ファニーエイプ

NEOki

文字の大きさ
28 / 31

第八話 夕暮れの貧民街③

しおりを挟む
「ハアッ、ハアッ、疲れ…たぁ………何でオレいい歳してガキと本気のケイドロ何てしてんだろ?」



 フートは息が切れ頭痛がする頭を地面に預けて寝転がる。

 少し先ではニカの操る電動キックボードに子供達が乗り、ティナも飛び跳ねてはしゃいでいた。ティナはフート同様つい先程まで全力疾走を行っていた筈なのに、今も何ら変わらず笑顔を振りまいている。

 全く子供の体力とは底なしだ、一体あの小さな身体の何処にそんなエネルギーが蓄えられているというのだろうか。少なくとも自分はもう走れそうにない。

 そんな事を思いながらフートは目だけを動かす。だが、唯黙って一切屈託なく笑う子供達を眺めるのも案外悪くはないなとも思ったのだ。



「良い笑顔ね。ティナも他の子も、本当に良く笑うように成った」



 全く不意の声にフートは慌てて飛び起き、そしてその声の方へと顔を向ける。すると其処には雲の無い夜の満月が如き表情で子供達を眺めるミコさんの姿があった。

 声を聞くまで全く気配を感じず、驚き呆気に取られたフートは数度口をパクパクさせてから漸く声が出る。



「ミコさんッ、来てたんですね」



「ええ、三人とも余りに帰りが遅いから様子を見に来たの。もうとっくに七時超えてるわよ?」



「えッ!? あ、済みません、遊びに夢中になってて気付かなかった」



「良いのよ、代わりにこんな良い物を見れたんだもの。こんな景色だったら私だって時間を忘れちゃうわ」



 まるであそこに居る一人一人が自らの血肉を分けた実子であるかの様にミコさんはしみじみと言った。今まで一人で生きてきて嘘には人一倍敏感なフートであったが、彼女の声には偽りの匂いも偽善者特有の建前の匂いも感じられない。



「フート君、やっぱり大人は嫌い?」



 突如飛んできた弾丸ストレートにフートは驚愕する。

 大人が嫌いか、その問に対する答えは間違い無くYESであった。自分を捨てた親が憎い、自分を評価しなかった教師が憎い、自分を見ようとしない社会が憎い。

 この気持ちはきっとどれだけ時間が流れたとして消える物では無いだろう。自分、フートという人間はその感情を全ての土台としてその上に形勢されてきたのだから。それを否定してしまっては全てが根底から崩れてしまう。



 だがしかしその確固たる事実を声にする事をフートは躊躇った。当たり前だ、此処で大人が嫌いだと言う事はそのままミコさんを嫌いだと言うのと同じなのだから。

 彼女には世話に成っている何てレベルではない。突然現われた部外者である自分を暖かく受け入れてくれた、一人のままで居ようとしていた自分を引き留めてくれた。彼女がいなければ自分は今も胸が空っぽのままだったのだ。

 ミコさんには産みの親以上の恩がある、その彼女を傷つける言葉など口が裂けたとしても言える訳が無い。



「別に、嫌いじゃ無いです……」



「フフッ、別に隠さなくてもいいのに。優しいのね」



 何となく彼女には嘘が通じない気がしていたが、やはり心の内を見透かされてしまった。逆に傷つけてしまっただろうか?

 それに此れは優しさではない。優しいとはきっとミコさんの様な、誰も憎まず全てを包み込んでくれるそんな………



「別に誰かを嫌っても良いのよ、誰かを誰かより優先しても良いの。私にも嫌いな人間くらい居るもの」



 また心を見透かされた気がする。

 そして意外だった、まさかミコさんに嫌いな人間が居るとは思いもしなかったのだ。

 彼女は何時もニコニコしていて、誰にでも愛情深く穏やかな態度で応じる。その姿を見て偶に身勝手な意地に拘り続けている自分が酷く幼稚な存在に思える時があったのだ。彼女が違和感を覚えたとしたら恐らくこの劣等感が滲み出た対応の差であろう。

 だがしかし、ミコさんにも嫌いな人間はいるという。なんというか余り良い事とは言えないかも知れないが、少し心が軽くなった気がした。



「意外でしたッ。ミコさんが人を嫌ってる所なんて想像できない」



「そう? 私そんなに大層な人間じゃないのよ。それにもし人を好きになる事が掛け替えのない事だとしたら、誰かを嫌う事だって掛け替えのない自分の一部だと思わない?」



「………そう、ですかね?」



「きっとそうよ。でもねフート君、私は一つだけ大切にしてる事が有るの。それは嫌いな人より多く、出来るなら嫌いな人の一万倍好きな人を作る事。だって絶対嫌いな人を数えるよりも好きな人を数える方が楽しいもの」



「それは分かります」



「フフッ、良かった。人間は見たい物だけ見る事が出来る生き物。だから例えこの世界の99%が嫌いな物でも、1%の好きな物があれば幸せで居られる。その1%だけ、見たい物だけ見ればこの世界はきっと素晴らしい所」



 ミコさんは唯の音にしては余りに重い言葉を発し、そしてフートに穏やかで透き通った瞳を向ける。フートはその人生の殆どで人間の醜い部分を見てきた。だが確かに短いこの一瞬だけで、間違い無く此処は良い所だと思う事が出来たのだから不思議である。

 そんな戸惑った表情にミコさんはクスリッと笑い視線を再び子供達へ向けた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

200万年後 軽トラで未来にやってきた勇者たち

半道海豚
SF
本稿は、生きていくために、文明の痕跡さえない200万年後の未来に旅立ったヒトたちの奮闘を描いています。 最近は温暖化による環境の悪化が話題になっています。温暖化が進行すれば、多くの生物種が絶滅するでしょう。実際、新生代第四紀完新世(現在の地質年代)は生物の大量絶滅の真っ最中だとされています。生物の大量絶滅は地球史上何度も起きていますが、特に大規模なものが“ビッグファイブ”と呼ばれています。5番目が皆さんよくご存じの恐竜絶滅です。そして、現在が6番目で絶賛進行中。しかも理由はヒトの存在。それも産業革命以後とかではなく、何万年も前から。 本稿は、2015年に書き始めましたが、温暖化よりはスーパープルームのほうが衝撃的だろうと考えて北米でのマントル噴出を破局的環境破壊の惹起としました。 第1章と第2章は未来での生き残りをかけた挑戦、第3章以降は競争排除則(ガウゼの法則)がテーマに加わります。第6章以降は大量絶滅は収束したのかがテーマになっています。 どうぞ、お楽しみください。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

三歩先行くサンタさん ~トレジャーハンターは幼女にごまをする~

杵築しゅん
ファンタジー
 戦争で父を亡くしたサンタナリア2歳は、母や兄と一緒に父の家から追い出され、母の実家であるファイト子爵家に身を寄せる。でも、そこも安住の地ではなかった。  3歳の職業選別で【過去】という奇怪な職業を授かったサンタナリアは、失われた超古代高度文明紀に生きた守護霊である魔法使いの能力を受け継ぐ。  家族には内緒で魔法の練習をし、古代遺跡でトレジャーハンターとして活躍することを夢見る。  そして、新たな家門を興し母と兄を養うと決心し奮闘する。  こっそり古代遺跡に潜っては、ピンチになったトレジャーハンターを助けるサンタさん。  身分差も授かった能力の偏見も投げ飛ばし、今日も元気に三歩先を行く。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...