そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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電話3

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「……話、って」
 
 かわいた舌で呟いた言葉は、いまにも消え入りそうなほどかすれていた。
 
 話。
 黒崎くんについての話。要さんの話。
 
 頭に浮かぶのは、あの日見た身体。死の影さえちらつくほど傷つけられた肌と、苦しげに語られた言葉。
 屋上での一件以来、触れてはいけないことのように目を逸らしていた現実。だって、私に出来ることなんて一つもなかったから。
 
 要さんが話そうとしているのはあのことなんだろうか。華やかで、みんなが憧れている黒崎くんの家の持つ暗い秘密を語ろうとしているんだろうか。それとも。
 
「…………」
 
 私は少し、本当に一瞬だけ悩んだ。黒崎くんに連絡をするべきか、そして今の会話を伝えるべきか。
 けれどすぐに首を振った。
 
(これは、秘密にしておかなきゃいけないこと)
 
 感覚でそう判断して、ただの小さな板に戻った携帯をベッドに放り投げる。黒崎くんは怒るだろうか。秘密で要さんに会うことを、私が、黒崎くんが望む領域を越えた事実を知ろうとしていることを。
 
 でも。
 何もできない私、ただ横にいるのが精一杯な私がもし足を進めることができるのなら。
 
 少しでも役に立てるのなら。
 
(ごめん、黒崎くん)
 
 やっぱり前に進みたい。
 やっぱり、きみのために何かしたい。
 例えきみがそれを拒んでも。
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