【完結】火を吐く土の国の王子は、塔から来た調査官に灼熱の愛をそそぐ

月田朋

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1、調査官

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「まったく油断も隙も無い。トウヤ様、何度も申し上げましたとおり、あなた様は見目麗しく、下賤な輩がふらちな思いで近寄ってくることがあると、先般からお伝えし、お伝えしたそばから、このような。まったく塔にいる時のように自由におふるまいはなりませ……あっ、まさか先ほどの男に向けてお声を発したりなどしていないでしょうな?」
 トウヤは首を振る。
「トウヤ様には塔の『気』が内内に深く満ちております。とにかく一言も声を発しなさいますな。あなたさまのお声には……」
 いつもの小舅じみた長い話がはじまったが、さすがのザミドも疲れているのか、少しろれつがまわっていない。夕餉に呼ばれるにはまだ間があるだろうから、少し横になるようトウヤがすすめると、数秒でいびきをかきはじめた。
 トウヤは、編み込まれた髪をほどいた。もう一度先ほどのように自由に風をうけたかった。

 部屋を抜け出しあちこち見てまわっているうちに、案の定、迷った。
 塔では構造上、上に行けばなんとかなった。王宮は上、下、さらに地下、そして中庭やふきぬけを囲む似たような回廊がいくつもあり、上階から全体を見たいと思ったトウヤを簡単に迷わせた。
 使用人とはすれ違うが、声を発してはならないうえ、指文字はおろか身振りすら解さず、困った顔で首をふって、さっさと行ってしまう。
 途方に暮れたトウヤだったが、中庭の水盤のそばで見たこともない丸い虫が花粉を集めているのを見つけ、しばらく夢中になって見いってしまった。そこへ突然水盤の陰の茂みから一人の若い男がぬっと現れた。
 浴場で声をかけてきた男と同様、背が高いが、対照的な見た目だった。髪は漆黒、そのきつめの三白眼や口元に甘さはない。一度見たら忘れられないような鋭さのある美丈夫だった。
 上質な短衣と床ほどもある緋色のトーガが、身分の高い者であることをものがたっている。
 トウヤは自分の濡れ髪をさししめした。浴場から出たばかりで迷って部屋に戻れないと伝えようとした。
 身振り手振りで訴えても、男は何も言わない。
 そのかわりに、立ち去ろうとはせずトウヤをじっと見ている。
 トウヤが訴えるのをやめると、二人はただ無言で見つめあうことになった。時間だけが静かに流れてゆく。
 急にトウヤは笑いだしたくなる。
 目つきの悪さからすれば不機嫌そのもので敵意があるようにみえるが、トウヤへの関心がそれを少しだけ上まわっているようだった。
 姿もたたずまいも、なんとも不器用で嘘がなくかわいらしい。初めて見る獲物を前に、食い殺そうかなぶって遊ぼうか決めかねている肉食の生き物のようだ。
 何か声をかけてみたい。手をさしのべたらどんな顔をするか反応が見たい。
 そんなことを思っていると、唐突に男は自分のトーガを投げてよこした。
 トウヤが薄着であることをおもんばかってのことであるようだった。野生動物などと思ってしまったが、紳士的である。
 トーガを受け取ると、その若い男は何も言わず背を向ける。
 あわててトーガをまとったトウヤは、男の後をついてゆく。
 装飾のほどこされた高い天井、翡翠一色の間、つづいて黄金の広間を抜ける。すれ違う者は一様にさっと膝を折り、漆黒の髪の男が通り過ぎてもまだこうべをたれている。
 ひときわ絢爛豪華な間で男は立ち止まると、トウヤの方を向いた。
「兄のところにゆくならその先だ」
 言っている意味がわからず、トウヤが首をかしげる。
「お前、……兄の夜伽相手では?」
 トウヤは首を振る。すると従者が二人に告げた。
「ニト様はただいまご不在にございます。ご用があればお申しつけを」
「ローソを呼べ」
 ぼそりと言いつけ、また歩きだす。トウヤは後ろをついて行く。その背中は追いかけてくるトウヤを拒否していない。中庭を抜けると、がらりと雰囲気がかわる。
 高い天井はきらきらと光に満ち、大樹が屋根を突き破るように天窓から外に顔をだしている。室内庭園がしつらえられており、王国の黒い火山とそのふもとの街を精巧に模したものだった。
 美しい。
 ついうっかり口にだしそうになった。トウヤははっとなって手で口をふさいだ、あぶないあぶない。

「ここから動くな」
 野放図に枝をはりめぐらしている木の下で、男は言い残して行ってしまった。
 さて。
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