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1、調査官
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トウヤは広い室内庭園の中をぐるりと見わたす。壁にかけられたタペストリーの裏に隠し扉があるのを見つけるのはたやすかった。
扉を開けると、白銀の毛におおわれた巨大な山が目にとびこんでくる。天井ほどもあるそれは、もぞりと動き、目だけでこちらを見る。
愛らしい犬の顔をしていて、身体はおそろしく長い。手足は短く退化しており、蛇に似た動きをする、それは類をみないほど大きな犬蛇だった。
驚かさないようにそっと近づき、じっと待っていると、犬蛇のほうから寄ってくる。トウヤの匂いをかぎ、大きな舌で手を舐めた。トウヤが犬蛇の鼻筋をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
(お前一匹だけなのか?)
心で話しかけた。犬蛇は何も答えない。
「トウヤさまあああああ!」
どこからか聞こえるザミドの声に目を覚ます。犬蛇の柔らかい腹毛をなでているうちにうとうとしてそのまま毛にうもれて寝入ってしまったようだった。これは大変、と犬蛇の毛の中から身体を起こそうとしたが、何やら長衣の裾がまきこまれ、前がはだけ、胸元があらわになってしまった。じたばたしているうちに、先ほどの漆黒の髪の男が現れた。
男は犬蛇の毛をかきわけ、トウヤに手をのばす。
「お前はこの獣が恐ろしくないのか」
トウヤは、差し伸べられた手をつかもうとした。
すると犬蛇が大あくびをした。
トウヤの長衣は犬蛇のとぐろにまきこまれて動けない。ひっぱられてもがいているとほとんど裸になってしまう。まるで自分の長い髪しかまとっていないようなありさまだ。
そんなあられもない姿を男はしげしげと見つめた。
男が何か言おうと口を開きかけると、どたばたとザミドが現れた。そして目の前の光景にギャアと叫び、すぐさま剣をぬく。
「お、の、れ、トウヤ様から離れろ! 少しでもトウヤ様の御身にさしさわるようなことをしたならば斬って捨て」
完全にいろいろ誤解している真っ赤な顔のじじいが、剣をふりまわしながら犬蛇の身体によじ登り、迫ってくる。漆黒の髪の男は、トウヤを助け出すのをあきらめ犬蛇の身体を素早く滑り降りた。
トウヤは、誤解を解くべくザミドに指文字で(なにもない)と伝えたが、頭に血が上りきったザミドにはそんなもの通用しない。
「ヨミ様!」
そこへまたどたばたと、小姓やら従者らしき者やらが入ってくる。
一人の恰幅のいい男が、剣を抜いているザミドの前に立ちはだかった。
「わが名はローソ、ヨミ様の第一近習である。剣をぬくとはこの御方が火吐国第二王子と知ってのことか」
(王子……!?)
ザミドはひるんだ。が、すぐにローソと名乗る従者に反撃を開始した。
「わがあるじは遠路はるばる塔から来た調査官のトウヤ様なるぞ。高名な賓客を裸にして不埒な行いをするのがこの国の礼儀かぁ!!」
「なにを、貴様こそ我が国と我が殿下を侮辱する気か!!」
「んだとこんにゃろ、許さん」
犬蛇からようやく逃れたトウヤに、トーガがばさりと降ってきた。再び受け取ってあわてて胸の前でかきあわせる。そして王子に深々とお辞儀する。
「「「殿下のお心遣い感謝いたします」」」
トウヤはヨミ王子に微笑み、礼を述べた。すると声は「「「わん」」」と空気を震わせて光る玉になる。一同は驚いてトウヤを見た。
「声」はぱちぱちと光りはじけ虹となり、しばらく宙を漂う。
そして、ふっくらと白いひな鳥になる。
一同、何が起こったかわからずぽかんとしている。ザミドだけがやっちまった、と頭をかかえている。
トウヤは、皆にこのようなことになった非礼を詫び、誤解であると弁明し、副官のふるまいについても謝罪した。王宮の美しさ、浴場のすばらしさ、ひいては国力を称え、再度一礼した。
すべての言葉ははじけ、玉はふわふわと漂って転がり、ひな鳥はあちこちでかわいい顔をきょときょとさせている。
やがて鳥たちはすっくと立って身体をのばし、きりりと凛々しい成鳥に育った。大きな翼を広げると、一羽また一羽と飛び立ち、群れで羽ばたく。高い天井付近でぐるりと二、三周旋回したと思うと、開いた窓から弾丸のように外へ飛びたっていった。
「お見苦しいものをお見せしたことをお許しください。ヨミ王子、わたしは調査官のトウヤと申します。勝手がわからなかったとはいえ、このような無作法なふるまい、身が縮む思いでございます」
まだ口元はぱちぱちいっているが、玉はできなくなった。トウヤの中にたまっていた塔の「気」がある程度は出尽くしてしまったようだった。
と、王子はいきなり無言でトウヤの顎に、長い指をそえ顔を上げさせた。ザミドが「ぬう」と低くうなり、再び剣のつかに手をかける。トウヤは素直に自ら、あー、と口を開けて、中に何も仕込まれていないことを証明して見せた。王子はトウヤの喉の奥までみた。
ザミドが二人の間に割って入る。
「えー、え、っ、今お見せした鳥は、トウヤ様からの献上物、つまり殿下の目を楽しませる余興にございます!」
ザミドは強引に言い切り、大仰に膝をついてこうべをたれる。トウヤもならい膝を折る。
「……」
ヨミ王子はローソに一言、「ひけ」と言った。ローソは「御意」と短く答えると、小姓に合図した。小姓はすばやくトウヤとザミドに向き直り「夕餉にご案内いたします」と言った。
つまり不問、撤収である。
辞する際、トウヤはヨミ王子に微笑みかけたが、完全に無視された。そのふるまいは子どもじみていて、(愛らしいものだ)とトウヤは思った。
扉を開けると、白銀の毛におおわれた巨大な山が目にとびこんでくる。天井ほどもあるそれは、もぞりと動き、目だけでこちらを見る。
愛らしい犬の顔をしていて、身体はおそろしく長い。手足は短く退化しており、蛇に似た動きをする、それは類をみないほど大きな犬蛇だった。
驚かさないようにそっと近づき、じっと待っていると、犬蛇のほうから寄ってくる。トウヤの匂いをかぎ、大きな舌で手を舐めた。トウヤが犬蛇の鼻筋をなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた。
(お前一匹だけなのか?)
心で話しかけた。犬蛇は何も答えない。
「トウヤさまあああああ!」
どこからか聞こえるザミドの声に目を覚ます。犬蛇の柔らかい腹毛をなでているうちにうとうとしてそのまま毛にうもれて寝入ってしまったようだった。これは大変、と犬蛇の毛の中から身体を起こそうとしたが、何やら長衣の裾がまきこまれ、前がはだけ、胸元があらわになってしまった。じたばたしているうちに、先ほどの漆黒の髪の男が現れた。
男は犬蛇の毛をかきわけ、トウヤに手をのばす。
「お前はこの獣が恐ろしくないのか」
トウヤは、差し伸べられた手をつかもうとした。
すると犬蛇が大あくびをした。
トウヤの長衣は犬蛇のとぐろにまきこまれて動けない。ひっぱられてもがいているとほとんど裸になってしまう。まるで自分の長い髪しかまとっていないようなありさまだ。
そんなあられもない姿を男はしげしげと見つめた。
男が何か言おうと口を開きかけると、どたばたとザミドが現れた。そして目の前の光景にギャアと叫び、すぐさま剣をぬく。
「お、の、れ、トウヤ様から離れろ! 少しでもトウヤ様の御身にさしさわるようなことをしたならば斬って捨て」
完全にいろいろ誤解している真っ赤な顔のじじいが、剣をふりまわしながら犬蛇の身体によじ登り、迫ってくる。漆黒の髪の男は、トウヤを助け出すのをあきらめ犬蛇の身体を素早く滑り降りた。
トウヤは、誤解を解くべくザミドに指文字で(なにもない)と伝えたが、頭に血が上りきったザミドにはそんなもの通用しない。
「ヨミ様!」
そこへまたどたばたと、小姓やら従者らしき者やらが入ってくる。
一人の恰幅のいい男が、剣を抜いているザミドの前に立ちはだかった。
「わが名はローソ、ヨミ様の第一近習である。剣をぬくとはこの御方が火吐国第二王子と知ってのことか」
(王子……!?)
ザミドはひるんだ。が、すぐにローソと名乗る従者に反撃を開始した。
「わがあるじは遠路はるばる塔から来た調査官のトウヤ様なるぞ。高名な賓客を裸にして不埒な行いをするのがこの国の礼儀かぁ!!」
「なにを、貴様こそ我が国と我が殿下を侮辱する気か!!」
「んだとこんにゃろ、許さん」
犬蛇からようやく逃れたトウヤに、トーガがばさりと降ってきた。再び受け取ってあわてて胸の前でかきあわせる。そして王子に深々とお辞儀する。
「「「殿下のお心遣い感謝いたします」」」
トウヤはヨミ王子に微笑み、礼を述べた。すると声は「「「わん」」」と空気を震わせて光る玉になる。一同は驚いてトウヤを見た。
「声」はぱちぱちと光りはじけ虹となり、しばらく宙を漂う。
そして、ふっくらと白いひな鳥になる。
一同、何が起こったかわからずぽかんとしている。ザミドだけがやっちまった、と頭をかかえている。
トウヤは、皆にこのようなことになった非礼を詫び、誤解であると弁明し、副官のふるまいについても謝罪した。王宮の美しさ、浴場のすばらしさ、ひいては国力を称え、再度一礼した。
すべての言葉ははじけ、玉はふわふわと漂って転がり、ひな鳥はあちこちでかわいい顔をきょときょとさせている。
やがて鳥たちはすっくと立って身体をのばし、きりりと凛々しい成鳥に育った。大きな翼を広げると、一羽また一羽と飛び立ち、群れで羽ばたく。高い天井付近でぐるりと二、三周旋回したと思うと、開いた窓から弾丸のように外へ飛びたっていった。
「お見苦しいものをお見せしたことをお許しください。ヨミ王子、わたしは調査官のトウヤと申します。勝手がわからなかったとはいえ、このような無作法なふるまい、身が縮む思いでございます」
まだ口元はぱちぱちいっているが、玉はできなくなった。トウヤの中にたまっていた塔の「気」がある程度は出尽くしてしまったようだった。
と、王子はいきなり無言でトウヤの顎に、長い指をそえ顔を上げさせた。ザミドが「ぬう」と低くうなり、再び剣のつかに手をかける。トウヤは素直に自ら、あー、と口を開けて、中に何も仕込まれていないことを証明して見せた。王子はトウヤの喉の奥までみた。
ザミドが二人の間に割って入る。
「えー、え、っ、今お見せした鳥は、トウヤ様からの献上物、つまり殿下の目を楽しませる余興にございます!」
ザミドは強引に言い切り、大仰に膝をついてこうべをたれる。トウヤもならい膝を折る。
「……」
ヨミ王子はローソに一言、「ひけ」と言った。ローソは「御意」と短く答えると、小姓に合図した。小姓はすばやくトウヤとザミドに向き直り「夕餉にご案内いたします」と言った。
つまり不問、撤収である。
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