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夏
再会2
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しきりに幸記くんのほうを見ながら歩く黒崎くんと、平気だよと言わんばかりに笑って足を進める幸記くん。
あの雨の日と同じ姿。
でも、二人のまとう空気は柔らかくて、優しくて。胸のなかにじんわりと幸せが湧いてくる。
「悪い、待たせた」
ちょっと申し訳なさそうな黒崎くんの言葉に、思いきり首を振る。
「ううんっ、今来たとこだから大丈夫」
「桂さん、久しぶり」
「久しぶり。幸記くん、ちょっと背伸びた?」
「そうかな?良かった、俺身長低いから」
深めにかぶった帽子のつばを引っぱりながら、照れくさそうに笑う幸記くん。電話で言葉をかわしたり、黒崎くんに様子を聞いたりはしていたけど実際に会うのは初めて会った時以来。
「桂さんも、少し雰囲気変わったよね」
「私が?どのへん?」
「うまく言えないけど、髪長くなったし……女の子っぽくなった、って言うか。秀二もそう思わない?」
「さあ」
私なんかよりよっぽど可愛い顔をほんのり染めてしゃべる幸記くんとは反対に、黒崎くんは淡淡とした表情で携帯の画面と頭上の発着時刻を見比べている。
……やっぱり、黒崎くんにとっては私の髪の長さなんてどうでもいいんだろうなあ。
(無理して新しいサンダルとか履いてきて、馬鹿みたい)
胸の奥がちくりと痛む。
つまらないこと気にしてるって、自分でもわかっているのに。
私の気持ちなんて知るよしもない黒崎くんが、小さく頷いて振り返った。
「12分の電車に乗るから」
「うん。まず関川に出るんだっけ」
要さんの一件以来避けていた場所だけどもちろんそんなことは言えない。
「そう。で、地下鉄に乗りかえた後バス」
「結構かかるよね」
「山の方だからな。多少遅れても2時間はかからないと思うけど」
「あ、悪い意味で言ったんじゃないよ。遠出するのって楽しいし」
慌てて手を振ると、黒崎くんは「そう」と興味なさそうに呟いて。それで話は終わりかと思ったのだけど視線はその場に留まったままで。
「?」
私の顔……より、少し低い位置に注がれる目。ゴミでもついてるのかと肩のあたりを触ってみても何もなくて、念のため数回首を振ったところで弾かれたように視線が離れた。
「な、なに?」
わけがわからなくてそう尋ねても、黒崎くんは何事もなかったようにそっぽを向くだけ。
「なにも」
「でも、さっき私のこと」
「何でもないって言ってんだろ」
早口に会話を打ち切ると、今度こそ改札口の方へ行ってしまった。
(……なんだったんだろう……)
黒崎くんが話さないのはいつものことだし今さら驚いたりはしないけど、戸惑ったり、もどかしく感じることはある。もっと思ったことを口に出してもいいのに。そっちのほうが、楽なはずなのに。
心のなかで小さくため息をつきながらもう一度肩をなぞると、指先に毛先が触れた。
…………毛先?
あ。と思い出したのはさっきの幸記くんの言葉。
『髪長くなったし……女の子っぽくなった、って言うか』
はにかみながら微笑んでいた幸記くんと、何も言わずに私を見た黒崎くん。二人の表情は正反対って言ってもいいくらい違ったけど、二組の目に映っていたのは同じもの、つまり、私の肩、より少し伸びた髪だったわけで。
それって。
それって、幸記くんの言葉を、黒崎くんが。
(……いやいやいや! それはちょっと希望的観測すぎるから)
自動的に辿りついた都合のいい結論に、私はさっき以上に大きく首を振った。ないない。黒崎くんに限って私の見た目を気にするなんてない。
ましてや髪の長さなんてほとんどの男の子にとってはどうでもいいことだし、それに、黒崎くんは幸記くんと違ってほぼ毎日学校で私を見ていたわけだし、だから。だからっ。
浮かれる気持ちを必死に抑えても、弾む心は止まらない。
髪が伸びたことに気付いてもらえた。かもしれない。たったそれだけなのに自分でも驚くほど嬉しくて、思わずお礼を言いたくなってしまう。
こんな幸せな気持ちにしてくれてありがとうって。
私は普通の高校生で、特別得意なことがあるわけでもなくて。要さんの言う通り黒崎くんの助けになんてなれないのかもしれない。
それでも、無力だっていじけたり、泣いて逃げたりはしたくない。だって私には、黒崎くんが好きっていう気持ちがある。
黒崎くんだけじゃない。幸記くんだって、大事な人。
だから。
魔法みたいなことは起こせないけど、心の傷を消すことはできないけど。
(せめて、今日という日を楽しくしたい)
決意、なんて立派なものじゃない。自分との小さな約束を胸に抱いて私は黒崎くんの背中を追いかけた。
ガラスの天井から差し込む昼の光が、足元のタイルの上で柔らかく揺らめいていた。
あの雨の日と同じ姿。
でも、二人のまとう空気は柔らかくて、優しくて。胸のなかにじんわりと幸せが湧いてくる。
「悪い、待たせた」
ちょっと申し訳なさそうな黒崎くんの言葉に、思いきり首を振る。
「ううんっ、今来たとこだから大丈夫」
「桂さん、久しぶり」
「久しぶり。幸記くん、ちょっと背伸びた?」
「そうかな?良かった、俺身長低いから」
深めにかぶった帽子のつばを引っぱりながら、照れくさそうに笑う幸記くん。電話で言葉をかわしたり、黒崎くんに様子を聞いたりはしていたけど実際に会うのは初めて会った時以来。
「桂さんも、少し雰囲気変わったよね」
「私が?どのへん?」
「うまく言えないけど、髪長くなったし……女の子っぽくなった、って言うか。秀二もそう思わない?」
「さあ」
私なんかよりよっぽど可愛い顔をほんのり染めてしゃべる幸記くんとは反対に、黒崎くんは淡淡とした表情で携帯の画面と頭上の発着時刻を見比べている。
……やっぱり、黒崎くんにとっては私の髪の長さなんてどうでもいいんだろうなあ。
(無理して新しいサンダルとか履いてきて、馬鹿みたい)
胸の奥がちくりと痛む。
つまらないこと気にしてるって、自分でもわかっているのに。
私の気持ちなんて知るよしもない黒崎くんが、小さく頷いて振り返った。
「12分の電車に乗るから」
「うん。まず関川に出るんだっけ」
要さんの一件以来避けていた場所だけどもちろんそんなことは言えない。
「そう。で、地下鉄に乗りかえた後バス」
「結構かかるよね」
「山の方だからな。多少遅れても2時間はかからないと思うけど」
「あ、悪い意味で言ったんじゃないよ。遠出するのって楽しいし」
慌てて手を振ると、黒崎くんは「そう」と興味なさそうに呟いて。それで話は終わりかと思ったのだけど視線はその場に留まったままで。
「?」
私の顔……より、少し低い位置に注がれる目。ゴミでもついてるのかと肩のあたりを触ってみても何もなくて、念のため数回首を振ったところで弾かれたように視線が離れた。
「な、なに?」
わけがわからなくてそう尋ねても、黒崎くんは何事もなかったようにそっぽを向くだけ。
「なにも」
「でも、さっき私のこと」
「何でもないって言ってんだろ」
早口に会話を打ち切ると、今度こそ改札口の方へ行ってしまった。
(……なんだったんだろう……)
黒崎くんが話さないのはいつものことだし今さら驚いたりはしないけど、戸惑ったり、もどかしく感じることはある。もっと思ったことを口に出してもいいのに。そっちのほうが、楽なはずなのに。
心のなかで小さくため息をつきながらもう一度肩をなぞると、指先に毛先が触れた。
…………毛先?
あ。と思い出したのはさっきの幸記くんの言葉。
『髪長くなったし……女の子っぽくなった、って言うか』
はにかみながら微笑んでいた幸記くんと、何も言わずに私を見た黒崎くん。二人の表情は正反対って言ってもいいくらい違ったけど、二組の目に映っていたのは同じもの、つまり、私の肩、より少し伸びた髪だったわけで。
それって。
それって、幸記くんの言葉を、黒崎くんが。
(……いやいやいや! それはちょっと希望的観測すぎるから)
自動的に辿りついた都合のいい結論に、私はさっき以上に大きく首を振った。ないない。黒崎くんに限って私の見た目を気にするなんてない。
ましてや髪の長さなんてほとんどの男の子にとってはどうでもいいことだし、それに、黒崎くんは幸記くんと違ってほぼ毎日学校で私を見ていたわけだし、だから。だからっ。
浮かれる気持ちを必死に抑えても、弾む心は止まらない。
髪が伸びたことに気付いてもらえた。かもしれない。たったそれだけなのに自分でも驚くほど嬉しくて、思わずお礼を言いたくなってしまう。
こんな幸せな気持ちにしてくれてありがとうって。
私は普通の高校生で、特別得意なことがあるわけでもなくて。要さんの言う通り黒崎くんの助けになんてなれないのかもしれない。
それでも、無力だっていじけたり、泣いて逃げたりはしたくない。だって私には、黒崎くんが好きっていう気持ちがある。
黒崎くんだけじゃない。幸記くんだって、大事な人。
だから。
魔法みたいなことは起こせないけど、心の傷を消すことはできないけど。
(せめて、今日という日を楽しくしたい)
決意、なんて立派なものじゃない。自分との小さな約束を胸に抱いて私は黒崎くんの背中を追いかけた。
ガラスの天井から差し込む昼の光が、足元のタイルの上で柔らかく揺らめいていた。
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