そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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花に似た1

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 九月。
 朝夕の暑さが少しやわらいで、涼しい風が登校中の頬を撫でていく季節。過ごしやすく心地良い、大好きな秋の始まり。
 
 ……なんだけど。
 
(どうして、こんなことになっちゃってるんだろう)
 
 新学期が始まって三週間。
 穏やかに移ろう季節とは裏腹に、私の心は加速をつけて落ち込み中だった。
 
(ぜったい、ぜったいに避けられてる)
 
 誰に。なんて言うまでもない。黒崎くんだ。
 剥き出しの心に触れた、触れられたと思ったあの日から一変、新学期が始まるなり前触れなく背中を向けた黒崎くんによって、私たちの距離はどんどん離れて今や友達どころか他人以下になりそうだった。
 
 話しかけても、メッセージを送っても、返ってくるのは無視か無視に近い最低限の言葉だけ。
 
 それでも何とかきっかけを探して声をかけていたのだけど一方的な話題なんてすぐ尽きるに決まっていて、ここ数日は目も合わせていない。
 
「…………ハァ」
「桂、ため息ついても夏休みは戻ってこないよ」
 
 晩夏のアサガオみたいにしおれた私をなぐさめる雪乃。そうじゃないよと言いたかったけど、首を振る気力すらなかった。

 寂しさも苛立ちもあるけれど、なぜ避けられているのか心当たりがないのが一番悲しい。私に悪い点があったのなら反省もするけど、どれほど考えても原因は思い浮かばず、黒崎くんも教えてくれない。 
 
 確かに近づけたと思ったのに。
 なんで。どうして。
 
 答えのない言葉に俯いた気持ちで携帯を手に取ると、ガラスの花がきらりと輝いた。
 
 黒崎くんがくれた、大事な大事な指輪。学校でのアクセサリーは禁止されているから細いチェーンに通してケースに取り付けたけど、花が揺れるたびにあの日のことが過去になっていくようで悲しかった。
 
「そんな顔しないでさ、王子様でも見て元気だしなよ」
 
 相変わらず勘違いした雪乃が指さしたのはつき当たりの階段。階上から下りてくるたくさんの足音に、なんだろうと視線を向けた瞬間「あ」と声が出た。
 
「征一さん……」
  
 風が吹きこむように、空気が変わる。

「あの、もし良かったらこれ食べてください!」
「私も、上手にできたかわかんないんですけど……」
「一週間前から練習してたんですっ」
 
 口々に話しかける女の子たちに優しく微笑み返す王子様。今日も大勢のファンに囲まれた黒崎征一さんは、輝くようなオーラを振りまきながら廊下を歩いていた。
 
 女の子の半分近くがエプロンや三角巾をつけているのを見るに、調理実習の帰りなのだろう。
 九月ともなれば受験ムードでぴりぴりしている三年生も多いのに、征一さんの周りだけはお花畑に似たふわふわした空気がただよっていた。
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