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1、調査官
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馬車が大きく揺れるたび、身体が跳ね上がる。
トウヤにはそれが面白くてたまらない。
久しぶりの下界は、見るもの聞くもの興味深かった。だからといってはしゃいでは、重責に気が張っている副官ザミドを刺激することになってしまうので、高揚した気持ちをおくびにもださず、すまし顔でいる。そのため今朝編み上げられた銀髪は、まだ一筋も乱れていない。
トウヤほどの身分の者が、ザミド一人しか従者を従えず下界に下るなど、異例中の異例、その重大な任務を背負ったザミドの肩に力がはいるのは無理のないことだった。
ザミドはかつて騎士としてその名をとどろかせていた。黙っているとかなり威圧感がある。
どれだけ時を経てもみずみずしいトウヤと、白いものが混ざった口髭のザミドが並ぶと、「若君(もしくは姫)とじいや」といったおもむきがあった。
馬車に乗ってからのザミドは、「おそれながら」を連発しつつ下界での心構えなどをくどくどトウヤに言い続けていた。しかしここ半刻はやけに静かである。
(気分でも悪いのか?)
指文字でトウヤがザミドに尋ねると、「私のことはお気になさらず」と、苦しそうなため息ばかりついている。
馬車がまた、かなり大きく揺れた。衝撃でザミドは天井に頭をぶつけそうになり、青ざめた顔がみるみる赤くなってゆく。窓から身体を乗り出し、御者に叫んだ。
「今すぐ止めろぉ!!」
馬車が停まると、ザミドはトウヤに一礼してから外に飛び出した。丁寧にドアを閉めるやいなや、王の従者たちを頭ごなしに怒鳴りつけている。声はこちらにつつぬけである。
いわく、「トウヤ様はやんごとなきお方であり、塔の調査官として界隈では知らぬ者がおらぬほどの偉いお方、そんな偉いお方をお乗せした馬車をこのような悪路にお連れするなど、無礼千万、このくそいまいましく跳ねたり跳んだりする馬車のせいで、その明晰な頭脳、塔の宝、ひいては人類の至宝である貴重な頭脳(頭脳を二回言った)に何かあったら、また繊細なお身体にさわったりなどしたらどうする、それは塔の損失、ひいては世界の損失ぞ、そもそもトウヤ様は王に招かれし賓客、……」
そこまでぶち上げておいて、急にしんとする。
ややすると、げえええええええと別のものをぶちまける音が聞こえてきた。従者たちは悲鳴をあげ、ザミドを介抱しようとして、さらに怒鳴られあわただしい。
トウヤは笑いをこらえるのに必死だ。
騒ぎが落ち着くと、げっそりしながらも妙にすっきりした顔のザミドが、何食わぬ顔で馬車に戻ってきた。トウヤもすました顔のまま何も言わない。また馬車は動きだす。
トウヤは頃合いをみはからってザミドに指文字で尋ねた。
(大丈夫か?)
「あやつらが申すには、あと四つ山を越え船に乗り、七日はかかると。なに、このザミドにとってはたいした行程ではございませんが、もしトウヤ様がお疲れであれば、大事をとって町に降りて何日かはお身体を休め、それから向かうというのも一つの案にござます」
トウヤは繊細そうな見た目とはうらはらに、丈夫なたちで、今回の長旅にもまったくこたえていなかったが、首を縦にふった。
(では、できれば休息を)
「トウヤ様がおっしゃるならそういたしましょう」
ザミドはしかめつらしくうなずいた。安堵しているのは明らかだった。
結局、王宮に到着したのは、当初の予定より半月遅れてのことだった。通されたのは、王の謁見の間ではなく、内政官の執務室だ。
さっそくザミドは苦虫をかみつぶしたような顔である。調査官としての来訪のため当然の待遇であり、賓客待遇ではないことに立腹すること自体、筋違いもはなはだしい。だがそれはそうとして自分のあるじを軽んじられるのは、不服らしい。
書状のやりとりと儀礼的な挨拶、小柄な内政官のそっけない態度にザミドは白目をむいている。
「調査官殿をお部屋にお連れしろ」
命じられた小姓がトウヤにではなくザミドに深々とお辞儀をした。はんなりと物腰柔らかな青年と、尊大な初老の男では、どちらが調査官か、間違えるのも無理ない。
ザミドは、小姓をギロリとにらみつけ、ふるえあがらせた。トウヤは笑顔でその場をとりなし、小姓を優しく促した。
トウヤにはそれが面白くてたまらない。
久しぶりの下界は、見るもの聞くもの興味深かった。だからといってはしゃいでは、重責に気が張っている副官ザミドを刺激することになってしまうので、高揚した気持ちをおくびにもださず、すまし顔でいる。そのため今朝編み上げられた銀髪は、まだ一筋も乱れていない。
トウヤほどの身分の者が、ザミド一人しか従者を従えず下界に下るなど、異例中の異例、その重大な任務を背負ったザミドの肩に力がはいるのは無理のないことだった。
ザミドはかつて騎士としてその名をとどろかせていた。黙っているとかなり威圧感がある。
どれだけ時を経てもみずみずしいトウヤと、白いものが混ざった口髭のザミドが並ぶと、「若君(もしくは姫)とじいや」といったおもむきがあった。
馬車に乗ってからのザミドは、「おそれながら」を連発しつつ下界での心構えなどをくどくどトウヤに言い続けていた。しかしここ半刻はやけに静かである。
(気分でも悪いのか?)
指文字でトウヤがザミドに尋ねると、「私のことはお気になさらず」と、苦しそうなため息ばかりついている。
馬車がまた、かなり大きく揺れた。衝撃でザミドは天井に頭をぶつけそうになり、青ざめた顔がみるみる赤くなってゆく。窓から身体を乗り出し、御者に叫んだ。
「今すぐ止めろぉ!!」
馬車が停まると、ザミドはトウヤに一礼してから外に飛び出した。丁寧にドアを閉めるやいなや、王の従者たちを頭ごなしに怒鳴りつけている。声はこちらにつつぬけである。
いわく、「トウヤ様はやんごとなきお方であり、塔の調査官として界隈では知らぬ者がおらぬほどの偉いお方、そんな偉いお方をお乗せした馬車をこのような悪路にお連れするなど、無礼千万、このくそいまいましく跳ねたり跳んだりする馬車のせいで、その明晰な頭脳、塔の宝、ひいては人類の至宝である貴重な頭脳(頭脳を二回言った)に何かあったら、また繊細なお身体にさわったりなどしたらどうする、それは塔の損失、ひいては世界の損失ぞ、そもそもトウヤ様は王に招かれし賓客、……」
そこまでぶち上げておいて、急にしんとする。
ややすると、げえええええええと別のものをぶちまける音が聞こえてきた。従者たちは悲鳴をあげ、ザミドを介抱しようとして、さらに怒鳴られあわただしい。
トウヤは笑いをこらえるのに必死だ。
騒ぎが落ち着くと、げっそりしながらも妙にすっきりした顔のザミドが、何食わぬ顔で馬車に戻ってきた。トウヤもすました顔のまま何も言わない。また馬車は動きだす。
トウヤは頃合いをみはからってザミドに指文字で尋ねた。
(大丈夫か?)
「あやつらが申すには、あと四つ山を越え船に乗り、七日はかかると。なに、このザミドにとってはたいした行程ではございませんが、もしトウヤ様がお疲れであれば、大事をとって町に降りて何日かはお身体を休め、それから向かうというのも一つの案にござます」
トウヤは繊細そうな見た目とはうらはらに、丈夫なたちで、今回の長旅にもまったくこたえていなかったが、首を縦にふった。
(では、できれば休息を)
「トウヤ様がおっしゃるならそういたしましょう」
ザミドはしかめつらしくうなずいた。安堵しているのは明らかだった。
結局、王宮に到着したのは、当初の予定より半月遅れてのことだった。通されたのは、王の謁見の間ではなく、内政官の執務室だ。
さっそくザミドは苦虫をかみつぶしたような顔である。調査官としての来訪のため当然の待遇であり、賓客待遇ではないことに立腹すること自体、筋違いもはなはだしい。だがそれはそうとして自分のあるじを軽んじられるのは、不服らしい。
書状のやりとりと儀礼的な挨拶、小柄な内政官のそっけない態度にザミドは白目をむいている。
「調査官殿をお部屋にお連れしろ」
命じられた小姓がトウヤにではなくザミドに深々とお辞儀をした。はんなりと物腰柔らかな青年と、尊大な初老の男では、どちらが調査官か、間違えるのも無理ない。
ザミドは、小姓をギロリとにらみつけ、ふるえあがらせた。トウヤは笑顔でその場をとりなし、小姓を優しく促した。
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