そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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二度目の会話3

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「けど……幸記くんを閉じ込めたり学校に行かせなかったりしているのは征一さんなんですよね」

 私の疑問に、要さんが小さく頷く。

「うん、隠しといたほうが家のためだからって。あれは……なんだろうな、あんまり征一らしくない発言だった。家から出しても不都合なんてないだろうに、まるで――」

 そう言いかけて、いや、と首を振る。

「ごめん、確証のないこと言うのはやめとく。とにかく、征一は幸記に興味なくて道端の石と同じってことで」

「じゃあ、どうして幸記くんが傷ついてるんですか? 黒崎くんが言ってました、黒崎くんの家では沢山の人が働いていて、幸記くんはその人たちのせいで怪我をしたって……」
 
 征一さんが黒崎くんに手を上げる理由はわかる。もちろん共感も理解もできないけど、征一さんがそれを愛情だと認識しているのは嘘ではないと思っている。
 
 でも幸記くんには何の理由もない。
 なのに、どうしてあの幼い身体が傷を負ったのだろう。どうしてあんなに怯えないといけなかったのだろう。

「多分、きっかけは些細なことだったんだろうね。人間は、そうやって加害の正当性を見出すから」

 要さんが目を細めた。
 痛々しいものを見るように。

 その表情は、いつも冗談っぽい言葉と余裕のある表情で本心を隠している要さんがほんの少し覗かせた生の部分だったのかもしれない。

 要さんも感情を見せたことに気付いたのか、数秒の沈黙の後他人事だと言わんばかりの冷めた口調で続けた。
 
「どう説明したら分かりやすいかな。そもそもさ、うちは親父が筋金入りの根性論者なんだよね。劣っているのは努力が足りないから、正しく自分を磨いていないからってさ。そういう空気が家全体に蔓延してる」
「……」
「そうなると、人間は自分より弱いものを探して叩こうとするよね。劣っているものには理由があるんだから、気持ち良く制裁を下せる」
「…………そんな……」
「家を出た女が、どこの誰ともわからない男との間に産んだ子供。病弱で、学校にも行かず甘やかされているように見える。何の後ろ盾もなくて、捌け口にはもってこいだったってわけだ」

 要さんの口から語られる歪んだ世界。
 誰かが誰かを傷つけて、傷つけられた誰かがまた別の誰かを傷つける救いのない循環。
 
 平穏に暮らしている私なんかには想像できるはずもない暗く行き場のない環境を思うと、その真ん中で佇んでいる幸記くんがたまらなく悲しく感じられた。

「あの」
「なあに」

 考えるより先に、口が動く。

「それって、要さんには止められないんですか?」
「俺?」
 
 私はこくこくと頷いた。
 何でもいいから活路を探したかった。
 
「今、幸記くんに後ろ盾が無いって言いましたよね。それって、お、お父さんや征一さんは幸記くんに無関心で、黒崎くんが守ろうとしても、あまり話を聞いてもらえないからだと思うんですけど」
「そうだね」
「じゃあ、要さんがやめろと言えば、誰も幸記くんに手出しできなくなるんじゃないでしょうか。要さんは何でもできるし、その、しゃべるのだって上手ですし、だから」
「――ストップ」
 
 早口でしゃべる私を片手でさえぎると、要さんは「はぁ」と深いため息をついた。

「言いたいことはわかるけどね、俺に家の奴らへの影響力なんてないよ。親父だってあいつの間に合わせくらいにしか思ってないし」
 
 背もたれに体重を預けて、ゆっくり足を組みかえる要さん。
 眼鏡の奥の目は理知的で、運動神経も抜群だって聞いている。どうしてこの人がこんな風に自身を卑下するのかわからなかった。
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