行能力が沈黙した。
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