君死にたまふことなかれ~戦場を駆けた令嬢は断罪を希望する~

音無砂月

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17.答えはまだ出ず

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視察から戻ると王女はそのまま用意された客室に籠り、食事も断ってきた。さすがに衝撃が強すぎたのだろう。
まぁ、慣れない人に救護院に漂うにあの匂いはキツすぎる。ひどい人は数日はまともに食事が摂れなくなる。
夕食は私とエリック、叔母様と王太子の三人で摂った。
その後は特に雑談することなく全員、部屋に戻った。明日も朝から視察なので早めの休息が必要なのだがなんとなく寝付けず、私は庭を散策していた。
救護院での実態を知った王女はどうするだろう。
あの光景はエルダとの戦争が原因だとエルダを責めるだろうか。それとも何か違う答えを導き出してくれるのだろうか。
「お父様、お母様、アリス、隊長、私は浅はかで卑しい人間です。あなたたちの死に意味を見出そうとしている。王女という存在を使って。そんなことしても意味がないのに」
死者が生き返るわけでも、死んだ事実がなかったことになるわけでもない。
それでもあなた方が死んだことには意味があった。そう思いたいの許しを求めているからなのかもしれない。
あなたたちの死に意味があったのなら私が殺した人たちの死にも意味があったのだと、そう思いことで罪の意識から逃れようとしている。
「なんて、醜いのだろう」
どうしてあなたたちは死ななくてはならなかった?
どうして私は誰かを殺さなくてはいけなかった?
戦争さえ起きなければ、パイデスは変な欲をかかなければ今も続いた日常があったのに。終わることのない未来があったのに。
明日は当たり前に来るのだと優しい世界で生き続けることができたのに。
でも、世界は壊された。
何の前触れもなく。何の準備もできないまま。
「いっそう、死んでしまえたら良かったのに」
自分の首を掴んで手に力を込めたことがあった。喉元に刃物を当てたこともあった。でも、いつも寸前で思い留まる。
死んだ仲間の顔が浮かぶ、自分が殺した人間の顔が浮かぶ、助けられなかった人々の顔が浮かぶ。彼らが許してはくれない。死に逃げることを。
私は死んではいけないのだ。生きて、殺した罪を償わなくてはいけないから。
「・・・・・・アイリス」
月を見上げているといつもの溌剌とした声ではなく今にも消えてしまいそうな小さな声に私は振り返る。寝巻き姿の王女が立っていた。護衛もつけずに不用心だなと注意したくはなったが止めた。
今日の出来事がかなりこたえていたので一人になりたかったのだろう。
「あなたも眠れないの?」
「ええ」
「そう。私もなの」
そうでしょうね。
「救護院でのことだけど、今まで目隠してされて来たことがたくさんあって、それを全てだと思い込んで生きてきたのならとても恥ずかしいことだと思ったわ」
王女は答えを出したのだろうか。私は静かに王女の話に耳を傾けた。
「今回、あなたがエルダの視察を受け入れたのも私が目隠しされて、気づかなかった情報とかがあったりするからなの?」
「そういうわけではありませんよ。戦争が終結し、和平条約が結ばれたのならその相手が視察を申し出るのは何もおかしなことではありません」
「でも、エルダは」
「前にも言いました。戦争を仕掛けたのはパイデスです」
「それはエルダが魔鉱石を独り占めしているのがいけないのではなくって?」
なぜその結論に陥る?
「エルダにあるものをエルダが独占するのは当然です」
「みんなが生きる上で必要なものよ。そんなの公平ではないでしょう」
王女が公平さを説くのか?
「公平なことなどこの世のどこのもありませんよ。あなたが王女で私が貴族。その下に平民がいる時点で公平など崩れ去っています」
身分社会そのものが公平さを否定しているのにそのトップはいつも公平を正義のように振りかざす。おかしな話だ。
「魔鉱石に囚われないでください。例えばそれが宝石だったら?タダで配ったりはしないでしょう」
「・・・・・宝石は生きていく上で必ずしも必要なものではないわ」
「そうですね。でも、生きる上で必要なお金を生み出す道具です。今回、パイデスがエルダに戦争を仕掛けたのはパイデスがエルダから魔鉱石を奪い、独占しようとしたからです」
「お父様はそんなこと考えていらっしゃらないわ」
信頼というより盲目すぎる。
「思いは自由です。あなたがそう思いたいのならそう思えばいい。それがあなたの真実になるのですから」
「あなたの真実は違うのね」
「はい」
私の答えに王女は不満そうだ。自分の親を悪く言われては気分を害するのは当然だろう。
「いいわ。そのことを咎めたりはしない。あなたの言う通り、思うのは自由だもの」
「ありがとうございます」
「アイリス、戦場ではどのようなことがあったの?あなたはあまり武勇を語りたがらないから皆が知りたがっているわ」
「誇るべき武勇などありません」
「どうして?私はあなたを凄いと思っているのよ。貴族の令嬢でありながら自国の為に躊躇わず武器を持ち、戦う。なかなかできることではないわ」
国の為なんて崇高な思いはなかった。ただ愛すべきものを守りたかっただけだ。誰もがそのために武器を持った。
「殿下、私は殺人の自慢をするほど悪趣味ではありません」
「・・・・・殺人」
戦場に行く=敵を殺す=人の命を奪うというふうに繋げて考えるのはなかなか難しい。それは戦場に行って初めて分かることだ。
「それに王女が思っているほど格好いいものではありませんよ。ただがむしゃらに、無様に敵から逃げ、仲間に庇われて生き残ってしまっただけです」
ああ、月がもうあんなに高くなってしまった。
「殿下、もうお休みください。明日も朝から動かなくてはなりません。これ以上は明日にさわります」
「・・・・・わかったわ」
「部屋まで送ります」
答えはまだ出ないようね。ならばこのまま要観察ね。
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