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第三話 あの日の夢
しおりを挟む『寝たか?』
『ええ、泣き疲れたのかぐっすりと。ニカが上手く感情を誤魔化してくれたのね』
妻の言葉を受けて部屋の中を覗くとピンク色の髪をした少女が身体を大の字にして眠っていた。
何とも子供らしい平和を象徴する様な光景。しかし彼女の目の下に出来た赤い腫れに視線を移すと心に鋭い痛みが走った。つい数時間前、幼い少女の恐怖に身を震わせて泣き叫んでいる姿がフラッシュバックする。
『はぁ…………』
家に帰ってから絶える事無く溜息が漏れ続け、重い足を引きずり階段を降りていく。
一階には今朝一面だけを見て飛び出した朝刊と、いつの間にか届いていた夕刊が並び置かれていた。片方は昨夜発生した自爆テロの報道、もう一方はハルトマン引退の報道がビッグニュースとして一面を飾っている。
『なんでこんな社会に成った、何が間違っとるんや……』
ずっと腹の中に抱えていて、それでも敢えて口にする事は無かった言葉が遂に零れた。
つい数ヶ月前まで社会は団結して正義の勝利を叫んでいた筈だ。ハルトマンの活躍によって犯罪組織が次々消滅し、世界は間違い無くより良い方向へと回り始めていた筈だった。
だがでは何故あの子の兄は死ななければ成らなかった? 何故彼らを本来守るべき社会に押し潰され世界に復讐を誓う子供が後を絶たない?
以前から社会に対して抱いていた違和感、貧民街での炊き出しに来る移民の子供達を見る度に考えていた疑問が今回の一件で一層強く成った。感情論やハリボテなその場凌ぎの解決策では意味が無い、何か具体的な原因を見つけなくては。
自らの贖罪へと没頭し、食事も睡眠も全ての欲求を忘れて堂々巡りな思考へと身を投げた。
「…………………………………………悪、か?」
それはまるで神が天上より直接脳内に投げ込んでくれたが如き確信を内包した閃き。何の前触れもなく、数十時間の堂々巡りの果て突然答えが頭の中に浮かんだのである。
そうだ、悪である。悪が無いから誰も正義になる事が出来ない。
数ヶ月前までベスプッチ共和国内では街中で銃を乱射し、ビルに爆弾を仕掛けるテロ組織という明確な悪が存在していた。それ故その悪に人々は怯え、ハルトマンというスーパーヒーローを中心に同じ方向を向けていたのだ。
明確な悪が存在した事で明確な正義が存在できたのである。
しかしハルトマンが全ての犯罪組織を駆逐した事で、人々は自らが正義である為に更なる悪を求めた。正義が暴走したのである。
皆信じていたのだ、悪が消え去れば楽園が訪れると盲目的に考えていた。収入が増えると思っていた。叶わなかった夢が叶うと思っていた。つまらない日常に色が付くと思っていた。もっと幸福に成れると思っていた。
だが現実は映画のように劇的では無い、悪の魔王を倒せば全ての問題が解決しハッピーエンドとは成らない。悪が消える事と幸福に成れる事の間には何の因果関係も存在してはいなかったのである。
しかし何処の世界にも諦めの悪い者は存在していて、彼らは一向に変化しない現状にこう無理矢理結論を下した。
悪が未だ潰しきられていないから楽園が訪れないのだと。
移民の連中がスパイとして破壊工作を行っているから。穢れた目の連中との雑種化が進んでいるから。一部の金持ちが裏で金の流れをコントロールしているから。英雄気取りの化物がのさばっているから。
人々は全く論理的根拠の無い陰謀論の様な話を口実にして火種を生み出し、声の小さな者達を悪にした。
どうやって世界を平和にするのかという本来の目的が消え、どんな小さな悪でも見つけ出し自らを正義にする事が目的にスイッチしてしまったのだ。昨日の友人が今日の敵となる。唯生きている事までもが罪となり、殺人までもが正義となった。
もう何が正しいのか分からなく成ってしまった。だが今の現状を変えなくてはいけないという事だけは確か、あの兄妹の様な悲劇の犠牲者となる子供をこれ以上増やして良い訳が無い。
幸い何をすれば良いのかは明確であった。
そして其れを行うのは、最初に気が付いた人間の責務である筈だ。
『ワシ、会社畳むわ』
その言葉を聞いた妻は驚いた顔をしていた。当然である、あの一件を契機として外資系金融を辞め気持ち一つで大企業へと成長させた自分の会社を売るというのだから。
此処へ至るまでに物も時間も身体も捧げてきた、それは妻も同じだ。内心穏やかではなかっただろう。しかし彼女は頭ごなしに否定する事無く話を聞いてくれた。どんなに無茶苦茶で夢物語の様な話でも静かに耳を傾けてくれる、それが星の数程ある彼女のとても素敵なところの一つだ。
『世界一の嫌われ者に成るんや。この世界の誰からも嫌われて全人類が束に成っても敵わん最強のヴィランに成る、決して倒されない魔王に成る。そうすればもう誰も悪者に成らんくて良くなる筈や。ワシは作るで、ワシ以外の全員がヒーローに成れる世界をッ』
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