君死にたまふことなかれ~戦場を駆けた令嬢は断罪を希望する~

音無砂月

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50.民衆の命はワインよりも軽い

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「レン、他国に内通している人間と繋ぎを取って」
「はい」
お茶会から帰ってすぐに私はレンを呼び出した。
私のしようとしていることを理解したレンは重々しく頷いた。レンと一緒に部屋へ来ていたエリックの顔にも緊張が走っている。
「やるのか?」
「ええ」
「そうか」
エリックは一度口を開いたが何も言わずに閉じた。思案する素振りを見せてから彼は再び口を開いた。
「もう、手遅れなんだな」
真っ直ぐと私を見つめる彼の目には運命をともにする覚悟が宿っていた。
「エルダと再び戦争をしようとしている」
私の言葉にエリックは顔を歪めた。
「なんで」と吐き出すように出された言葉は彼の中で癒えていない傷が痛みを発しているようでとても痛々しかった。
私は三年かけて領地を復興させた。けれど、私が生まれた邸は、家族と過ごした思い出の詰まった邸は瓦解したまま残っている。
「修繕しないのか」と問われる度に曖昧に頷いていた。明確な答えを出したことはない。それは自分でも分からなかったからだ。何度も再建しようとした。けれど、どうしてもできなかった。
今なら分かる。
忘れない為だ。自分が何を失ったのかを。戦争の惨さを。人は忘れる生き物だから。だから心に留められるように形として残しておきたかったんだ。
「知っているだろ、エリック。女王が信頼をおいている人間は武器の密輸や売買で財を成しているクソ野郎だってこと」
「金のために多くの命を奪う戦争をするのか」
「そうだよ」
だって、死ぬのは見ず知らずの誰か。彼らが血を流すことも、その手を汚すこともないのだ。
私は自分の手を見つめる。血で汚れた汚らしい手を。
三年経った今でも時折夢に見るのは戦場での出来事。自分が殺されるそうになる夢を見て、飛び起きることもある。悪夢にうなされる頻度は減ってきてはいるが、なくなったわけではない。きっと一生見続けるのだ。それが命を奪うということだから。
戦場で出会った傭兵たちにスラム出身者に戦い方を教えてはいるが、できることなら彼らが武器を持って戦うことがないようにしたい。それが我儘であることは分かっているが。
「スタンピードって知っている?」
「モンスターが大量発生することだろ。確か、発生は十年に一度だったかな」
「そう。発生する場所と時期が決まっているからその時期が近づくと周辺の村人たちは別の場所に避難をするの。避難した村人はね、パイデスの名産である葡萄畑の手伝いをして日銭を稼ぐ者が多い」
「葡萄畑が多いからな、パイデスは」
「そう。そしてなぜかスタンピードのある年に収穫できる葡萄の質は高い。だからとても良いワインができるの」
「何が言いたいんだ?」
「ところが、スタンピードが起こらなかった年があるの。その年の葡萄の質は例年通りで、十年に一度できる質の高いワインはできなかったし、スタンピードが起こらなかったから村人も避難しなかった。それで収穫する人手が足りなくて、あまり売れなかったのよね。五代前の王はそのことを嘆いた」
五代前の王は酒豪で有名だったから、十年に一度作れる質の良いワインがとてもお気に入りだった。
「エリック、民衆の命はワインよりも軽いのよ」
「・・・・」
戦争が始まれば、女王や高官の元には戦死者の数や戦況が書かれた種類が毎日届くだろう。
そう、結局は数なのだ。
彼女たちにとって、死んでいく騎士は、民衆は名前のある個人ではない。ただの数。だから嘆くフリだって容易だろう。だから、「死ね」と命じるのは容易だろう。
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