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23.見えない爪痕
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王女の様々な問題が発覚しながらも視察を何とか終えた。
王女は孤児院のことがまだ引っかかっているようであれほど友好的に接してきていた王女が視察を終える時はとてもよそよそしかった。
だからって王家のように王女が望む通りの視察などできない。そんなものは視察ではなくお遊戯だ。
国全体を使ったお遊戯など笑い話にもならない。
後世で語り継がれるまでの恥になるのは目に見えている。だから、まだ間に合ううちに女王として立つ上で必要な現実と向き合ってほしい。
この先、王女がどのような選択をするかは分からないが、それがパイデスで生きる私の願いだ。
「王太子も帰ったことだし、日常に戻るか」
ルーエンブルクの復興状況を確認するために見て回っていると「アイリス?アイリスじゃないか」という声が聞こえて振り返った。
「ジョシュア、久しぶりだな」
戦時中に知り合ったジョシュアがいた。彼は陛下が設けた徴兵制度に従って戦場に行った下級貴族だった。
「ルーエンブルク出身だって言ったから会えるかなって思ってたけど、まさか本当に会えるとは思わなかった。うわー、まじで嬉しい」
最初に行った戦場で班が壊滅。次に向かった場所でジョシュアと出会った。
戦後、知り合った人たちと何度か手紙のやり取りはしているがこうして実際に会うのは初めてだ。
「元気にしてたか?」
「ああ。ジョシュアの方は・・・・・あまり元気とは言い難いな」
目の下にくっきりと隈がついていた。頬も少しこけている。まだ戦場にいた方が元気そうだった。
私の視線が自分の目元にいっていることに気づいたジョシュアは乾いた笑みをこぼした。
「あんま、眠れてなくてな」
「・・・・・そうか。実は私も。睡眠薬が手放せなくってな」
「そっか」
詳しくは語り合わない。でも、お互い眠れない理由は同じだろう。
見た目だけではない。戦争の爪痕というのは心にも深い傷を残すのだ。
「せっかくだ。この後時間があるのなら邸に来ないか?」
「お前の邸に?でも、公爵になったんだろ。俺みたいな下級貴族が、って、こんな話し方も悪いよな。ここはもう戦場じゃないんだから」
「よしてくれ。同じ死線をくぐり抜けた仲じゃないか。私たちの間に身分なんてないよ」
「そうか。じゃあ、遠慮なく」
◇◇◇
ジョシュアは慣れていないみたいで私の邸に着いた時から緊張している。手と足が同時に出ていたり、なんでもないところで躓いたり、座るように促したソファーでは行儀が良すぎて別人が憑依したのではないかと思うほどだ。
使用人が給餌をしているだけどびくつくものだから「落ち着け」と声をかけてしまうほどだ。
「なんか、別世界みたいだ」
「そうか」
「・・・・・・言っていいのか分からないけど、その、一応、陞爵おめでとう」
「・・・・・ありがとう」
たくさんの『おめでとう』を聞いた。その度に心が重く、澱んでいった。その気持ちを分かってくれるのは同じように戦場に行った仲間だけだと彼が躊躇いながら言う姿を見て改めて思う。
「人を殺して、褒賞を頂ける世の中の間違いに誰も気づかないから、私の価値観がおかしくなったのかと思っていたところだよ」
「人を一人殺せば殺人鬼、百人殺せば英雄。先駆者はよく言ったものだ」
「全くだ」
やっと緊張が解けたのか、ジョシュアは出されたお茶を飲む。彼の猫舌は戦時中も戦後も変わらないようで、息を吹きかけて、冷ましてから飲んでいた。
その姿に心がほっこりする。本当に懐かしい。
「どう、過ごしていた?」
私が聞くとジョシュアは窓の外に視線を向けた。その姿はまるで現実から目を背けるようで違和感を覚えたが私に思うところがあるように彼にも思うところがあるのだろうと敢えて踏み込んで聞かなかった。
そのことを後悔する日が来るとは夢にも思わなかった。
「ぶらぶらしてた。家は弟が継ぐことになってた。そりゃあ、そうだよな。俺はただの田舎の小僧で、剣なんて握ったこともなかったんだ。戦場に送り出した時点で家族が死んだものとして次を用意するのは当たり前のことなんだ」
「恨んでいるのか?」
ジョシュアは首を左右に振った。
「恨んでない。でも、どうしていいか分からなくて国内で放浪の旅に出てた」
「国内って、狭い旅だろ」とジョシュアは笑った。それが見栄だということは付き合いの長い私にはすぐに分かった。
「俺もさ、まさか自分が生きて帰るなんて思わなかったんだ。まだ、実感が湧かなくて、今でも時々、ここが戦場なんじゃないかと錯覚する」
「私もだよ、ジョシュア。ここで領民や従兄と話していると楽しいと思うことはよくある。ああ、平和になったんだ。戦争は終わったんだって思う。でも、時々、鏡に映る自分を見てギョッとする時がある。『こいつは誰だ?こんな奴は知らない』って思うんだ。いつの間にか人殺しの顔が当たり前になっていたんだな」
もう、あの頃には戻れない。
何も知らなかった日々は過ぎ去り、私は・・・・・私たちは知ってしまった。
人の殺し方とその感触を。
「ジョシュア?」
ジョシュアは泣きそうな顔で笑った。
「ごめん。何でもない。何でもないんだ。お前に会えて良かった。本当に、良かった。ごめん、俺、もう行くわ」
「もう?来たばかりだろ」
ジョシュアは立ち上がり、帰り支度を始める。せめて夕食でもと思ったが、さっさとこの場を去りたいという彼の態度に何も言えなくなってしまった。
「アイリス、お前は、俺のようにはなるなよ。幸せになれ。じゃあな」
ジョシュアの様子がおかしいのは分かった。でも、どうしていいか分からず、なんと声をかけていいかも分からず、結局見送ることしかできなかった。
それから数日後、ジョシュアは連続殺人の容疑者で逮捕されたと報せが私の元に届いた。
王女は孤児院のことがまだ引っかかっているようであれほど友好的に接してきていた王女が視察を終える時はとてもよそよそしかった。
だからって王家のように王女が望む通りの視察などできない。そんなものは視察ではなくお遊戯だ。
国全体を使ったお遊戯など笑い話にもならない。
後世で語り継がれるまでの恥になるのは目に見えている。だから、まだ間に合ううちに女王として立つ上で必要な現実と向き合ってほしい。
この先、王女がどのような選択をするかは分からないが、それがパイデスで生きる私の願いだ。
「王太子も帰ったことだし、日常に戻るか」
ルーエンブルクの復興状況を確認するために見て回っていると「アイリス?アイリスじゃないか」という声が聞こえて振り返った。
「ジョシュア、久しぶりだな」
戦時中に知り合ったジョシュアがいた。彼は陛下が設けた徴兵制度に従って戦場に行った下級貴族だった。
「ルーエンブルク出身だって言ったから会えるかなって思ってたけど、まさか本当に会えるとは思わなかった。うわー、まじで嬉しい」
最初に行った戦場で班が壊滅。次に向かった場所でジョシュアと出会った。
戦後、知り合った人たちと何度か手紙のやり取りはしているがこうして実際に会うのは初めてだ。
「元気にしてたか?」
「ああ。ジョシュアの方は・・・・・あまり元気とは言い難いな」
目の下にくっきりと隈がついていた。頬も少しこけている。まだ戦場にいた方が元気そうだった。
私の視線が自分の目元にいっていることに気づいたジョシュアは乾いた笑みをこぼした。
「あんま、眠れてなくてな」
「・・・・・そうか。実は私も。睡眠薬が手放せなくってな」
「そっか」
詳しくは語り合わない。でも、お互い眠れない理由は同じだろう。
見た目だけではない。戦争の爪痕というのは心にも深い傷を残すのだ。
「せっかくだ。この後時間があるのなら邸に来ないか?」
「お前の邸に?でも、公爵になったんだろ。俺みたいな下級貴族が、って、こんな話し方も悪いよな。ここはもう戦場じゃないんだから」
「よしてくれ。同じ死線をくぐり抜けた仲じゃないか。私たちの間に身分なんてないよ」
「そうか。じゃあ、遠慮なく」
◇◇◇
ジョシュアは慣れていないみたいで私の邸に着いた時から緊張している。手と足が同時に出ていたり、なんでもないところで躓いたり、座るように促したソファーでは行儀が良すぎて別人が憑依したのではないかと思うほどだ。
使用人が給餌をしているだけどびくつくものだから「落ち着け」と声をかけてしまうほどだ。
「なんか、別世界みたいだ」
「そうか」
「・・・・・・言っていいのか分からないけど、その、一応、陞爵おめでとう」
「・・・・・ありがとう」
たくさんの『おめでとう』を聞いた。その度に心が重く、澱んでいった。その気持ちを分かってくれるのは同じように戦場に行った仲間だけだと彼が躊躇いながら言う姿を見て改めて思う。
「人を殺して、褒賞を頂ける世の中の間違いに誰も気づかないから、私の価値観がおかしくなったのかと思っていたところだよ」
「人を一人殺せば殺人鬼、百人殺せば英雄。先駆者はよく言ったものだ」
「全くだ」
やっと緊張が解けたのか、ジョシュアは出されたお茶を飲む。彼の猫舌は戦時中も戦後も変わらないようで、息を吹きかけて、冷ましてから飲んでいた。
その姿に心がほっこりする。本当に懐かしい。
「どう、過ごしていた?」
私が聞くとジョシュアは窓の外に視線を向けた。その姿はまるで現実から目を背けるようで違和感を覚えたが私に思うところがあるように彼にも思うところがあるのだろうと敢えて踏み込んで聞かなかった。
そのことを後悔する日が来るとは夢にも思わなかった。
「ぶらぶらしてた。家は弟が継ぐことになってた。そりゃあ、そうだよな。俺はただの田舎の小僧で、剣なんて握ったこともなかったんだ。戦場に送り出した時点で家族が死んだものとして次を用意するのは当たり前のことなんだ」
「恨んでいるのか?」
ジョシュアは首を左右に振った。
「恨んでない。でも、どうしていいか分からなくて国内で放浪の旅に出てた」
「国内って、狭い旅だろ」とジョシュアは笑った。それが見栄だということは付き合いの長い私にはすぐに分かった。
「俺もさ、まさか自分が生きて帰るなんて思わなかったんだ。まだ、実感が湧かなくて、今でも時々、ここが戦場なんじゃないかと錯覚する」
「私もだよ、ジョシュア。ここで領民や従兄と話していると楽しいと思うことはよくある。ああ、平和になったんだ。戦争は終わったんだって思う。でも、時々、鏡に映る自分を見てギョッとする時がある。『こいつは誰だ?こんな奴は知らない』って思うんだ。いつの間にか人殺しの顔が当たり前になっていたんだな」
もう、あの頃には戻れない。
何も知らなかった日々は過ぎ去り、私は・・・・・私たちは知ってしまった。
人の殺し方とその感触を。
「ジョシュア?」
ジョシュアは泣きそうな顔で笑った。
「ごめん。何でもない。何でもないんだ。お前に会えて良かった。本当に、良かった。ごめん、俺、もう行くわ」
「もう?来たばかりだろ」
ジョシュアは立ち上がり、帰り支度を始める。せめて夕食でもと思ったが、さっさとこの場を去りたいという彼の態度に何も言えなくなってしまった。
「アイリス、お前は、俺のようにはなるなよ。幸せになれ。じゃあな」
ジョシュアの様子がおかしいのは分かった。でも、どうしていいか分からず、なんと声をかけていいかも分からず、結局見送ることしかできなかった。
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