悪役令嬢の妹は自称病弱なネガティブクソヒロイン

音無砂月

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第3章 決着

XXXVI.天誅

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 私をイジメるお姉様。
 ねぇ、あなたが居るから私は誰からも愛されないの。
 私はこれだけ苦しんだのだからあなたが苦しむのは当然よね。

 ミハエル様から預かった薬をお姉様の飲むお茶の中に入れた。
 でもそれだけだと私が疑われるかもしれないからというメイドの意見を聞いて私の紅茶にも入れた。
 勿論、私は自分の紅茶を飲まなかった。
 何も知らないお姉様は私が持って来た紅茶を疑いもなく飲む。


 だって、お姉様が悪いのよ。
 私の苦しみに気づかないお姉様が。
 だからね、私思ったの。
 ちょっとくらい、お姉様に悪戯してもいいんじゃないかって。

 目の前で倒れていくお姉様を見て。思わず歪みそうになった顔を何とか堪えた。
 直ぐにお医者様が呼ばれた。
 私は別室に居た。

 「セシル様のお茶に毒が入っていました」
 そう、お父様の執事のヴァンが言った。
 「毒?そんな、どうして」
 「ご存じなかったのですか?」
 「知るわけないじゃないっ!どうして私がお姉様を?」
 「あなたの部屋から毒が見つかりました」
 「そんなの知らないわっ!お茶だって、メイドが淹れたものを持って来ただけよ。
 もしかして、メイドが?メイドが犯人なの?でも、どうして?」

 メイドには悪いけど、毒を入れた犯人になってもらおう。
 別に使用人が1人ぐらいいなくなっても誰も困らない。
 でも私は貴族だから、特別だから大切にされなくちゃいけない。
 私の為に犯人になったくれるぐらい、いいよね。
 だってあなたは私のメイドなんだから。
 ジークだってお姉様の為なら命すら惜しくないって感じだし、使用人ならそれぐらい当たり前だよね。

 「ねぇ、私のお茶からは何も出て来なかったの?
 お姉様が狙われたってことは私の狙われていた可能性もあるのよね」
 「毒は入っていました。不思議なことに」
 「ええ、そうね。不思議だわ。お姉様なら入っていても当然だけど、私が命を狙われることなんてないもの」
 「それはどういう意味ですか、グロリア様」
 「よさないか、ジーク」
 前に出ようとしたジークを慌ててヴァンが押しとどめた。

 「だってそうじゃない。顔だけで性格が最悪なお姉様は他の令嬢方からあまり評判が良くないと聞くわ」
 それはセシルの容姿に嫉妬した一部の令嬢だ。
 「あなたはっ」
 「ジークっ!」
 ヴァンに怒鳴られ、ジークは何とか思いとどまったが噛み締めた唇からは血が滲んでいた。

 「私もあなたの命が狙われるとは思っていません。
 けれどそれは性格の問題ではなく価値の問題だと考えています」
 「どういう意味?」
 「様々な事業をし、ラインネット家に多大な貢献をしているセシル様と片や何もできないグロリア様。
 あなたを殺したところでラインネット家が受けるダメージはゼロです」
 「なっ!使用人風情が私にそんな口をきいて良いと思っているの?」
 「敬うべき主人はあなたではない。それでは失礼します」

 そう言ってヴァンはジークを連れて出て行った。


 何よ、何よ。
 バレるはずがないんだから。
 だって、お父様が娘の私を疑うはずがない。
 お姉様と違って私はお父様にも愛されているのだから。


 どこかの場面で自分はお父様にも愛されない可哀想な娘だと嘆いていたが自分の都合の良いようにしか考えられないグロリアはその矛盾に気づくことはない。いや、自分が愛されないと嘆いていたことすら忘れているのだ。




 それから暫くしてヴァンによってお父様が私の嫌疑を晴らしてくれた知らせがもたらされた。
 ほらね、やっぱりバレなかった。
 当然よね。私はお姉様とは違うもの。
 下位の者もを見下し、慈悲の心さえもたない悪の令嬢とは違う。
 私は誰にでも優しい、姉のイジメにも耐えて生きる健気な娘。
 そんな私がお姉様を害そうとするはずがないもの。

 「ああ、こんな所にいつまでも留まっていないで早く、早くミハエル様に会わなくては」

 きっと褒めて下さる。
 『よくやった』と。

 私は早速部屋を抜け出し、ミハエル様の元へ行った。
 事前に渡されていたミハエル様との待ち合わせ場所が書かれた紙を見つめ、何とか着くことができた。

 「ミハエル様?」
 そこは暗い廃屋だった。
 闇がぐらりと揺れ、一瞬怯んだがそこからは愛しのミハエル様が現れた。
 「ミハエル様っ」
 私は感激のあまりミハエル様に抱き着く。

 「やりましたわ。お姉様、いいえ、もう姉とも思いたくはありません。
 あの女に髪に天罰を下してやりましたわ」
 「そうか、良くやったね。グロリア。さすが私のグロリアだ」
 そう言ってミハエル様は私の額にキスをしてくれた。

 「これでもう、私達の邪魔をする者はいないんですね」
 「いいや、まだ居るよ」
 「え?誰ですか?」
 「君のお父様さ。セシルの諫言に騙されて君を子爵位如きに渡そうと画策している」
 「そんな、酷い」
 そこでグロリアは自分がまだクリスと婚約したままであることに気づいた。
 「私、どうすれば?どうすればミハエル様と一緒になれますの?」
 「簡単さ。セシルと同じように神の罰を下してやればいい」

 そう言ってミハエル様は私に再び新しい小瓶を手渡した。

 「これで本当に私達は一緒になれますの?」
 「ああ。勿論さ。愛しているよ、グロリア」
 「はい。私も愛しています、ミハエル様」



 「大した愛の告白だな」
 二人の雰囲気を壊す様に響く冷たい声。
 私はミハエル様の腕の中で身を縮めらせた。

 「誰だ?」
 「お久し振りです、ミハエル様。いいえ、今はただのミハエルでしたね。
 私のお嬢様が大変お世話になりました。もっともお世話をしたのはこっちの方ですが」
 「・・・・・お前は確か」
 「ジーク、どうしてここに?」
 「私だけではありませんよ、グロリア様」

 にっこり笑ったジークの後ろにはお父様、ヴァン、それにクリス様も居た。
 「残念だよ、グロリア嬢。君と温かい家庭でも築けたらと思っていたのに」
 「クリス様。最初に言ったはずです私はあなたと一緒になりたいとは思わないと」
 「別にわざわざ言われなくても気づいていたけどね。
 だって、君は分かりやすいから。子爵位が気に入らないんでしょう。
 その証拠に君が靡くのは元侯爵であるその男だし、セシル嬢に嫉妬を向ける時は必ず彼女が王家の人間といる時だけだもんね」
 「私はお姉様と違って地位で人を判断しませんわ!お姉様なんかと一緒にしないで」
 「『』から進化して『』になったの?
 カーネル先生の指導のおかげで随分と自分の意見をはっきりと言えるようにはなったみたいだけど悪い方にも影響が出たみたいだね」

 「グロリア、とても残念だよ。まさか実の妹が姉に害を成そうとするとわ」
 「お父様、何を言っているのですか?
 悪いのはあの女で、私ではありませんわ。
 それに危害を加えるのはいつだってお姉様の方。
 私はそれにずっと耐えて来たのですわ。お父様が知らないだけで」
 「起こってもいないことを知ることはできない。
 それに姉を毒殺しようとしておいて何を言っている」
 「私はそんなつもりありませんわ。ミハエル様から受け取ったお薬を入れただけですわ。
 ほんの悪戯じゃあありませんか」

 渡された薬が何かも知れないくせに平気で混入して自分は悪くないと言うその低能さには最早怒りすらも鎮火させる効果がある。

 「お前は悪戯で人を殺すのか?」
 「ですからそれは私ではありません」
 「今、入れたと認めたではないか」
 「ええ、入れたのは事実ですわ」

 毒を入れたことを認めているのに殺意は認めない。
 話がどうも合わないと思っていたらグロリアの口からとんでもないことが飛び出て来た。

 「仮に私が入れた薬のせいでお姉様が死んだとしましょう。
 でも、それは普段の行いが悪いお姉様に神の罰が下っただけですわ。
 決して私の入れた薬のせいではありません。勘違いなさらないで」
 「・・・・・お前は、何を言っているんだ」
 この身勝手な理屈には全員が言葉を失くした。


 「ミハエルだっけ?君はさぁ、こんあ頭の悪い不出来な娘を引き取って本当に貴族社会に戻れると思ったの?
 グロリア嬢も忘れているみたいだけど、君達を暴漢に襲わせたのはこの男だよ」
 「子爵位如きが私の名を呼び捨てにするな!」
 「あれはお姉様が悪いんですわ。ミハエル様のせいではありません」
 「セシル嬢に非はないよ。それと、平民如きに馬鹿にされるつもりはないよ」

 「グロリア、お前はどうあってもセシルを悪者にしたいのだな」
 「事実を言ったまでです」
 「グロリア様、セシル様はその暴漢からあなたを守って背中に一生消えない傷を背負っているのですよ。
 あなたはそれを仇で返すのですか」
 「もとはと言えばお姉様の自業自得ではありませんか。あの暴漢の件は私は巻き込まれただけですわ。
 それにいいではありませんか。たかが傷ぐらい。
 お姉様は私と違って美人なのだから傷物の女でも引き取ってくださる殿方は幾らでもいますわ」

 「随分と余裕のような顔をされていますが、ご存知ですか。グロリア様」
 ジークは今すぐグロリアを殺したい衝動にを理性で押さえつけた。
 「あなたがお慕いしているミハエルはあなたのメイドと肉体関係にあったのですよ」
 「なっ」
 「そんなはずないわ!ミハエル様は私一筋だもの」
 「ミハエルはあなたのメイドを誑かし、あなたに近づいた。
 貴族に戻る為に。それに彼には既に別の恋人がいます。
 恐らく、旦那様を殺し、爵位を手に入れた後はグロリア様を殺害し、その恋人と幸せに暮らすつもりだったのでしょう。
 最も私のお嬢様を害そうとした身でそんな幸せを味わわせるつもりなど私はサラサラありませんが」

 「出鱈目を言うなっ!」
 「そうよ、そんな嘘誰が信じるよのよ」
 「ではこれでもあなたは嘘だと仰いますか?」
 ルルがとても美しい女を連れて現れた。
 彼女はどこか儚い印象を受ける女性だった。
 気の強いセシルとは違う種類の美しさだ。

 「・・・・・アン、どうしてここに?」
 思わず呟かれた言葉にグロリアは絶句する。
 お姉様とは違うけれど、でも同じぐらい美人な女を彼は知っている。
 彼は、彼だけはお姉様と違って美人でも何でもない私を愛してくれると思っていたのに。
 そんな彼もやはり美しい女に行くのか?

 グロリアの中でどす黒く、醜い感情が渦巻いた。

 「今の話は本当なの?
 貴族様を殺して伯爵位を手に入れると。
 私を捨てて今腕に抱いている女の元へ行くの?」
 「そんなわけないだろ、アン!何を言っているんだ」
 「ミハエル様っ」

 ミハエルは腕の中に居るグロリアを突き飛ばし、慌ててアンと呼ばれた女性の元へ駆けつけた。

 「そんなわけではないのなら、どういうわけがあるの?」
 「そ、それは」
 「私はあなたのことを愛していました。
 できれば幸せになりたいと、あなたと慎ましやかな家庭を築いて。
 ミハエル、私は誰かを不幸にまでして得る幸せなど欲しくないわ」
 「待って、待ってくれ」
 「いいえ、もう終わりよ。だって、あなたは私のことなど愛してはいないのでしょう」
 「そんなはずがないだろ!グロリアのことは違うんだ。
 彼女とはそういう関係ではない。ほんの出来心だ。
 すまない、ちょっと魔が差して君を傷つけてしまったことは謝る。
 でも、美しい君を捨てるわけはないわけがないだろ」

 必死に取り繕うミハエル。
 それを周りは呆れ、グロリアは絶望に満ちた眼差しで見ていた。
 アンはそんな周囲の空気とそれに気づかず、まだ言い訳をするミハエルを冷めた心で見つめる。

 「私の容姿がそんなにお好きなのは良かったわ。
 でも、それは私にとって最悪な結果しか生み出さなかった。
 私ももう少し男を見る目を磨くべきでした。
 これは私の落ち度ね」
 「アン?」
 「さようなら、ミハエル」
 「何を言って」
 伸ばして来た手を振り払い、アンはジーク達がいつでも守れる安全な距離まで移動した。
 「もう顔見たくないわ」
 そう言ってアンは廃屋から出て行った。
 慌てて追おうとしたミハエルをジーク達、人間の壁が邪魔をしてそれは叶わなかった。

 ドスっ

 「なっ」
 ミハエルは膝から崩れ落ちた。
 視線をかろうじて後ろに向けるとそこには今まで見たことがないぐらい醜く歪んだ顔をしたグロリアが居た。
 背中には下に落ちていたのであろうガラスの破片が刺さっている。
 あまりの出来事に周りも動くことができなかった。

 「酷い、酷いわ。愛していたのに。
 裏切るなんて。許さない、許さない、許さない、許さない、許さない、許さない」
 そう言って何度もグロリアはミハエルの背中を突き刺した。
 慌ててクリスが止めに入った時は既にミハエルの背中は真っ赤に染まっていた。

 「フフ」
 ミハエルは空気を吐き出すように笑った。
 「何が許さないだ。何が裏切りだ。
 お前にそれを言う資格なんてない。
 だってそこの男が言った通りじゃないか。
 お前は侯爵である私にしか興味がなかったくせに。
 どんなに否定しても、見れば分かる。
 セシルだけだ・・・・・私を私として見てくれたのは。
 でも、どんなに足掻いてもあの女の心は手に入らない。
 いつだってあの女の心を捕らえるのは私ではなかったのだから」

 ミハエルの視線の先にはジークが居た。
 「ふふ」とまたミハエルは笑った。

 「これはこれで良かったのかもしれないな。
 実に私らしい最期じゃないか。なぁ、セシル」


 物心ついた頃には既に家族が家族の形を成していなかった。
 母も父も愛人を囲っていた。
 使用人に育てられ、ただ侯爵家の後継ぎとしか見られない日々を過ごしていた。
 息をしているのもつらかった時、セシルに会った。
 美しい人だと思った。
 でも、人の愛し方など知らなかった。
 いや、抱いた感情が愛であることすら分からなかった。
 分からないから苛立ちが増し、気がつけば私の中でセシルという女は気の強い、煩わしい婚約者になっていた。
 どうしていいのか、どうしたらいいのか分からなかった。
 自分が何をしたいのかも分からなかった。

 試しにみんなの視線が集まる中庭でグロリアに手を出してみた。
 セシルが見ているのが分かった。
 でも、嫉妬さえもしてはくれなかった。
 そして起こった婚約破棄
 手に入らないのなら要らない。
 自分にそう言い聞かせて暴漢に襲わせた。
 死の境をさまよっていると聞いた時、よく分からない感情が浮かんだ。


 私は今だに分からないのだ。
 自分がどうしたかったのか。
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