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第七話 思って溢れて零れる③

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「え……なんでッ、電話切るって」



『この超高性能AIのニカ様をあの程度の嘘で誤魔化せると思わない事ね。一端アンタを油断させて、その隙に侵入したの』 



 後で確認すると、どうやらこの一瞬の間に携帯が正体不明のアップロードを施され、見たことも無いアプリをダウンロードさせられていた様だった。だがその時はそんな事まで気が回る筈無く、思考停止して固まってしまう。



『ねえ何かあったの? この世界有数の頭脳を持つ私が聞いてあげるわよ。後でお礼は貰うけどね』



 そう言われた瞬間、急に恥ずかしく成ったフートは携帯に飛び付いて電源を切ろうとした。しかし何故か切る事が出来ず画面の向こうから注がれるニカの視線から逃れられない。

 焦りが一秒毎に強く成り、顔が火達磨に成っているかの如く熱を発する。



「何でッ切れないんだよ!」



『何で切ろうとすんのよ。折角私が居るんだから相談すれば良いじゃない、お礼は冗談よ』



「いいッ!! 別に相談する事何てなにも無い!!」



『なにも無いのに泣く訳ないでしょ! 良いから私に言ってみなさいってば、絶対力になるから』



「お前の力なんて欲しくないッ!! いいから黙っててくれよ、機械の癖に出しゃばって来るんじゃねえ!!」



『機械だから出しゃばってんのよ。機械は人の役に立つ為に存在してんの、だから私をあんたの役に立たせてよ。何も気にする事無く私を使えば良い。約束する、私はあんたが泣いてた事もその理由も一時間後には全部忘れるよ。だから私を使って? 道具を使うのに躊躇する何て馬鹿馬鹿しいでしょ』



 言ってはいけない事を言ってしまった。多分ニカが一番嫌がる言葉を吐いてしまった。でもそれなのに、内心とても強いショックを受けている筈なのに彼女は自分を助けたいと笑っている。

 フートは今すぐ頭を下げて謝りたいと思った。けどその行動はニカを今以上に傷付ける事になる気がして、別にやるべき事があると思ったのだ。自分の秘密、涙の訳を打ち明ける事が自分に出来る最大限の誠意だと思ったのである。

 そして同時に悟ったのである。この悩みはニカでなくては駄目なのだ、きっとディックやミコさんには打ち明ける事が出来ない。今この瞬間、目の前にいる彼女から逃げれば永遠答えが得られない気がした。



「オレは、お前にそんな事を言われて良い人間じゃない。皆と違ってその優しさに見合う人間じゃない。だから本当はこの場所に居ちゃいけない、今すぐ一刻も早く消えなくちゃいけない存在なんだ。だけどもう此処の皆には沢山の物を貰ったから何か返したくて、でもオレなんかに何が出来るのかって………だけどッ…だから…………」



『う~ん……つまり、自分がこの家で何をすれば良いのか分からなくて悩んでるって事?』



 何故涙が溢れたのか、その具体的な理由をまともに整理出来ていない状態で無理矢理声にしたせいで支離滅裂な文章となる。しかしフート自身ですら何を言っているのか理解出来ていないその言葉を何故かニカは理解してくれて、しかも要点だけを抽出してくれる。

 こう言われると何とも単純な悩みの様に思えるから不思議であった。



『そもそも私何かあげたっけ? ティナもママも別に特別な事はしてない。まあママは毎日料理作ってるけど、じゃああんたが料理を作ってお返しすれば良いって話じゃないんでしょ??』



「もっと、内面的な話だよ」



『じゃあその内面的な物をあんたも返せば良いのよ。あんたも自分の心を言葉にして思いっきりぶつければ良い。人間の内面程千差万別な物は無いからね、それだけでこの世であんたしか出来ないあんたの役割になる』



「そんなのオレには無理さ。オレの内面は皆ほど優れてないから、心をそのまま言葉にしても碌な物に成らない。望まれた言葉を返す事なんて出来ないよ」



 フートのその言葉を聞いたニカは液晶の向こうから何かが分かった様に目を細め、そして若干口調を強めてこう言った。



『今ので根本的な問題が分かったわよ……フートあんた一々喋る度に頭使ってるでしょ。それが違和感の正体よ、話してる言語が違うなら疎外感を覚えるのも当たり前じゃないッ』



「言語が違うって、使ってる言葉は別に同じだろ」



『全ッ然違うわよ!! その考え方が私達とあんたの最大の違い! 会話の本質は何を言うかじゃないの、誰がどんな感情を乗せて誰に言っているかって事。テストじゃあるまいし正解とか間違いとか存在しない。人間の癖にそんな事も分かんないの?』



「……ごめん」



『そういう所よ。何言ってんのか分かんないなら分からないってハッキリ言いなさいよ、気持ち悪いわね。あんたが吐いてるのは唯の言葉で会話に成ってないの。何を言っているのかが分かった所でこれっぽっちも意味もなんて無い、その言葉に乗ったあんたの思いが大事って言ったでしょ!! 要するに自分の思った事そのまま言えよ馬鹿って事!!』



「思った事そのままって、そんな事してミコさんやティナを、またお前を傷付けたら。それに……」



『言えって言ってんでしょッ、ぶっ殺すわよ!!』



「……それに、もし自分の本心をぶつけて其れを拒絶されたらもう関係が続けられない。折角できた繋がりが壊れるのは嫌だ」



『まあ、その気持ちは私も分かるわよ。でも本心を一切打ち明けずに作った関係なんて始めから存在しないのと一緒なの。それに何であんたは私やママやティナと一緒に居たいと思ったのよ』



「何でって聞かれても」



『決まってるでしょッ、それは他の誰でもないあんたの為に話してくれたからよ。万人誰に当て嵌まる言葉じゃなく、この広い世界の中であんたの為だけに話してくれた言葉だと思えたから特別なんでしょ? 人が人を好きなる理由なんてそれ以外に無いんだから』



「……そうかも、知れない」



 この家の人々の何が他の人間に比べ特別なのか。それは言葉に出来ない位、人種や生物種を異とするというレベルで何もかもが徹底的に違うのだと無意識に思っていた。

 だがしかし客観的に外から見られれば、その違いとは案外些細な物だったのかもと気付いたのだ。自分に、他の誰でもない自分の為に心からの言葉を向けてくれる。だから特別なのだ。何を言われたのかは時が経てば忘れるけど、どんな感情を受けたのかは忘れない。

 そしてだとするのならば、こんな自分にだって心からの言葉を誰かに発すればその誰かの特別に成る事ができるのではないか。



『仕方ないわね。この私が一肌脱いであげるわよ』



「え」



『私が何でも受止めてあげる、あんたの心からの本音って奴を。今私に言いなさい、タラレバもデモモシモも無しにあんたが如何したいのかだけ。絶対にあんたを否定したりしないから』



「でもッ」



『でもじゃない! 本当に深い関係を繋ぎたいと思っているなら立ち止まっちゃだめだよ。ビビっても良いの、それがフートの思いの証明になるから。その人を失う事に怯えて恐れる程その一歩が特別になるんだよ』



「……………アッ、そのッ」



『考えちゃだめ。とにかく全力でやれば良い、大丈夫絶対伝わるから。綺麗に纏まってなくてもその滅茶苦茶なまま吐き出すの。何かを言うんじゃ無い、思って溢れて零れるの』



 思って 溢れて 零れる



 その言葉はまるで始めてこの大地が球体だと知った瞬間の様に、夜空の瞬きの一つ一つが星であると知った瞬間の様にフートの世界を一変させる。

 価値を示さなくては、何を生み出せるのかを示さねば誰も相手になどしてくれないと思っていた。自分の感情や夢など誰も興味が無い、そんな世界に絶望し破滅を願っていたのである。

 だが始めて、自分自身を見てくれる存在に出会ったのである。心の底からの声を受け入れてくれる存在に。そしてその人達にだけには逃げずに正面から向き合いたいと思ったのだ。



思って 溢れて 零れる



 少しでも躊躇してしまえば自分の本心を隠してしまう気がして、頭の中をその三つの言葉で埋め尽くす。そこから今まで必死に押しと留めてきた物を解き放ち、蓋が消えたそれが膨張増殖し胸を埋め喉を駆け上がってくるのを感じる。

 瞬間、それを突如湧いた理性が押し留めようとした。だが既に膨張した思いは臨界点を超え、本当に溢れ零れるその通りに言葉が出た。



「オレは誰かのッ特別に成りたい、オレがオレで居ても良いって思える場所が欲しいんだ。自分に何が出来るのか何て分からないし、突然現われただけの唯の部外者が言うのは余に烏滸がましいかも知れないけど……この場所に居させて欲しい。こんなに優しくされて暖かくされたのは初めてで、家族っていうのが若しもあったらこんあ風かなって思うんだ。だから、何も出来ないオレだけど……ミコさんやティナや、お前と一緒に生きても良いって思える人間に成りたい。そう、思ってる……それが、オレの…………本音、です…………」



 話すというより自分の抱えられるキャパシティーを越えた物を嘔吐するが如くに言葉が出続けた。そのせいで文章として纏まっておらず、要点もどこに有るのか分からない子供の始めて書いた作文の様な内容に成ってしまう。

 だが、自分の感情を全て隠す事無く声に乗せる事だけは出来た気がする。これでニカが言っていた本質という物が伝わったのだろうか。



『何言ってんのか一つも分かんないわよ』



 ニカにバッサリと切り捨てられてフートは口をポカンと開けて固まった。



『でも、言葉じゃなく気持ちで伝わったわ。良く分かった、あんたが私の事大好きだって事はね』



「え? いやッ、オレそこまでは言って………」



『だから成ってあげるわよ、私があんたの家族にッ』



 フートは流石にそこまでは言っていないと否定しようとしたが、その後に続いた言葉を受けるともうその気は跡形もなく消え去ってしまった。家族、まさかその言葉がこれ程までに心に感情の波を引き起こすとは。

 そして不意に胸の奥で思いが溢れ始めるのを感じる。フートは今まで不要な産物であると押し殺してきたそれを今は掛け替えのない物として抱きしめ、そして溢れるがまま零れるままにその感情を吐き出す。



「ニカ、機械って言ってごめん」



『本当よ。私を機械呼ばわりした不敬、何時か絶対この借りは返すからね。人間風情がこの究極生命体である私に喧嘩を売った事を後悔して震えて眠るが良いわ』



「……これからは君を人として見るよ、一人の女の子として」



  フートが発したその言葉がニカに届いた瞬間、世界の時間が止まる。そして永遠にも感じる無音が流れた次の瞬間、ニカの顔が真っ赤に成ってフートの今までの人生で一度も見たことの無い表情に変化した。



『なッなに………何急に言ってんのよ!? 馬鹿ッ、キモいキモいキモいぃぃッ!! そんな事まで言えなんて言ってないでしょ、馬鹿じゃないのッ。冗談でもそんな事言うなッ、馬鹿ハゲッ変態!! あ、あんたそれ……本気で、言ってんの?』



「え? 本気って、何が?」



『……………………死ねッ!!』



 何故かフートの返答を聞いた瞬間ニカは涙目になり、そして何か言おうとした言葉を呑み込む素振りを見せた後に罵倒を残して携帯から出て行ってしまった。

 最後は何故かニカの気を害してしまったが、対照的にフートは何か憑き物が取れた様なスッキリした心境なっていた。今まで縛り上げられ雁字搦めに成っていた四肢を始めて伸ばせた気分である。



「あ、風呂入らなきゃ」



 不意にニカが一体何故通話を掛けてきたのかを思い出し、慌ててベッドから飛び降りた。



ガシャンッ、ガチャガチャ……



 立ち上がった瞬間、何か固い物が身体から外れ落ちた音が聞こえた気がした。フートは反射的に自らの背後を振り返ったが、彼の目には何も音源らしき物は見当たらない。

 だが、心なしか身体から重しが外れたかの様に踏み出す一歩が軽くなった気がしたのだった。



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