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夏
電話2
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黒崎要。
告げられた名前と、記憶の中にある要さんを結びつけるには時間がかかった。
だって、私の知る要さんはフレームの細い銀縁眼鏡が印象的ないかにも真面目、厳格っていう感じの人で。征一さんの隣で神経質そうに眉間を寄せている姿は、到底こんな風にしゃべるようには思えなかったから。
「か、要さん、なんですか?その、本当に……」
「嘘だとしても確認なんて取れないでしょ、とりあえず信じておきなよ」
「あの、なんで私に、電話なんて」
「前から連絡を取りたかったんだけど連絡先がわかんなくってさ。でも学校で探すわけにもいかなくて、しょうがないから秀二の携帯を」
「そうじゃなくてっ」
思わず声を大きくする私に、電話ごしの声がなだめるような響きを帯びる。
「わかってるよ、言いたいこと。でも話すと長くなるから後回し」
「………」
「秀二が風呂から出てきたら、面倒だしね」
言外にふくまれた秘密の予感に、携帯を持つ手が汗ばむ。
私の緊張が伝わったのか、通話口の向こうで要さんが笑った……気がした。
「というわけで用件は簡潔に。今度、俺とデートしようよ」
「デ……」
理解できない言葉に、ショートする思考。数秒して、ようやく意味を理解した私は悲鳴に近い大声を上げた。
「え、えええぇっ!?」
思いっきり張りあげた声に、リビングからお母さんの注意が飛ぶ。慌てて口元をおさえたけど、全身に動揺を伝える鼓動までは抑えられなくて。
(なんで!?)
(どうして!?)
(どういう流れでそんな話に!?)
立て続けに湧き上がっては頭の中をぐるぐる回る疑問符に、めまいがしそうだった。
「なにその反応、俺が相手じゃ不満ってわけ」
「ち、ちがっ、すみません、そうじゃなくて、なんで突然…」
「別に取って食おうってわけじゃないんだからデカい声でわめかないの。話をしたいだけだよ」
たしなめるような軽い口調からは要さんが何を考えているのか、何をしようとしているのかまるで窺えない。
そもそも、この人は本当に要さんなんだろうか。疑ってもも意味なんてないのはわかっているけど、学校での姿と雰囲気が違いすぎてつい訝しく感じてしまう。
でも、次の瞬間ささやかれた言葉は、胸のなかの疑いや不安を一気にばらばらにしてしまうものだった。
「秀二のことでね、一度ゆっくりオハナシしたいと思って」
「……!」
鼓動がひときわ大きく脈打った。
黒崎秀二くん。
私の好きな人。
助けたい人。
たくさんの傷を抱えている人。
「………」
だから、私はそれ以上迷うのをやめた。
「いつ、ですか」
かたくこわばった声。口にたまる唾液をごくりと飲み込んで、私は要さんの返事を待った。
白く塗りつぶされていた意識が五感を取りもどして、カチカチと響く秒針の音が、急にはっきりと聞こえ始める。
「そうだな、俺もいろいろ忙しいし明日でもいい?」
「明日ですか?」
「無理なら別の日にするけど」
「いえ、大丈夫……です」
「そ?じゃあ場所と時間だけど、関川の西口を出てコンビニ横の通路を進むと黒いビルがあるから、そこの三階。看板出てないけど多分わかると思う、一時集合ね」
関川駅は桃山駅から20分ほどの、ビジネス街と繁華街が混じった大きな街だ。私もたまに服や雑貨を買いに出かけていた。
「ああ、デートって言っても夜まで付き合わせるつもりはないから。心配しなくてもいいよ」
「えっと、あ、わかりました」
「……冗談だよ。んな緊張する必要ないって」
からかうように笑うと、要さんは「じゃあね」と電話を切った。
…………。
短い沈黙、
そして、糸が切れたように脱力する両膝。縞模様ののラグに座り込んで、私は深く長い息を吐きだした。
告げられた名前と、記憶の中にある要さんを結びつけるには時間がかかった。
だって、私の知る要さんはフレームの細い銀縁眼鏡が印象的ないかにも真面目、厳格っていう感じの人で。征一さんの隣で神経質そうに眉間を寄せている姿は、到底こんな風にしゃべるようには思えなかったから。
「か、要さん、なんですか?その、本当に……」
「嘘だとしても確認なんて取れないでしょ、とりあえず信じておきなよ」
「あの、なんで私に、電話なんて」
「前から連絡を取りたかったんだけど連絡先がわかんなくってさ。でも学校で探すわけにもいかなくて、しょうがないから秀二の携帯を」
「そうじゃなくてっ」
思わず声を大きくする私に、電話ごしの声がなだめるような響きを帯びる。
「わかってるよ、言いたいこと。でも話すと長くなるから後回し」
「………」
「秀二が風呂から出てきたら、面倒だしね」
言外にふくまれた秘密の予感に、携帯を持つ手が汗ばむ。
私の緊張が伝わったのか、通話口の向こうで要さんが笑った……気がした。
「というわけで用件は簡潔に。今度、俺とデートしようよ」
「デ……」
理解できない言葉に、ショートする思考。数秒して、ようやく意味を理解した私は悲鳴に近い大声を上げた。
「え、えええぇっ!?」
思いっきり張りあげた声に、リビングからお母さんの注意が飛ぶ。慌てて口元をおさえたけど、全身に動揺を伝える鼓動までは抑えられなくて。
(なんで!?)
(どうして!?)
(どういう流れでそんな話に!?)
立て続けに湧き上がっては頭の中をぐるぐる回る疑問符に、めまいがしそうだった。
「なにその反応、俺が相手じゃ不満ってわけ」
「ち、ちがっ、すみません、そうじゃなくて、なんで突然…」
「別に取って食おうってわけじゃないんだからデカい声でわめかないの。話をしたいだけだよ」
たしなめるような軽い口調からは要さんが何を考えているのか、何をしようとしているのかまるで窺えない。
そもそも、この人は本当に要さんなんだろうか。疑ってもも意味なんてないのはわかっているけど、学校での姿と雰囲気が違いすぎてつい訝しく感じてしまう。
でも、次の瞬間ささやかれた言葉は、胸のなかの疑いや不安を一気にばらばらにしてしまうものだった。
「秀二のことでね、一度ゆっくりオハナシしたいと思って」
「……!」
鼓動がひときわ大きく脈打った。
黒崎秀二くん。
私の好きな人。
助けたい人。
たくさんの傷を抱えている人。
「………」
だから、私はそれ以上迷うのをやめた。
「いつ、ですか」
かたくこわばった声。口にたまる唾液をごくりと飲み込んで、私は要さんの返事を待った。
白く塗りつぶされていた意識が五感を取りもどして、カチカチと響く秒針の音が、急にはっきりと聞こえ始める。
「そうだな、俺もいろいろ忙しいし明日でもいい?」
「明日ですか?」
「無理なら別の日にするけど」
「いえ、大丈夫……です」
「そ?じゃあ場所と時間だけど、関川の西口を出てコンビニ横の通路を進むと黒いビルがあるから、そこの三階。看板出てないけど多分わかると思う、一時集合ね」
関川駅は桃山駅から20分ほどの、ビジネス街と繁華街が混じった大きな街だ。私もたまに服や雑貨を買いに出かけていた。
「ああ、デートって言っても夜まで付き合わせるつもりはないから。心配しなくてもいいよ」
「えっと、あ、わかりました」
「……冗談だよ。んな緊張する必要ないって」
からかうように笑うと、要さんは「じゃあね」と電話を切った。
…………。
短い沈黙、
そして、糸が切れたように脱力する両膝。縞模様ののラグに座り込んで、私は深く長い息を吐きだした。
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