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夏
悪夢2
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……どのくらい眠っていたんだろう。
目を開いたとき、あたりはまだ真っ暗だった。
明かりはギリギリまで落とされていて、どうにかものの輪郭がわかる程度。身体もまだ疲れているし、明らかに間違えて目覚めたっていう感じがする。
(……変な時間に起きちゃったなあ)
みんな眠りこんでいるのに、自分だけが降ってわいたみたい。寝ぼけ眼を片手でこすりながら周囲を見回しても目に入るのは暗い灰色に沈んだ風景ばかりで、もう一度寝ようとベッドに倒れ込む。
けれど。
「…………?」
徐々に感覚を取りもどした耳が、小さな声を拾いあげた。
苦しんでいるような
うめいているような悲しい声。
(え……っ!?)
一気に目が覚めて、私は慌てて身体を起こした。幸記くんに何かあったのかもしれないと、手探りでベッドを降りて声のほうへと近付く。
暗闇にとけてしまいそうな密やかな声は、けれど胸がつぶれそうなほど痛々しくかすれていた。
聞いているこちらがつらくなるような悲痛な声。泣きたいのに泣けないような声をこれ以上聞きたくなくて、まだ痛む足をよろよろ動かすと。
その主は。
「…………」
ソファの背もたれに手をかけたまま、目を見張る。
声の主は、背を丸めてうなされている黒崎くんだった。
「く…………」
黒崎くん。
そう名前を呼べなかったのは、そばで寝ている幸記くんが起きると思ったから、というのもあるけど。何より、黒崎くんの痩せた背中が苦痛に満ちていたから。
よほど悪い夢を見ているんだろう。ひじかけに押しつけられた口元は、ひどく苦しげに同じ言葉をくり返していた。
「ご……、な……ぃ……」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
他の言葉を忘れたように、何度も何度も謝り続ける薄い唇。五本の指が、すがるようにクッションを握りしめているのが夜目にうっすら浮き上がっている。
「黒崎くん?」
耐えきれず、私は耳元で呼びかけた。
たとえ夢のなかでも、黒崎くんが苦しむ姿なんて見たくない。だから、小声で名前を呼びながら怯える子供みたいに震える肩にそっと触れた。
「黒崎くん、ねえ、起きて」
なんとかして目覚めてほしい。悪夢から解放されてほしい。願いを込めて少し強めに肩を揺すると。
「っ!?」
不意に、強く手を引かれた。
驚いた目で前を見れば、私同様目を見張った黒崎くんがこちらを見ていて。
「…………」
どうやら無意識のまま手を引っぱったみたいで、黒い目は大きく見開かれている。
わずかな照明に照らされる瞳は、寝ぼけているというより私を通りこしてどこか遠くを見ているみたいだった。
目は覚めたのに、心はまだ悪夢の中にいるような。深い深い場所で、今も謝り続けているような。
「…………ひ、はら……」
やがて絞り出された声は、カラカラに乾いていた。
「……悪い……嫌な夢を…見て……」
肩が、指先が、震えている。
青ざめた顔は、今まで見たどの顔とも違う表情を浮かべていた。怒りでも悲しみでも恐怖でもない。ただただ真っ黒な絶望に塗りつぶされた目。
「……何でもない、何でもないんだ……だから……」
腕を掴んでいた手から、力が抜けた。
糸が切れたように黙ってうつむく黒崎くん。その姿に、私は要さんの言葉を思い出した。
目を開いたとき、あたりはまだ真っ暗だった。
明かりはギリギリまで落とされていて、どうにかものの輪郭がわかる程度。身体もまだ疲れているし、明らかに間違えて目覚めたっていう感じがする。
(……変な時間に起きちゃったなあ)
みんな眠りこんでいるのに、自分だけが降ってわいたみたい。寝ぼけ眼を片手でこすりながら周囲を見回しても目に入るのは暗い灰色に沈んだ風景ばかりで、もう一度寝ようとベッドに倒れ込む。
けれど。
「…………?」
徐々に感覚を取りもどした耳が、小さな声を拾いあげた。
苦しんでいるような
うめいているような悲しい声。
(え……っ!?)
一気に目が覚めて、私は慌てて身体を起こした。幸記くんに何かあったのかもしれないと、手探りでベッドを降りて声のほうへと近付く。
暗闇にとけてしまいそうな密やかな声は、けれど胸がつぶれそうなほど痛々しくかすれていた。
聞いているこちらがつらくなるような悲痛な声。泣きたいのに泣けないような声をこれ以上聞きたくなくて、まだ痛む足をよろよろ動かすと。
その主は。
「…………」
ソファの背もたれに手をかけたまま、目を見張る。
声の主は、背を丸めてうなされている黒崎くんだった。
「く…………」
黒崎くん。
そう名前を呼べなかったのは、そばで寝ている幸記くんが起きると思ったから、というのもあるけど。何より、黒崎くんの痩せた背中が苦痛に満ちていたから。
よほど悪い夢を見ているんだろう。ひじかけに押しつけられた口元は、ひどく苦しげに同じ言葉をくり返していた。
「ご……、な……ぃ……」
ごめんなさい。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
他の言葉を忘れたように、何度も何度も謝り続ける薄い唇。五本の指が、すがるようにクッションを握りしめているのが夜目にうっすら浮き上がっている。
「黒崎くん?」
耐えきれず、私は耳元で呼びかけた。
たとえ夢のなかでも、黒崎くんが苦しむ姿なんて見たくない。だから、小声で名前を呼びながら怯える子供みたいに震える肩にそっと触れた。
「黒崎くん、ねえ、起きて」
なんとかして目覚めてほしい。悪夢から解放されてほしい。願いを込めて少し強めに肩を揺すると。
「っ!?」
不意に、強く手を引かれた。
驚いた目で前を見れば、私同様目を見張った黒崎くんがこちらを見ていて。
「…………」
どうやら無意識のまま手を引っぱったみたいで、黒い目は大きく見開かれている。
わずかな照明に照らされる瞳は、寝ぼけているというより私を通りこしてどこか遠くを見ているみたいだった。
目は覚めたのに、心はまだ悪夢の中にいるような。深い深い場所で、今も謝り続けているような。
「…………ひ、はら……」
やがて絞り出された声は、カラカラに乾いていた。
「……悪い……嫌な夢を…見て……」
肩が、指先が、震えている。
青ざめた顔は、今まで見たどの顔とも違う表情を浮かべていた。怒りでも悲しみでも恐怖でもない。ただただ真っ黒な絶望に塗りつぶされた目。
「……何でもない、何でもないんだ……だから……」
腕を掴んでいた手から、力が抜けた。
糸が切れたように黙ってうつむく黒崎くん。その姿に、私は要さんの言葉を思い出した。
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