3 / 44
1、調査官
3
しおりを挟む
「まったく油断も隙も無い。トウヤ様、何度も申し上げましたとおり、あなた様は見目麗しく、下賤な輩がふらちな思いで近寄ってくることがあると、先般からお伝えし、お伝えしたそばから、このような。まったく塔にいる時のように自由におふるまいはなりませ……あっ、まさか先ほどの男に向けてお声を発したりなどしていないでしょうな?」
トウヤは首を振る。
「トウヤ様には塔の『気』が内内に深く満ちております。とにかく一言も声を発しなさいますな。あなたさまのお声には……」
いつもの小舅じみた長い話がはじまったが、さすがのザミドも疲れているのか、少しろれつがまわっていない。夕餉に呼ばれるにはまだ間があるだろうから、少し横になるようトウヤがすすめると、数秒でいびきをかきはじめた。
トウヤは、編み込まれた髪をほどいた。もう一度先ほどのように自由に風をうけたかった。
部屋を抜け出しあちこち見てまわっているうちに、案の定、迷った。
塔では構造上、上に行けばなんとかなった。王宮は上、下、さらに地下、そして中庭やふきぬけを囲む似たような回廊がいくつもあり、上階から全体を見たいと思ったトウヤを簡単に迷わせた。
使用人とはすれ違うが、声を発してはならないうえ、指文字はおろか身振りすら解さず、困った顔で首をふって、さっさと行ってしまう。
途方に暮れたトウヤだったが、中庭の水盤のそばで見たこともない丸い虫が花粉を集めているのを見つけ、しばらく夢中になって見いってしまった。そこへ突然水盤の陰の茂みから一人の若い男がぬっと現れた。
浴場で声をかけてきた男と同様、背が高いが、対照的な見た目だった。髪は漆黒、そのきつめの三白眼や口元に甘さはない。一度見たら忘れられないような鋭さのある美丈夫だった。
上質な短衣と床ほどもある緋色のトーガが、身分の高い者であることをものがたっている。
トウヤは自分の濡れ髪をさししめした。浴場から出たばかりで迷って部屋に戻れないと伝えようとした。
身振り手振りで訴えても、男は何も言わない。
そのかわりに、立ち去ろうとはせずトウヤをじっと見ている。
トウヤが訴えるのをやめると、二人はただ無言で見つめあうことになった。時間だけが静かに流れてゆく。
急にトウヤは笑いだしたくなる。
目つきの悪さからすれば不機嫌そのもので敵意があるようにみえるが、トウヤへの関心がそれを少しだけ上まわっているようだった。
姿もたたずまいも、なんとも不器用で嘘がなくかわいらしい。初めて見る獲物を前に、食い殺そうかなぶって遊ぼうか決めかねている肉食の生き物のようだ。
何か声をかけてみたい。手をさしのべたらどんな顔をするか反応が見たい。
そんなことを思っていると、唐突に男は自分のトーガを投げてよこした。
トウヤが薄着であることをおもんばかってのことであるようだった。野生動物などと思ってしまったが、紳士的である。
トーガを受け取ると、その若い男は何も言わず背を向ける。
あわててトーガをまとったトウヤは、男の後をついてゆく。
装飾のほどこされた高い天井、翡翠一色の間、つづいて黄金の広間を抜ける。すれ違う者は一様にさっと膝を折り、漆黒の髪の男が通り過ぎてもまだこうべをたれている。
ひときわ絢爛豪華な間で男は立ち止まると、トウヤの方を向いた。
「兄のところにゆくならその先だ」
言っている意味がわからず、トウヤが首をかしげる。
「お前、……兄の夜伽相手では?」
トウヤは首を振る。すると従者が二人に告げた。
「ニト様はただいまご不在にございます。ご用があればお申しつけを」
「ローソを呼べ」
ぼそりと言いつけ、また歩きだす。トウヤは後ろをついて行く。その背中は追いかけてくるトウヤを拒否していない。中庭を抜けると、がらりと雰囲気がかわる。
高い天井はきらきらと光に満ち、大樹が屋根を突き破るように天窓から外に顔をだしている。室内庭園がしつらえられており、王国の黒い火山とそのふもとの街を精巧に模したものだった。
美しい。
ついうっかり口にだしそうになった。トウヤははっとなって手で口をふさいだ、あぶないあぶない。
「ここから動くな」
野放図に枝をはりめぐらしている木の下で、男は言い残して行ってしまった。
さて。
トウヤは首を振る。
「トウヤ様には塔の『気』が内内に深く満ちております。とにかく一言も声を発しなさいますな。あなたさまのお声には……」
いつもの小舅じみた長い話がはじまったが、さすがのザミドも疲れているのか、少しろれつがまわっていない。夕餉に呼ばれるにはまだ間があるだろうから、少し横になるようトウヤがすすめると、数秒でいびきをかきはじめた。
トウヤは、編み込まれた髪をほどいた。もう一度先ほどのように自由に風をうけたかった。
部屋を抜け出しあちこち見てまわっているうちに、案の定、迷った。
塔では構造上、上に行けばなんとかなった。王宮は上、下、さらに地下、そして中庭やふきぬけを囲む似たような回廊がいくつもあり、上階から全体を見たいと思ったトウヤを簡単に迷わせた。
使用人とはすれ違うが、声を発してはならないうえ、指文字はおろか身振りすら解さず、困った顔で首をふって、さっさと行ってしまう。
途方に暮れたトウヤだったが、中庭の水盤のそばで見たこともない丸い虫が花粉を集めているのを見つけ、しばらく夢中になって見いってしまった。そこへ突然水盤の陰の茂みから一人の若い男がぬっと現れた。
浴場で声をかけてきた男と同様、背が高いが、対照的な見た目だった。髪は漆黒、そのきつめの三白眼や口元に甘さはない。一度見たら忘れられないような鋭さのある美丈夫だった。
上質な短衣と床ほどもある緋色のトーガが、身分の高い者であることをものがたっている。
トウヤは自分の濡れ髪をさししめした。浴場から出たばかりで迷って部屋に戻れないと伝えようとした。
身振り手振りで訴えても、男は何も言わない。
そのかわりに、立ち去ろうとはせずトウヤをじっと見ている。
トウヤが訴えるのをやめると、二人はただ無言で見つめあうことになった。時間だけが静かに流れてゆく。
急にトウヤは笑いだしたくなる。
目つきの悪さからすれば不機嫌そのもので敵意があるようにみえるが、トウヤへの関心がそれを少しだけ上まわっているようだった。
姿もたたずまいも、なんとも不器用で嘘がなくかわいらしい。初めて見る獲物を前に、食い殺そうかなぶって遊ぼうか決めかねている肉食の生き物のようだ。
何か声をかけてみたい。手をさしのべたらどんな顔をするか反応が見たい。
そんなことを思っていると、唐突に男は自分のトーガを投げてよこした。
トウヤが薄着であることをおもんばかってのことであるようだった。野生動物などと思ってしまったが、紳士的である。
トーガを受け取ると、その若い男は何も言わず背を向ける。
あわててトーガをまとったトウヤは、男の後をついてゆく。
装飾のほどこされた高い天井、翡翠一色の間、つづいて黄金の広間を抜ける。すれ違う者は一様にさっと膝を折り、漆黒の髪の男が通り過ぎてもまだこうべをたれている。
ひときわ絢爛豪華な間で男は立ち止まると、トウヤの方を向いた。
「兄のところにゆくならその先だ」
言っている意味がわからず、トウヤが首をかしげる。
「お前、……兄の夜伽相手では?」
トウヤは首を振る。すると従者が二人に告げた。
「ニト様はただいまご不在にございます。ご用があればお申しつけを」
「ローソを呼べ」
ぼそりと言いつけ、また歩きだす。トウヤは後ろをついて行く。その背中は追いかけてくるトウヤを拒否していない。中庭を抜けると、がらりと雰囲気がかわる。
高い天井はきらきらと光に満ち、大樹が屋根を突き破るように天窓から外に顔をだしている。室内庭園がしつらえられており、王国の黒い火山とそのふもとの街を精巧に模したものだった。
美しい。
ついうっかり口にだしそうになった。トウヤははっとなって手で口をふさいだ、あぶないあぶない。
「ここから動くな」
野放図に枝をはりめぐらしている木の下で、男は言い残して行ってしまった。
さて。
14
あなたにおすすめの小説
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
竜帝陛下の愛が重すぎて身代わりの落ちこぼれ薬師は今日も腰が砕けそうです 〜呪いを解いたら一生離さないと宣言されました〜
レイ
BL
「死ぬ覚悟はできています。でも、その前に……お口、あーんしてください」
魔力を持たない「無能」として実家で虐げられていた薬師のエリアン。
彼に下されたのは、触れるものすべてを焼き尽くす「死の竜帝」ヴァレリウスへの、身代わりの婚姻だった。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
とある辺境伯の恋患い
リミル
BL
鉄仮面な辺境伯(42)×能天気マイペースな男爵家四男(17)
イディオス男爵の四男であるジゼルは、家族や周りから蝶よ花よと愛されて育ってきた我儘令息だ。
上の兄達は独立したが、我儘放題のジゼルに両親は手を焼いていた。
自立するよう促され、是が非でも働きたくないジゼルは貴族達に婚姻の文を送りまくる。唯一、ジゼルを迎え入れると返答したのは、辺境伯のルシアスだった。
色よい返事がくるとは思いもしなかったジゼルは、婚約を破談にさせようととんでもない我儘をぶつけるが、ルシアスは嬉々としてそれを受け入れるばかりで──。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる