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1、調査官
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「トウヤ様、長旅お疲れのことでしょう。首尾よくなによりでございます。かといって油断なされるな。決してお声を発してはなりませんぞ」
(そうだな。ザミドも疲れただろう)
質素な部屋だったので、またザミドが怒りだすかと思ったが、不審なものがないか確認に忙しく、それどころではないようだ。
「夕餉の前に浴場にご案内いたします」
さっきの小姓が迎えにきた。
トウヤもザミドもこの国の浴場というものは初めてである。
浴場は、豊富な水資源と火山をもつこの国特有の慰安と社交の施設である。私設・公設問わず国中そこかしこにある。
王宮内にも複数あり、従者や出入りのものも利用できる。
「これからご案内する浴場は、高貴な方も好んで利用されるほど人気の浴場でございます」と小姓は説明した。
「なんと高い身分の御方が、下々のものと同じ浴場を……?!」
ザミドは驚きの声をあげた。
「はい。高貴な方々は従者を従えておいでなので、我々はそれとなく距離をとります。ただ、一人でふらりと来られる方もいらっしゃり、世間話をした後、気づいて青くなることもしばしば」
にわかに想像できずトウヤとザミドは顔を見合わせる。
「ここからは別々にご案内いたします」
それぞれ個室に連れゆかれる。まず身に着けていたものをすべて脱ぎ、入浴のための浴着に着替えさせられた。
塔は寒冷な高地にあって、誰しも常にフードのついた分厚いローブをまとっていて肌はめったに見せない。トウヤは「郷に入れば郷に従え」だと思い、されるがままに世話をやかれる。
まずは蒸気に満ちた部屋で心地よく過ごし、次の間で髪、身体と順番に専属の洗い係により手際よく洗いあげられていった。浴着は着たまま、あるいは一部はだけさせるなどし、丁寧に全身を清められる。
洗いあげられた後は、大きなホールに案内された。天窓から光がふりそそぐ。壁や天井に木々や動物、美男美女の絵が描かれており目を楽しませてくれる。
案内に従い階段をおりると、広大な半円状の槽に満たされている青白い湯につかることができる。青き泉は、熱すぎずぬるすぎずほどよい湯加減だった。
彫刻の女神の水瓶からは新鮮な湯がとうとうと流れおちてくる。なるほど、これほど湯の入れ替えがあるのであればいつも清く美しい水質が保たれる。
その仕掛けに目をみはりながら、ほかの者がそうしているように浴着のまま、肩まで湯に沈んでみるなどした。そうすると、ちょうど目線には、この国の成り立ちが絵巻物のように描かれた壁画があり、それを読み解いていると旅の疲れが溶け出すようで、時間がたつのも忘れ心から癒される。
「そろそろおあがりください」
ほどよい頃合いに声をかけられ、寝台に導かれた。何やら髪や肌によい香りのものを塗布され、マッサージを受ける。最後すみずみまで洗い流すと、肌も髪もいきいきと艶をもった。
次に案内された部屋では、真新しくも心地よいぱりっとした長衣が用意されていた。
休憩のための広間は外にひらかれ、長椅子や敷物が置かれていた。見たことのない木々と花々が咲き乱れ、人々の話し声と弦のしらべが風にのり、ほてった頬に心地よい。みな思い思いにくつろいでいるのを眺めるのもたのしい。
小姓が何種類もの飲み物と果物を盆にのせ、トウヤに差しだした。トウヤが声を出さないことにすっかり慣れた様子だ。礼をこめて笑顔をむけると少年ははにかんでうつむいた。
トウヤは普段長い髪をきつく編み込んでいるので、肩にひろがるままに風をうけるのはなによりいい気分だった。
果汁で風味づけされた冷たい水でのどを潤していると、派手な一行がまっすぐ近づいてきた。
「見ない顔だ。客人か」
小姓は、さっと身を低くした。
「調査官のトウヤ様でございます」
輝く金の髪に甘い目鼻立ち、華やかで尊大な様子と従えている従者の数、小姓の態度からすれば、身分の高い者に違いなかった。トウヤは声を発することができないため、頭を低くし目線を下げた。
「そなたの髪は誠に美しい。このような青みがかった美しい銀髪を見たのは初めてだ」
しっとりと垂れた一ふさを手に取ろうと男は手をのばした。突然のぶしつけな行為に、トウヤは思わず顔を上げる。
そこへ、頼りになるだみ声がやっとあらわれた。
上官であるトウヤより、たっぷり時間をかけて入浴を楽しんだであろう副官ザミドは二人の間にわってはいった。
「いやはやトウヤ様ぁ! 浴場とは天にのぼるがごとく、心地よいもの、そのせいでこの爺は、時間を忘れトウヤ様をお待たせする始末、誠にかたじけない!」
ザミドは空気を読まない好々爺のふぜいで、乾ききっていないトウヤの髪をてきぱきと櫛けずる。
トウヤの弟子たちは、トウヤの身のまわりの世話も仕事のうちだが、ザミドは細かいことが得意で特に髪を結うのがうまい。ザミドは短時間で、トウヤの髪をおくれ毛ひとつなく固く編み、結い上げた。
「さあさあさあさあ、まいりましょう!」
男が何か言ういとまも与えずに、ザミドはトウヤを部屋に連れ戻った。
(そうだな。ザミドも疲れただろう)
質素な部屋だったので、またザミドが怒りだすかと思ったが、不審なものがないか確認に忙しく、それどころではないようだ。
「夕餉の前に浴場にご案内いたします」
さっきの小姓が迎えにきた。
トウヤもザミドもこの国の浴場というものは初めてである。
浴場は、豊富な水資源と火山をもつこの国特有の慰安と社交の施設である。私設・公設問わず国中そこかしこにある。
王宮内にも複数あり、従者や出入りのものも利用できる。
「これからご案内する浴場は、高貴な方も好んで利用されるほど人気の浴場でございます」と小姓は説明した。
「なんと高い身分の御方が、下々のものと同じ浴場を……?!」
ザミドは驚きの声をあげた。
「はい。高貴な方々は従者を従えておいでなので、我々はそれとなく距離をとります。ただ、一人でふらりと来られる方もいらっしゃり、世間話をした後、気づいて青くなることもしばしば」
にわかに想像できずトウヤとザミドは顔を見合わせる。
「ここからは別々にご案内いたします」
それぞれ個室に連れゆかれる。まず身に着けていたものをすべて脱ぎ、入浴のための浴着に着替えさせられた。
塔は寒冷な高地にあって、誰しも常にフードのついた分厚いローブをまとっていて肌はめったに見せない。トウヤは「郷に入れば郷に従え」だと思い、されるがままに世話をやかれる。
まずは蒸気に満ちた部屋で心地よく過ごし、次の間で髪、身体と順番に専属の洗い係により手際よく洗いあげられていった。浴着は着たまま、あるいは一部はだけさせるなどし、丁寧に全身を清められる。
洗いあげられた後は、大きなホールに案内された。天窓から光がふりそそぐ。壁や天井に木々や動物、美男美女の絵が描かれており目を楽しませてくれる。
案内に従い階段をおりると、広大な半円状の槽に満たされている青白い湯につかることができる。青き泉は、熱すぎずぬるすぎずほどよい湯加減だった。
彫刻の女神の水瓶からは新鮮な湯がとうとうと流れおちてくる。なるほど、これほど湯の入れ替えがあるのであればいつも清く美しい水質が保たれる。
その仕掛けに目をみはりながら、ほかの者がそうしているように浴着のまま、肩まで湯に沈んでみるなどした。そうすると、ちょうど目線には、この国の成り立ちが絵巻物のように描かれた壁画があり、それを読み解いていると旅の疲れが溶け出すようで、時間がたつのも忘れ心から癒される。
「そろそろおあがりください」
ほどよい頃合いに声をかけられ、寝台に導かれた。何やら髪や肌によい香りのものを塗布され、マッサージを受ける。最後すみずみまで洗い流すと、肌も髪もいきいきと艶をもった。
次に案内された部屋では、真新しくも心地よいぱりっとした長衣が用意されていた。
休憩のための広間は外にひらかれ、長椅子や敷物が置かれていた。見たことのない木々と花々が咲き乱れ、人々の話し声と弦のしらべが風にのり、ほてった頬に心地よい。みな思い思いにくつろいでいるのを眺めるのもたのしい。
小姓が何種類もの飲み物と果物を盆にのせ、トウヤに差しだした。トウヤが声を出さないことにすっかり慣れた様子だ。礼をこめて笑顔をむけると少年ははにかんでうつむいた。
トウヤは普段長い髪をきつく編み込んでいるので、肩にひろがるままに風をうけるのはなによりいい気分だった。
果汁で風味づけされた冷たい水でのどを潤していると、派手な一行がまっすぐ近づいてきた。
「見ない顔だ。客人か」
小姓は、さっと身を低くした。
「調査官のトウヤ様でございます」
輝く金の髪に甘い目鼻立ち、華やかで尊大な様子と従えている従者の数、小姓の態度からすれば、身分の高い者に違いなかった。トウヤは声を発することができないため、頭を低くし目線を下げた。
「そなたの髪は誠に美しい。このような青みがかった美しい銀髪を見たのは初めてだ」
しっとりと垂れた一ふさを手に取ろうと男は手をのばした。突然のぶしつけな行為に、トウヤは思わず顔を上げる。
そこへ、頼りになるだみ声がやっとあらわれた。
上官であるトウヤより、たっぷり時間をかけて入浴を楽しんだであろう副官ザミドは二人の間にわってはいった。
「いやはやトウヤ様ぁ! 浴場とは天にのぼるがごとく、心地よいもの、そのせいでこの爺は、時間を忘れトウヤ様をお待たせする始末、誠にかたじけない!」
ザミドは空気を読まない好々爺のふぜいで、乾ききっていないトウヤの髪をてきぱきと櫛けずる。
トウヤの弟子たちは、トウヤの身のまわりの世話も仕事のうちだが、ザミドは細かいことが得意で特に髪を結うのがうまい。ザミドは短時間で、トウヤの髪をおくれ毛ひとつなく固く編み、結い上げた。
「さあさあさあさあ、まいりましょう!」
男が何か言ういとまも与えずに、ザミドはトウヤを部屋に連れ戻った。
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