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第八話 夕暮れの貧民街④
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「このニューディエゴの街も随分と良くなったわ。昔は各駅毎にあった貧民街も此処だけになって、捨てられる子供も減って、移民に対する偏見も弱くなった。でも、ゼロには成らない。セーフティーネットを擦り抜けてしまったあの子達の様な人は必ず存在し続ける。だけど世界は彼らを無視して先に進む。本当は皆気付いているの、自分の幸せが他人の不幸の上でしか築けないって事」
フートはミコさんの視線に釣られて子供達の方を見る。そしてふと想像してしまう、彼らの内一体どれだけが自分と同じ道を辿るのかと。
自分や、チイロの様な。
「きっと其れが正しくて、一番賢い選択なんだと思う。でもならせめて賢くなれない大人くらいは寄り添ってあげたいと思うの。例え何も変えられなくても此処に居るぞって大きな声で馬鹿みたいに声を上げ続ける。少なくとも、何処にも味方が居ないのと一人でも自分の為に声を上げてくれる存在が居るのとでは大違いの筈だから。本人が分かっててやってるかは知らないけどねッ」
フートは直ぐにそれがプロフェッサーディックの話であると分かった。
例え勝利する事が無かったとしても、偽りであったとしても、確かにその背中に希望を見出した人間は居たのだ。嫌いな物ばかりのこの世界でも捨てた物ではないと思えたのだ。
例えそれ以外が全て嘘だったとしても、その点だけ見れば真実の。
何が悪いとか、何が正解だとか、より良い社会だとか幾ら考えた所で答えは出ない。ならば否定出来ない事だけ見れば良いんじゃないか。
ニカにティナにミコさんに笑っていて欲しい。何処かで世界に絶望している子供にこの世も捨てた物ではないと思わせてあげたい。
その二つだけは、決して揺らぐことの無い自分の絶対である筈だ。それ以外を見る必要なんて本当にあるのか?
「……助かりました、ミコさんのお陰で迷いが吹っ切れた」
「ん? 何の事??」
ミコさんの分かってとぼけているのか、それとも本当に分かっていないのか判断に困る表情に苦笑いが漏れる。
本当はどうだったのだろう。最後の一歩が踏み出せない自分の為に態々来てくれた気もする。だが同時に全く意図せぬ言葉であったからこそ全てを擦り抜け心に届いた気もするのだ。
けれど、それはもうどうでも良い。大切な物は全て掴んだのだから。
フートは子供達の元へと行き時間が遅くなったので解散させた。そして四人並んでで夜と昼がせめぎ合う赤いのか紫なのか紺なのかオレンジなのかよく分からない空に見守られながら家へと帰る。
それから、ミコさんが夕飯を温めている間に地下へと向かった。
「ディックさん」
後ろからフートに声を掛けられ、機械を弄っていたディックが顔を黒く染めながら振り向く。
この家は基本的に朝夜は家族揃って食べるらしいのだが、最近のディックは忙しいのか気を遣っているのか分からないが一人で地下に籠もっていた。そして食事はニカとティナが運んでいたので、フートが顔を合わせるのは1ヶ月半ぶりとなる。
「おお、今日はフートか。済まんが今ちょっと手が……いや、やっぱ今聞くわ。なんや?」
ディックは明らかに何やら多大な集中力を要する作業の真っ最中であったが、振り返ってフートの顔を見ると座り直し姿勢を整えた。
その焦点が一点に据えられた真剣な瞳で何に関する話か直ぐに分かったのだ。だがディックは内面の動揺を押し殺し何も気付いていないふりをする。例え数秒後に渡される回答が何だったとしても堂々と受け止める、それが偽物とはいえ夢を見せた者の責務だと思ったからだ。
「前の弟子入りの話、オレの中で結論が出ました」
「ほう、そうか」
フートは別に焦らす気も無かったのだが此処で言葉が支えた。何かが必死に抵抗してる。
だが今は目を瞑りそれらを胸の奥底、声の届かぬ最深部へと押し込めた。全てに結論を得ようとしていたら何も進まない、人の知性は不完全で時間は有限なのだ。だから矛盾を抱えたままでに進み続けるしかない。
掌に収まった正義を羅針盤に只管前へ。
「………貴方の跡を継ぎます。だから安心して、力一杯戦って下さい。此れからはオレが貴方の背中を支えます」
そのフートの回答を受けたディックは喜びと驚きの感情が折り重なり混ざり合った表情をした。少なくともその表情から読み取れるのは、断られる可能性も充分にあると考えていたという事。
「理由を、聞いても構わんか?」
「考えすぎて分からなく成ったので、絶対で揺るがない事のみに従っただけです」
「………………クッ、クククッ、成る程なミコか。そうかそうか、案外アイツもやるもんやな。狙ったのか、はたまた唯の偶然かッ」
ディックはフートの返答を聞いて如何にも一本取られたと言いそう表情でブツブツと何かを呟き始めた。脳内の思考が唇の隙間から漏れ出しているかの如き様子だ。
その対応の正解が見当たらない姿にフートが困惑していると、それに気付いたディックが慌てて咳払いにて仕切り直す。
「ゴホンッ! ええ、最早其処までお前の腹が決まっているのなら何も言うまい。今日からお前は正式にワシの弟子じゃ、此れからはディックさんではなく師匠と呼ぶ様にッ!!」
「…は、はいッ師匠!!」
「うむ良い声だ我が弟子よッ! 今日からこれまでのお前の人生なんぞ屁でも無い位に厳しい日々が始まる、覚悟しておく様にッ!!」
「はい師匠オオッ!!!!」
「良い声だ、我が弟子よオオオ!!!!」
「はいッ、師匠オオオオオオオオッ!!!!!!」
「我が弟子イイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!」
「師匠オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
「弟子イイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!」
この瞬間、地上に一組の師匠と弟子が誕生する。
互いに今の今までこの選択が正解であるという確信は得られていなかった。だがいざその選択肢が現実と成ってみると、二人は共にこの選択が正解であるという事に疑いは無くなっていた。
その確信に論理的根拠は無い。だが何も知らない二人はこの事だけは知っていた、本当に大事な答えは論理や根拠の外側に存在しているという事を。
フートはミコさんの視線に釣られて子供達の方を見る。そしてふと想像してしまう、彼らの内一体どれだけが自分と同じ道を辿るのかと。
自分や、チイロの様な。
「きっと其れが正しくて、一番賢い選択なんだと思う。でもならせめて賢くなれない大人くらいは寄り添ってあげたいと思うの。例え何も変えられなくても此処に居るぞって大きな声で馬鹿みたいに声を上げ続ける。少なくとも、何処にも味方が居ないのと一人でも自分の為に声を上げてくれる存在が居るのとでは大違いの筈だから。本人が分かっててやってるかは知らないけどねッ」
フートは直ぐにそれがプロフェッサーディックの話であると分かった。
例え勝利する事が無かったとしても、偽りであったとしても、確かにその背中に希望を見出した人間は居たのだ。嫌いな物ばかりのこの世界でも捨てた物ではないと思えたのだ。
例えそれ以外が全て嘘だったとしても、その点だけ見れば真実の。
何が悪いとか、何が正解だとか、より良い社会だとか幾ら考えた所で答えは出ない。ならば否定出来ない事だけ見れば良いんじゃないか。
ニカにティナにミコさんに笑っていて欲しい。何処かで世界に絶望している子供にこの世も捨てた物ではないと思わせてあげたい。
その二つだけは、決して揺らぐことの無い自分の絶対である筈だ。それ以外を見る必要なんて本当にあるのか?
「……助かりました、ミコさんのお陰で迷いが吹っ切れた」
「ん? 何の事??」
ミコさんの分かってとぼけているのか、それとも本当に分かっていないのか判断に困る表情に苦笑いが漏れる。
本当はどうだったのだろう。最後の一歩が踏み出せない自分の為に態々来てくれた気もする。だが同時に全く意図せぬ言葉であったからこそ全てを擦り抜け心に届いた気もするのだ。
けれど、それはもうどうでも良い。大切な物は全て掴んだのだから。
フートは子供達の元へと行き時間が遅くなったので解散させた。そして四人並んでで夜と昼がせめぎ合う赤いのか紫なのか紺なのかオレンジなのかよく分からない空に見守られながら家へと帰る。
それから、ミコさんが夕飯を温めている間に地下へと向かった。
「ディックさん」
後ろからフートに声を掛けられ、機械を弄っていたディックが顔を黒く染めながら振り向く。
この家は基本的に朝夜は家族揃って食べるらしいのだが、最近のディックは忙しいのか気を遣っているのか分からないが一人で地下に籠もっていた。そして食事はニカとティナが運んでいたので、フートが顔を合わせるのは1ヶ月半ぶりとなる。
「おお、今日はフートか。済まんが今ちょっと手が……いや、やっぱ今聞くわ。なんや?」
ディックは明らかに何やら多大な集中力を要する作業の真っ最中であったが、振り返ってフートの顔を見ると座り直し姿勢を整えた。
その焦点が一点に据えられた真剣な瞳で何に関する話か直ぐに分かったのだ。だがディックは内面の動揺を押し殺し何も気付いていないふりをする。例え数秒後に渡される回答が何だったとしても堂々と受け止める、それが偽物とはいえ夢を見せた者の責務だと思ったからだ。
「前の弟子入りの話、オレの中で結論が出ました」
「ほう、そうか」
フートは別に焦らす気も無かったのだが此処で言葉が支えた。何かが必死に抵抗してる。
だが今は目を瞑りそれらを胸の奥底、声の届かぬ最深部へと押し込めた。全てに結論を得ようとしていたら何も進まない、人の知性は不完全で時間は有限なのだ。だから矛盾を抱えたままでに進み続けるしかない。
掌に収まった正義を羅針盤に只管前へ。
「………貴方の跡を継ぎます。だから安心して、力一杯戦って下さい。此れからはオレが貴方の背中を支えます」
そのフートの回答を受けたディックは喜びと驚きの感情が折り重なり混ざり合った表情をした。少なくともその表情から読み取れるのは、断られる可能性も充分にあると考えていたという事。
「理由を、聞いても構わんか?」
「考えすぎて分からなく成ったので、絶対で揺るがない事のみに従っただけです」
「………………クッ、クククッ、成る程なミコか。そうかそうか、案外アイツもやるもんやな。狙ったのか、はたまた唯の偶然かッ」
ディックはフートの返答を聞いて如何にも一本取られたと言いそう表情でブツブツと何かを呟き始めた。脳内の思考が唇の隙間から漏れ出しているかの如き様子だ。
その対応の正解が見当たらない姿にフートが困惑していると、それに気付いたディックが慌てて咳払いにて仕切り直す。
「ゴホンッ! ええ、最早其処までお前の腹が決まっているのなら何も言うまい。今日からお前は正式にワシの弟子じゃ、此れからはディックさんではなく師匠と呼ぶ様にッ!!」
「…は、はいッ師匠!!」
「うむ良い声だ我が弟子よッ! 今日からこれまでのお前の人生なんぞ屁でも無い位に厳しい日々が始まる、覚悟しておく様にッ!!」
「はい師匠オオッ!!!!」
「良い声だ、我が弟子よオオオ!!!!」
「はいッ、師匠オオオオオオオオッ!!!!!!」
「我が弟子イイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!」
「師匠オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!」
「弟子イイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!」
この瞬間、地上に一組の師匠と弟子が誕生する。
互いに今の今までこの選択が正解であるという確信は得られていなかった。だがいざその選択肢が現実と成ってみると、二人は共にこの選択が正解であるという事に疑いは無くなっていた。
その確信に論理的根拠は無い。だが何も知らない二人はこの事だけは知っていた、本当に大事な答えは論理や根拠の外側に存在しているという事を。
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