5 / 5
ツバキちゃんの放課後(ほうかご)ぴーぴー
しおりを挟む
キーン コーン カーン コーン……
チャイムが鳴る音と共に、黒板の前に立った先生が手元のプリントをかかげました。
「はい、それじゃあ今日も帰りの会を始めます。まずは連絡事項です。プリントを忘れないように持って帰ってくださいね。おうちの人にしっかりわたすこと。あと、登下校のときに車や自転車には気をつけて、より道しないで帰るように。」
今日も何事もなく始まる帰りの会。先生の声はいつもと同じ調子でしたが、釜之倉ツバキちゃんの耳には、入っているようで入っていませんでした。
(うう……お腹が痛い……)
お腹の調子が悪くなったのは、帰りの会の前にやっていた掃除の終わり間際のことでした。使ったぞうきんをしぼった時に、水の冷たさが手を伝ってお腹まで届いてしまったのでしょうか。一度感じた痛みはどんどん強くなり、ツバキちゃんの腸の中で爆発寸前のバクダンのように暴れ回っています。
(よりによって、なんで学校なの……)
両腕をお腹の前で組みつつ、痛みで机につっぷしてしまわないよう、ツバキちゃんは必死に顔を上げます。
ぐるる……
ツバキちゃんのお腹のおくから、腸がねじれるような感覚が走ります。ツバキちゃんは気取られないように周囲を見回します。まわりの子は先生の話に注意がいっています。腹痛にもだえるツバキちゃんのことにはだれも気づいていないようです。
(だめだめ……顔に出しちゃだめ。気づかれたら終わりよ……)
ツバキちゃんは懸命に歯を食いしばりつつ、しかしいつものすました顔をとりつくろおうとしています。けれども、波のようにおそってくる痛みのせいで、油断するとすぐに表情をくずしてしまいそうです。
「明日の持ち物は……算数の時間に使うそろばんです。くれぐれも忘れないように!」
先生の声に、クラスの数人が「はーい」と返事をしました。
ツバキちゃんもすぐさま返事をしようとしましたが、お腹の痛みで声がかすれます。息をおし殺しながら、ただ黒板と机の上のプリントのはじっこを交互に見つめるしかありません。
(早く終わって……早くお家に帰りたい……。学校のトイレなんて絶対いや……!)
ツバキちゃんは自他ともにみとめるクラスの人気者。そんなツバキちゃんが、学校のトイレでぴーぴーのゲリうんちなんてすれば、男子みたいにからかわれる、なんてことはなくとも、しばらくはみんなの記憶に残ってしまうことはまちがいありません。プライドの高いツバキちゃんには、とてもたえられることではありませんでした。
視線の先では、何人かの友だちが笑いながら明日の話をしています。けれど、ツバキちゃんにはそのやりとりを聞くよゆうもありません。小さな冷や汗が首筋を伝っていき、頭の中ではただ一つ、家のトイレのことだけが強くうかんでいました。
先生が最後に
「では、今日も気をつけて帰りましょう」
としめくくり、帰りの会は終わりました。ツバキちゃんはすぐに立ち上がりたい気持ちにかられますけど、急に立ったらお腹が変にゆれて、たえられなくなってしまいそうです。いすに座りこんだまま、ほんの少しだけ深呼吸をすると、しんちょうに、けれど手早く席を立ちました。
そのままツバキちゃんはランドセルを背負い、昇降口まで小走りでかけ、靴箱の前に着くと、急いで上ばきをぬいで外靴にはきかえます。
その時――。
「あれ、ツバキ? そんなに急いでどこ行くの?」
軽い雰囲気の声が横から飛んできました。ツバキちゃんの友だち――そう言うとツバキちゃんは否定しますが――の泉ナズナちゃんです。髪をゆらしながら、にこにこと笑顔で近づいてきます。
ぎゅるるる……
「……べ、別に。早く帰りたいだけよ」
つばきは靴ひもを結びながら短く答えました。お腹のおくがまたねじれるようにうなり、おでこに汗がにじみます。
ナズナちゃんは首をかしげて、わざとらしく肩を落としました。
「えーっ、そんなに私といっしょに帰るのイヤなの? ひどいなあ……」
ウソ泣きまじりの声に、ツバキちゃんは思わずムッとします。
「ち、ちがうってば! べつにイヤとかじゃ……」
「じゃあいっしょに帰ろうよ!」
勢いよく言われ、ツバキちゃんはぐっと言葉を飲みこみました。お腹の痛みと、空気を読まない目の前の相手へのイライラと、理由を言えないもどかしさが重なって、心の中で大きなため息をつきます。
(どうして今なのよ……。こんなときに限って……! でも、このままナズナをつき放しても、しつこく食い下がってきそうだし……)
「……じゃあ、いいわよ。でも今日はいそがしいし、しゃべらず、まっすぐ帰るわよ」
しぶしぶうなずいたツバキちゃんの顔は、あせりとはずかしさで赤くなっていました。ナズナちゃんはそんな様子を気にも留めず、楽しそうに
「やったぁ!」
と声を上げます。
「ちょっと……声大きいってば……!」
ナズナちゃんの声に押されるように、ツバキちゃんは靴箱から足を踏み出しました。しかし心の中では、波のようにおしよせる便意が、確実に歩みを重くしていました。
(うぅ……ナズナにバレなきゃいいけど……)
というわけで、学校をはなれ、住宅街の細い道を二人は並んで歩いていました。ようやく夏も過ぎたばかりですが、空にはまだまだ青色が残っています。だれかが早めの晩ごはんの準備でもしてるのでしょうか、どこからかカレーのにおいがただよってきました。
「ねえツバキ、こないだの図工のねんど工作のこと覚えてる? ユウタさ、ハルキゲニアのできそこないみたいなの作ってたでしょ。あれ『未来のロボット』だって! ギャハハ!」
ナズナちゃんは元気いっぱいで、思いついたことを次から次へまくし立てていました。その上、自分で言ったことに手をたたいて笑いころげています。ツバキちゃんから「しゃべらず、まっすぐ帰る」と言われたことなど、最初から聞いていなかったかのようです。
「……あー、うん。たしかにアレ、ケッサクだったわね……」
となりのツバキちゃんはと言えば、怒りさえせず、適当に相づちを打つだけ。口を結んだまま、ただ前を向いて歩いていました。
もちろん、心の中では、
(いや、それただの腹いせでしょ! ユウタに自分が作ってたロダンのパロディをパクリ呼ばわりされたの根に持ってるよね?)
などと思っているわけですが、そんなことを口にするよゆうもないのです。ツバキちゃんのお腹のおくでは、相変わらずじわじわと強い痛みが広がっています。
(うぅ……やばい……家までまだ一〇分以上あるのに……)
必死に平然を装っているツバキちゃんですが、返事がそっけなくなっているのはだれの目にも明らかでした。
「……おっかしーなー。ツバキ、今日はいつにもまして塩対応すぎじゃない?」
ナズナちゃんも、話し相手の様子がおかしいことに気づいたようです。
「う、うるさいわね……別に……」
ツバキちゃんは、語尾がふるえるのをごまかすように早足になります。けれどお腹の中は言うことをききません。
ぐるるるる……
ツバキちゃんの腸が、今日何回目かのうねりを上げます。
そして次の瞬間――。
ぷすうっ……
短いながらもはっきりとした音が、スカートの中からもれてしまいました。ツバキちゃんはこおりついたように足を止め、顔を真っ赤にします。
(うそ……でちゃった……!?)
ナズナちゃんは一瞬きょとんとした顔をしましたが、すぐに鼻をひくつかせました。
「……ん? なんか変なにおいしない? ……ツバキ、おならした?」
「し、しないっ! な、なんにもしてないから!」
ツバキちゃんは両手をぶんぶんふって必死に否定します。しかし空気に混じったにおいはごまかしようがありません。そんなツバキちゃんの様子を察したかのように、ナズナちゃんはわざと大げさに顔をしかめました。
「うわぁ……ギネス級のくささだよこれ。やばいって……!」
「ちがっ……そんなにくさくないでしょ! ……あっ」
あまりの言いように、ツバキちゃんは腹が立って、つい反射的に怒鳴ってしまいました――それはかえって、自分が犯人だと自白したようなものでした。そのことに気づいたのか、ツバキちゃんは思わず口に手を当てます。
「やっぱりツバキじゃん!」
「ち、ちが……っ、うぅ……」
観念したようにうつむき、耳まで赤く染めるツバキちゃん。はずかしさと便意がないまぜになって、胸がぎゅっとしめつけられます。
(なんで……なんでよりによってナズナの前で……っ)
ナズナちゃんはそんなツバキちゃんの肩を軽くたたき、わざと明るい声を出しました。
「まあまあ、だれだっておならする時はあるって! 私だって、授業中にスカそうとしたら思っきりボウハツしちゃったことあるし! ごまかすのに大変だったな~」
「い、いっしょに……しないでよ……っ」
ナズナちゃんにしてはめずらしく、真っ当にはげますような口調に聞こえなくもないけれど、ツバキちゃんにとっては泣きっ面にハチ。ますますはずかしさが増していきます。
その間にもお腹の痛みは強まり、ドロドロの中身が出口をおし広げようとしています。
(やだ……もう一回は、絶対に……っ!)
ツバキちゃんは太ももをきゅっとよせ、苦しげにくちびるをかみながら歩き続けるのでした。
住宅街をぬけると、道ぞいに小さな公園が見えてきました。近所の子は別の公園や習いごとに行っているのでしょうか、ツバキちゃんとナズナちゃんの他に人はいません。
ナズナちゃんは、入り口からそんな公園の様子をのぞきこみ、次いでツバキちゃんの顔を見つめました。
「ねえツバキ、大丈夫? さっきから歩き方ヘンだよ」
「……べ、別に……っ。なんでもないんだから……」
ツバキちゃんは眉をひそめてそっぽを向きましたが、両手はお腹をおさえたままです。汗ばんだ指先がふるえていました。
「ぶっちゃけで聞いちゃうね。ツバキ、おならだけじゃなくて、明らかにお腹こわしてるよねぇ。早くトイレ行った方がいいと思うけどな~」
「……よけいなお世話よっ」
しかし、ナズナちゃんの言う通りでした。今のツバキちゃんは、歩いているだけでせいいっぱい。このまま家までがまんできるとは、本人にさえ考えられないことでした。
(……本当っ、ナズナはこういう時だけはするどいんだからっ……)
ナズナちゃんの見すかすような言葉に、ツバキちゃんはムカムカしながらも、それ以上の反論の言葉がわいてこず、ただただとほうにくれるだけです。
そのナズナちゃんは少し考えてから、公園のおくを指さしました。
「ほら、あそこにトイレあるじゃん。入ってきたら?」
「なっ……! そ、そんなとこ……ぜったいイヤ!」
すぐに強く否定するツバキちゃん。ですが、その直後、
ぐぎゅるるるるっ!
とお腹が大きな音を立てました。
ツバキちゃんの顔が一気に赤くなり、目線を泳がせます。
「もう、意地張らないで! もれちゃったら余計にはずかしいでしょ」
「……っ、うぅ……」
ツバキちゃんはくちびるをかみ、しばし立ちつくしました。
ごぽぽぉっ! ぎゅるるる ぶぎゅるるるるっ!
次の便意の波が一気におしよせます。それはまるで、その場でしゃがみこみたくなる程の痛みでした。
「……っ、わかったわよ……! でも……絶対他の子には言わないでよね……!」
「言わなくたって分かってるよ! 親友がイヤになるようなことなんて、私、絶対言わないから!」
ナズナちゃんの言葉を背に、ツバキちゃんは足早に公園のトイレへかけこみました。
コンクリート造りの古びた建物。個室のドアをおすと、かびくささと洗剤のにおいが入り混じった空気が鼻をつきます。
中には和式便器が一つ。ゆかのタイルにはところどころカビやシミが残っていて、決してきれいとは言えません。
(……やだ……こんなとこでなんて……でも、もう無理……っ!)
スカートをまくり上げ、黒地のレース付きのパンツをあわてて下ろすツバキちゃん。背中のランドセルの重みのおかげもあって、勢いよく便器の上にしゃがみこみました。ゆかのタイルが目に入った、次の瞬間――。
ぶぷっ ぶりゅるるるっ!!
勢いよく、コルク栓のようにやわらかめのかたまりが飛んでいったかと思うと、
びちゃびちゃびちゃあぁぁぁーっ!! ぶちゅるるるぅーっ!!
続いて水のようにうんちがふき出しました。便器の底に茶色いしぶきがはじけ、個室には耳をつんざくような音がひびきます。
「ひゃっ……あぁぁぁっ……!」
ようやくがまんしていたものを解き放つことのできたうれしさか、それともはずかしさか。口から悲鳴のような声がもれます。次の瞬間、ツバキちゃんはわれに返り、顔を真っ赤にして両手で口を押さえました。
(きこえちゃう……絶対外にきこえてる……っ!)
しかしお腹の波は止まりません。
ごろごろごろ……ぶじゅるるるるるっ!! びしゃあぁぁっ!!
「あぁぁ……やだ……止まらない……!」
ツバキちゃんの腸の中にたまっていたものが次々におし出され、便器の中に山くずれのように広がっていきます。玉ねぎと生卵を夏場に放置したような、鼻をつくにおいが個室を満たし、目に涙がにじむほどでした。
(せめて、もうちょっと、静かにしなきゃ……っ!)
音が鳴らないよう、ツバキちゃんが必死にふん張ってたえようとするたびに、おしりの穴はすぼまり、かえってさらにたくさんのゲリうんちが勢いを増してほとばります。
ぶびびびびっ!! ぶしゃ――っ!! びちびちびちゃ!
あまりの勢いに、思わずツバキちゃんは便器の上で小さく体をふるわせました。
(こんな……ナズナに知られたら……はずかしすぎる……っ! でも、もう……止められない……!)
ごろごろごろごろっ ぎゅるるるるっ!
ツバキちゃんのお腹にダメおしの痛み。
「うぁぁぁっ……だめぇぇっ……!!」
ツバキちゃんは声をもらしながら、思わず背中を丸めます。
ぶばばばばっ! ぶじゅじゅじゅじゅびちゃちゃっ!!
すでにそこにたまった便器のぴーぴーうんちがはね、ツバキちゃんのおしりにまでおつりがかかりました。水っぽいうんちが肌を伝う不快な感覚。ツバキちゃんの顔はゆがんでしまいます。
(……もうっ、いやっ……)
けれども、ツバキちゃんはもはや抵抗する気力も残っていませんでした。ただただ、残りのうんちを便器へとそそぎこむことしかできなかったのです。
ぶじゅるるるっ ぷしゅうぅ ぷーっ
長い長いうんちも終わり、ようやくお腹の痛みが弱まり始めました。おしりの穴からは、わずかながらのガスが力なくもれます。
「はあっ、はあっ……」
ちょろちょろちょろちょろ……
あらい息つぎの合間に、おまたから、こちらも昼休みからたまっていたおしっこがしたたり落ちます。思わず口元をゆるませるツバキちゃん。ほっぺたには涙と汗が交じり合いながら伝い、全身が力のぬけたようにふるえていました。
(……でちゃった……全部……。スッキリはできたけど……は、はずかしい……)
しばらくその場で動けずにいたツバキちゃんは、ようやくかべのトイレットペーパーに手をのばし、おしりの穴と、そして汚れたしりたぶをぬぐい始めました。
(絶対、ナズナにからかわれるわ……でも、ナズナがいなきゃ、きっと間に合わなかったし……あーっ、どういう顔して出てくりゃいいのよっ!)
トイレの外でニヤニヤしながら待っているナズナちゃんの顔が、ツバキちゃんの頭に浮かびます。そう思うと、ツバキちゃんの胸はドキドキと鳴り、どうしても足がすくんでしまうのでした。
公園のブランコに座って待っていたナズナちゃん、トイレの方から足音がするのに気づき、顔を上げました。
そこには、用をすませたツバキちゃんが、顔を真っ赤にし、目線を地面に落としたまま立ち尽くしていました。シャツのすそをにぎりしめる手がふるえていました。
ナズナちゃんはブランコから立ち上がると、ニカッと笑って、親友の元へとかけよります。
「おつかれー! スッキリしたでしょ?」
「なっ……! な、なんでそんなこと言うの! ……もう、ほんとに……」
ツバキちゃんは両手で顔をおおい、耳まで赤くなっています。
「外まで丸聞こえだったよ? ぶしゃーっ、てすごい音してたもん!」
そう言って、ナズナちゃんはわざとらしく耳をすませるふりをします。
「きゃあああっ! い、言わないでってばぁ!」
ツバキちゃんは悲鳴を上げ、両腕を振り回してナズナちゃんを追いかけます。かわいそうに、はずかしさとくやしさで目には大粒の涙がうかんでいます。
ナズナちゃんは笑いながら軽快に逃げ回りつつ、ちらりとツバキちゃんの方をふり返りました。
「でもさ、がまんして苦しそうにしてるより、ちゃんと出して楽になった方がいいじゃん。私、ツバキのこと心配だったんだからね」
「……っ……」
その言葉に、ツバキちゃんは足を止めました。胸のおくがきゅっとしめつけられます。心の中にじんわりとあたたかいものが広がっていくのを、ツバキちゃんはいやおうなしにも感じざるをえませんでした。
「……ありがと……。でも……やっぱり、はずかしいんだから……!」
ナズナちゃんはにっこり笑い、肩を軽くたたきます。
「うん、分かってる。でも、今日改めて確認できたんだけどさ。わたし的にはね……そういう風に、はずかしがってるツバキちゃんが一番かわいいんだよね~」
「か、かわっ……!? ば、ばかぁ!」
ツバキちゃんとナズナちゃんの追いかけっこが再びまくを開けます。二人の声は昼下がりの公園にしばらくひびいていたのでした。
(挿絵 ウニ体(https://www.pixiv.net/users/105669696)様)
チャイムが鳴る音と共に、黒板の前に立った先生が手元のプリントをかかげました。
「はい、それじゃあ今日も帰りの会を始めます。まずは連絡事項です。プリントを忘れないように持って帰ってくださいね。おうちの人にしっかりわたすこと。あと、登下校のときに車や自転車には気をつけて、より道しないで帰るように。」
今日も何事もなく始まる帰りの会。先生の声はいつもと同じ調子でしたが、釜之倉ツバキちゃんの耳には、入っているようで入っていませんでした。
(うう……お腹が痛い……)
お腹の調子が悪くなったのは、帰りの会の前にやっていた掃除の終わり間際のことでした。使ったぞうきんをしぼった時に、水の冷たさが手を伝ってお腹まで届いてしまったのでしょうか。一度感じた痛みはどんどん強くなり、ツバキちゃんの腸の中で爆発寸前のバクダンのように暴れ回っています。
(よりによって、なんで学校なの……)
両腕をお腹の前で組みつつ、痛みで机につっぷしてしまわないよう、ツバキちゃんは必死に顔を上げます。
ぐるる……
ツバキちゃんのお腹のおくから、腸がねじれるような感覚が走ります。ツバキちゃんは気取られないように周囲を見回します。まわりの子は先生の話に注意がいっています。腹痛にもだえるツバキちゃんのことにはだれも気づいていないようです。
(だめだめ……顔に出しちゃだめ。気づかれたら終わりよ……)
ツバキちゃんは懸命に歯を食いしばりつつ、しかしいつものすました顔をとりつくろおうとしています。けれども、波のようにおそってくる痛みのせいで、油断するとすぐに表情をくずしてしまいそうです。
「明日の持ち物は……算数の時間に使うそろばんです。くれぐれも忘れないように!」
先生の声に、クラスの数人が「はーい」と返事をしました。
ツバキちゃんもすぐさま返事をしようとしましたが、お腹の痛みで声がかすれます。息をおし殺しながら、ただ黒板と机の上のプリントのはじっこを交互に見つめるしかありません。
(早く終わって……早くお家に帰りたい……。学校のトイレなんて絶対いや……!)
ツバキちゃんは自他ともにみとめるクラスの人気者。そんなツバキちゃんが、学校のトイレでぴーぴーのゲリうんちなんてすれば、男子みたいにからかわれる、なんてことはなくとも、しばらくはみんなの記憶に残ってしまうことはまちがいありません。プライドの高いツバキちゃんには、とてもたえられることではありませんでした。
視線の先では、何人かの友だちが笑いながら明日の話をしています。けれど、ツバキちゃんにはそのやりとりを聞くよゆうもありません。小さな冷や汗が首筋を伝っていき、頭の中ではただ一つ、家のトイレのことだけが強くうかんでいました。
先生が最後に
「では、今日も気をつけて帰りましょう」
としめくくり、帰りの会は終わりました。ツバキちゃんはすぐに立ち上がりたい気持ちにかられますけど、急に立ったらお腹が変にゆれて、たえられなくなってしまいそうです。いすに座りこんだまま、ほんの少しだけ深呼吸をすると、しんちょうに、けれど手早く席を立ちました。
そのままツバキちゃんはランドセルを背負い、昇降口まで小走りでかけ、靴箱の前に着くと、急いで上ばきをぬいで外靴にはきかえます。
その時――。
「あれ、ツバキ? そんなに急いでどこ行くの?」
軽い雰囲気の声が横から飛んできました。ツバキちゃんの友だち――そう言うとツバキちゃんは否定しますが――の泉ナズナちゃんです。髪をゆらしながら、にこにこと笑顔で近づいてきます。
ぎゅるるる……
「……べ、別に。早く帰りたいだけよ」
つばきは靴ひもを結びながら短く答えました。お腹のおくがまたねじれるようにうなり、おでこに汗がにじみます。
ナズナちゃんは首をかしげて、わざとらしく肩を落としました。
「えーっ、そんなに私といっしょに帰るのイヤなの? ひどいなあ……」
ウソ泣きまじりの声に、ツバキちゃんは思わずムッとします。
「ち、ちがうってば! べつにイヤとかじゃ……」
「じゃあいっしょに帰ろうよ!」
勢いよく言われ、ツバキちゃんはぐっと言葉を飲みこみました。お腹の痛みと、空気を読まない目の前の相手へのイライラと、理由を言えないもどかしさが重なって、心の中で大きなため息をつきます。
(どうして今なのよ……。こんなときに限って……! でも、このままナズナをつき放しても、しつこく食い下がってきそうだし……)
「……じゃあ、いいわよ。でも今日はいそがしいし、しゃべらず、まっすぐ帰るわよ」
しぶしぶうなずいたツバキちゃんの顔は、あせりとはずかしさで赤くなっていました。ナズナちゃんはそんな様子を気にも留めず、楽しそうに
「やったぁ!」
と声を上げます。
「ちょっと……声大きいってば……!」
ナズナちゃんの声に押されるように、ツバキちゃんは靴箱から足を踏み出しました。しかし心の中では、波のようにおしよせる便意が、確実に歩みを重くしていました。
(うぅ……ナズナにバレなきゃいいけど……)
というわけで、学校をはなれ、住宅街の細い道を二人は並んで歩いていました。ようやく夏も過ぎたばかりですが、空にはまだまだ青色が残っています。だれかが早めの晩ごはんの準備でもしてるのでしょうか、どこからかカレーのにおいがただよってきました。
「ねえツバキ、こないだの図工のねんど工作のこと覚えてる? ユウタさ、ハルキゲニアのできそこないみたいなの作ってたでしょ。あれ『未来のロボット』だって! ギャハハ!」
ナズナちゃんは元気いっぱいで、思いついたことを次から次へまくし立てていました。その上、自分で言ったことに手をたたいて笑いころげています。ツバキちゃんから「しゃべらず、まっすぐ帰る」と言われたことなど、最初から聞いていなかったかのようです。
「……あー、うん。たしかにアレ、ケッサクだったわね……」
となりのツバキちゃんはと言えば、怒りさえせず、適当に相づちを打つだけ。口を結んだまま、ただ前を向いて歩いていました。
もちろん、心の中では、
(いや、それただの腹いせでしょ! ユウタに自分が作ってたロダンのパロディをパクリ呼ばわりされたの根に持ってるよね?)
などと思っているわけですが、そんなことを口にするよゆうもないのです。ツバキちゃんのお腹のおくでは、相変わらずじわじわと強い痛みが広がっています。
(うぅ……やばい……家までまだ一〇分以上あるのに……)
必死に平然を装っているツバキちゃんですが、返事がそっけなくなっているのはだれの目にも明らかでした。
「……おっかしーなー。ツバキ、今日はいつにもまして塩対応すぎじゃない?」
ナズナちゃんも、話し相手の様子がおかしいことに気づいたようです。
「う、うるさいわね……別に……」
ツバキちゃんは、語尾がふるえるのをごまかすように早足になります。けれどお腹の中は言うことをききません。
ぐるるるる……
ツバキちゃんの腸が、今日何回目かのうねりを上げます。
そして次の瞬間――。
ぷすうっ……
短いながらもはっきりとした音が、スカートの中からもれてしまいました。ツバキちゃんはこおりついたように足を止め、顔を真っ赤にします。
(うそ……でちゃった……!?)
ナズナちゃんは一瞬きょとんとした顔をしましたが、すぐに鼻をひくつかせました。
「……ん? なんか変なにおいしない? ……ツバキ、おならした?」
「し、しないっ! な、なんにもしてないから!」
ツバキちゃんは両手をぶんぶんふって必死に否定します。しかし空気に混じったにおいはごまかしようがありません。そんなツバキちゃんの様子を察したかのように、ナズナちゃんはわざと大げさに顔をしかめました。
「うわぁ……ギネス級のくささだよこれ。やばいって……!」
「ちがっ……そんなにくさくないでしょ! ……あっ」
あまりの言いように、ツバキちゃんは腹が立って、つい反射的に怒鳴ってしまいました――それはかえって、自分が犯人だと自白したようなものでした。そのことに気づいたのか、ツバキちゃんは思わず口に手を当てます。
「やっぱりツバキじゃん!」
「ち、ちが……っ、うぅ……」
観念したようにうつむき、耳まで赤く染めるツバキちゃん。はずかしさと便意がないまぜになって、胸がぎゅっとしめつけられます。
(なんで……なんでよりによってナズナの前で……っ)
ナズナちゃんはそんなツバキちゃんの肩を軽くたたき、わざと明るい声を出しました。
「まあまあ、だれだっておならする時はあるって! 私だって、授業中にスカそうとしたら思っきりボウハツしちゃったことあるし! ごまかすのに大変だったな~」
「い、いっしょに……しないでよ……っ」
ナズナちゃんにしてはめずらしく、真っ当にはげますような口調に聞こえなくもないけれど、ツバキちゃんにとっては泣きっ面にハチ。ますますはずかしさが増していきます。
その間にもお腹の痛みは強まり、ドロドロの中身が出口をおし広げようとしています。
(やだ……もう一回は、絶対に……っ!)
ツバキちゃんは太ももをきゅっとよせ、苦しげにくちびるをかみながら歩き続けるのでした。
住宅街をぬけると、道ぞいに小さな公園が見えてきました。近所の子は別の公園や習いごとに行っているのでしょうか、ツバキちゃんとナズナちゃんの他に人はいません。
ナズナちゃんは、入り口からそんな公園の様子をのぞきこみ、次いでツバキちゃんの顔を見つめました。
「ねえツバキ、大丈夫? さっきから歩き方ヘンだよ」
「……べ、別に……っ。なんでもないんだから……」
ツバキちゃんは眉をひそめてそっぽを向きましたが、両手はお腹をおさえたままです。汗ばんだ指先がふるえていました。
「ぶっちゃけで聞いちゃうね。ツバキ、おならだけじゃなくて、明らかにお腹こわしてるよねぇ。早くトイレ行った方がいいと思うけどな~」
「……よけいなお世話よっ」
しかし、ナズナちゃんの言う通りでした。今のツバキちゃんは、歩いているだけでせいいっぱい。このまま家までがまんできるとは、本人にさえ考えられないことでした。
(……本当っ、ナズナはこういう時だけはするどいんだからっ……)
ナズナちゃんの見すかすような言葉に、ツバキちゃんはムカムカしながらも、それ以上の反論の言葉がわいてこず、ただただとほうにくれるだけです。
そのナズナちゃんは少し考えてから、公園のおくを指さしました。
「ほら、あそこにトイレあるじゃん。入ってきたら?」
「なっ……! そ、そんなとこ……ぜったいイヤ!」
すぐに強く否定するツバキちゃん。ですが、その直後、
ぐぎゅるるるるっ!
とお腹が大きな音を立てました。
ツバキちゃんの顔が一気に赤くなり、目線を泳がせます。
「もう、意地張らないで! もれちゃったら余計にはずかしいでしょ」
「……っ、うぅ……」
ツバキちゃんはくちびるをかみ、しばし立ちつくしました。
ごぽぽぉっ! ぎゅるるる ぶぎゅるるるるっ!
次の便意の波が一気におしよせます。それはまるで、その場でしゃがみこみたくなる程の痛みでした。
「……っ、わかったわよ……! でも……絶対他の子には言わないでよね……!」
「言わなくたって分かってるよ! 親友がイヤになるようなことなんて、私、絶対言わないから!」
ナズナちゃんの言葉を背に、ツバキちゃんは足早に公園のトイレへかけこみました。
コンクリート造りの古びた建物。個室のドアをおすと、かびくささと洗剤のにおいが入り混じった空気が鼻をつきます。
中には和式便器が一つ。ゆかのタイルにはところどころカビやシミが残っていて、決してきれいとは言えません。
(……やだ……こんなとこでなんて……でも、もう無理……っ!)
スカートをまくり上げ、黒地のレース付きのパンツをあわてて下ろすツバキちゃん。背中のランドセルの重みのおかげもあって、勢いよく便器の上にしゃがみこみました。ゆかのタイルが目に入った、次の瞬間――。
ぶぷっ ぶりゅるるるっ!!
勢いよく、コルク栓のようにやわらかめのかたまりが飛んでいったかと思うと、
びちゃびちゃびちゃあぁぁぁーっ!! ぶちゅるるるぅーっ!!
続いて水のようにうんちがふき出しました。便器の底に茶色いしぶきがはじけ、個室には耳をつんざくような音がひびきます。
「ひゃっ……あぁぁぁっ……!」
ようやくがまんしていたものを解き放つことのできたうれしさか、それともはずかしさか。口から悲鳴のような声がもれます。次の瞬間、ツバキちゃんはわれに返り、顔を真っ赤にして両手で口を押さえました。
(きこえちゃう……絶対外にきこえてる……っ!)
しかしお腹の波は止まりません。
ごろごろごろ……ぶじゅるるるるるっ!! びしゃあぁぁっ!!
「あぁぁ……やだ……止まらない……!」
ツバキちゃんの腸の中にたまっていたものが次々におし出され、便器の中に山くずれのように広がっていきます。玉ねぎと生卵を夏場に放置したような、鼻をつくにおいが個室を満たし、目に涙がにじむほどでした。
(せめて、もうちょっと、静かにしなきゃ……っ!)
音が鳴らないよう、ツバキちゃんが必死にふん張ってたえようとするたびに、おしりの穴はすぼまり、かえってさらにたくさんのゲリうんちが勢いを増してほとばります。
ぶびびびびっ!! ぶしゃ――っ!! びちびちびちゃ!
あまりの勢いに、思わずツバキちゃんは便器の上で小さく体をふるわせました。
(こんな……ナズナに知られたら……はずかしすぎる……っ! でも、もう……止められない……!)
ごろごろごろごろっ ぎゅるるるるっ!
ツバキちゃんのお腹にダメおしの痛み。
「うぁぁぁっ……だめぇぇっ……!!」
ツバキちゃんは声をもらしながら、思わず背中を丸めます。
ぶばばばばっ! ぶじゅじゅじゅじゅびちゃちゃっ!!
すでにそこにたまった便器のぴーぴーうんちがはね、ツバキちゃんのおしりにまでおつりがかかりました。水っぽいうんちが肌を伝う不快な感覚。ツバキちゃんの顔はゆがんでしまいます。
(……もうっ、いやっ……)
けれども、ツバキちゃんはもはや抵抗する気力も残っていませんでした。ただただ、残りのうんちを便器へとそそぎこむことしかできなかったのです。
ぶじゅるるるっ ぷしゅうぅ ぷーっ
長い長いうんちも終わり、ようやくお腹の痛みが弱まり始めました。おしりの穴からは、わずかながらのガスが力なくもれます。
「はあっ、はあっ……」
ちょろちょろちょろちょろ……
あらい息つぎの合間に、おまたから、こちらも昼休みからたまっていたおしっこがしたたり落ちます。思わず口元をゆるませるツバキちゃん。ほっぺたには涙と汗が交じり合いながら伝い、全身が力のぬけたようにふるえていました。
(……でちゃった……全部……。スッキリはできたけど……は、はずかしい……)
しばらくその場で動けずにいたツバキちゃんは、ようやくかべのトイレットペーパーに手をのばし、おしりの穴と、そして汚れたしりたぶをぬぐい始めました。
(絶対、ナズナにからかわれるわ……でも、ナズナがいなきゃ、きっと間に合わなかったし……あーっ、どういう顔して出てくりゃいいのよっ!)
トイレの外でニヤニヤしながら待っているナズナちゃんの顔が、ツバキちゃんの頭に浮かびます。そう思うと、ツバキちゃんの胸はドキドキと鳴り、どうしても足がすくんでしまうのでした。
公園のブランコに座って待っていたナズナちゃん、トイレの方から足音がするのに気づき、顔を上げました。
そこには、用をすませたツバキちゃんが、顔を真っ赤にし、目線を地面に落としたまま立ち尽くしていました。シャツのすそをにぎりしめる手がふるえていました。
ナズナちゃんはブランコから立ち上がると、ニカッと笑って、親友の元へとかけよります。
「おつかれー! スッキリしたでしょ?」
「なっ……! な、なんでそんなこと言うの! ……もう、ほんとに……」
ツバキちゃんは両手で顔をおおい、耳まで赤くなっています。
「外まで丸聞こえだったよ? ぶしゃーっ、てすごい音してたもん!」
そう言って、ナズナちゃんはわざとらしく耳をすませるふりをします。
「きゃあああっ! い、言わないでってばぁ!」
ツバキちゃんは悲鳴を上げ、両腕を振り回してナズナちゃんを追いかけます。かわいそうに、はずかしさとくやしさで目には大粒の涙がうかんでいます。
ナズナちゃんは笑いながら軽快に逃げ回りつつ、ちらりとツバキちゃんの方をふり返りました。
「でもさ、がまんして苦しそうにしてるより、ちゃんと出して楽になった方がいいじゃん。私、ツバキのこと心配だったんだからね」
「……っ……」
その言葉に、ツバキちゃんは足を止めました。胸のおくがきゅっとしめつけられます。心の中にじんわりとあたたかいものが広がっていくのを、ツバキちゃんはいやおうなしにも感じざるをえませんでした。
「……ありがと……。でも……やっぱり、はずかしいんだから……!」
ナズナちゃんはにっこり笑い、肩を軽くたたきます。
「うん、分かってる。でも、今日改めて確認できたんだけどさ。わたし的にはね……そういう風に、はずかしがってるツバキちゃんが一番かわいいんだよね~」
「か、かわっ……!? ば、ばかぁ!」
ツバキちゃんとナズナちゃんの追いかけっこが再びまくを開けます。二人の声は昼下がりの公園にしばらくひびいていたのでした。
(挿絵 ウニ体(https://www.pixiv.net/users/105669696)様)
0
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
夜寝たくなくて朝起きたくない
一郎丸ゆう子
絵本
大人のための絵本です。現代人って夜寝たくなくて朝起きたくない人が多いな、でも、夜は寝ないと困るし、朝は起きないとなんないなんだよね、なんて考えてたら出来たお話です。絵はcanvaで描きました。
バイバイ、ハロー!
たこす
児童書・童話
犬型ペットロボットのハローはかいりちゃんといつも一緒。
毎日毎日ボール遊びやおいかけっこで遊んでます。
ところが、突然かいりちゃんがハローの前からいなくなってしまいました。
かいりちゃんの声が聞こえない。
いつまでも待ち続けるハローに、かいりちゃんの声が聞こえてきました。
おなか痛い
味噌村 幸太郎
絵本
毎日、お腹を壊す光男。
学校でトイレを使うことをためらっていた。
なぜなら、クラスメイトから冷やかされるから。
そんな彼はある日、漏らしてしまう。
光男は泣いて学校のみんなが怖くなってしまう。
だが、彼を助けたのは普段離したことない女の子だった。
※本作はクローン病をテーマにした作品となります。
まぼろしのミッドナイトスクール
木野もくば
児童書・童話
深夜0時ちょうどに突然あらわれる不思議な学校。そこには、不思議な先生と生徒たちがいました。飼い猫との最後に後悔がある青年……。深い森の中で道に迷う少女……。人間に恋をした水の神さま……。それぞれの道に迷い、そして誰かと誰かの想いがつながったとき、暗闇の空に光る星くずの方から学校のチャイムが鳴り響いてくるのでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる




