そして消えゆく君の声

厚焼タマゴ

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壊れた世界で2

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 誰かの葬儀にきたのは、小学生の頃、ひいおばあちゃんが亡くなった時以来だった。 
 最初に目に入ったのは、ここが誰の葬儀の場か示す看板。次に、黒い服を着た大勢の人々、お悔やみの言葉、白黒の幕と、立派な供花。
 
 ぞくりとした。ごまかしようのない、現実の死がそこにあった。
 
 ほんの数日前に征一さんと交わしたやり取りが、おもちゃ箱をひっくり返したみたいに次々とよみがえる。
 無理やり触れられた恐怖の向こうにひらめいた、あどけない笑顔、血まみれの手と不釣合いな穏やかな口調。迷いを帯びた言葉の数々。

 あの人はもういないんだ。
 手に入らない幸せを求めて、きっと何にも触れられないままこの世界から去っていったんだ。
 恐ろしさも怒りも泡のように消えて、ただ悲しみだけが胸をしめつけた。
 
 
 
 私たち他学年の生徒は建物に入ることは許されず、扉の前に並んで黙祷するよう先生に指示された。
 
 式の前も、最中も、辺りはずっとざわざわしていた。
 さざ波のような泣き声はずっと聞こえていて、座り込んで嗚咽する子を友達らしき数人が慰めている。長い髪の女の人が私の横をすり抜けて、嘘だと、声にならない呟きを漏らしたのが、痛いほどくっきり見えた。
 
 足元がぐらぐらする。目の前の現実を、心の壁が拒絶する。
 到底受け入れられなかった。征一さんの未来が断ち切られたことも、幸記くんが決して許されない罪を犯してしまったことも、「彼」に訪れるはずだった細い光が、真っ黒に塗りつぶされてしまったことも。
 どうして、なんでと意味のない疑問符が黒い影のように頭に広がって強く首を振ると、同時に、ひときわ大きなざわめきが上がった。
 
 いっせいに動いた視線の先には開いたガラス扉と、白い布で覆われた直方体の箱。黄色い花束が添えられた、真新しい棺が運ばれていく。
 
「……」
 
 棺の前に立つ要さんの胸には、穏やかに微笑む写真。横で位牌を抱えているのはきっと、お父さんなのだろう。
 それまで何となく想像していた怖い親、怖い権力者のイメージとはまるで異なる細面は、高校生の子供がいるとは思えないほど若く見える。細く通った鼻筋や幅の広いつり目は、どこか幸記くんに似ていた。
 
 私たち参列者は、みんな無言になった。細長い棺に詰められた現実の重さに、声が出なかったと言うほうが正しいのかもしれない。
 息の詰まるような沈黙と、深い悲しみに包まれた空気。けれどそれは、後方から聞こえた驚きの声によって打ち破られた。
 
「ねえ、あれ…」
 
 抑えた声が上がる。
 ひそひそと、囁きにも満たない耳打ちが広がるにつれ、人の列はモーセの海のようにわかれて一人分の道を空けた。
 
 ふらつき、よろめきながら現れた黒崎くんのために。
 
 
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