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12、戴冠式
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国王の戴冠式は一週間にもわたる盛大なものだった。
昼夜を問わず、貴族や豪商が羽振りの良さを競って誰にでも食事をふるまった。広場では縁起物の飾り菓子が空高く積み上げられ、葡萄酒の樽の上では、語り師が新しい国王を称える語りを朗々と吟じ、周囲に人だかりができている。
そこに道化師がやってきて、たまたまおとずれた静寂の瞬間、なにやら言ったが、誰もかれも振り返ることはなかった。しかし幾人かの口元を見れば、その言葉がちゃんと届いたとわかる。
「世間にでまわっている肖像画、いまは一人、かつては二人、月は隠れたのか、はたまた太陽に焼き殺されたか」
節をつけた軽快な調子は、覚えやすく人の耳に残りやすいものだった。それは耳伝え、口伝えに、あっというまにひろがっていく。
連日連夜続く祝いの宴も今日が最終日だった。
豪奢な馬車に乗ったニト王子が、正装の騎士団に先導され剣闘場に姿を見せると、割れんばかりの歓声が起こる。
すでに王宮での戴冠式は行われ、頭上に金の王冠が輝いている。花を持った美しい少年たちの導きで、王のための観覧席に到着する。
人々はこの国の栄華に酔いしれていた。新しい王の輝かしい姿をみれば、さらなる繁栄を、美しい未来を疑いようがなかった。
円形闘技場は戴冠式の最後を飾る王に捧げる剣闘のために、一新された。
王が着席すると、楽隊の演奏はさざなみのように始まり、やがて強く、また鎮まり、またうねり高鳴る、それを繰り返し繰り返し、だんだんと大きくなっていく。観衆の期待もまた高まってゆく。
当代一の人気を競う剣闘士たちが、次々と剣闘場の装置で地下からせりあがって現れる。
誰も見たことのない驚きの仕掛けに、場内は興奮のるつぼと化す。
ヨミ王子とイチ王女は、地下装置の袖で観客の興奮をまのあたりにしていた。イチは火吐山の神の化身のマスクと衣装を身に着けており、剣舞の型をさらえていた。ヨミ王子はカラスを模した仮面をつけ、目を閉じていた。
人々の歓声の先にいる兄の姿を、目を閉じたままでもよく見据えることができた。
「しかしこの国は、なんともたいした国でございます」
ザミドは抜け道を急ぎながら、トウヤに言った。
(よくできた仕組みだ。食べるものを労せず手に入れることができる。水がふんだんにゆきわたり、浴場や剣闘など楽しみを与えている。
それすなわち民が王に信をおくゆえんであり、かつ与えられることに慣れた民が少しでも不足を感じれば、いくらでも反逆する理由となる)
「まあいつまでも飲めや歌えやで騒いでいられるかといえば、そうではありませんからなあ」
(貧すれば統べやすい。ただ、すべてが衰える。与えればこれもまた統べやすい。ただし、すぐに足るを知ることはなくなる)
ザミドは注意深く王子に教えられた経路で進む。昼間でも暗い抜け道は、王宮内部の中庭の水盤のかげに繋がっていた。
それはかつてトウヤが王宮内で迷ってしまった時に、ヨミ王子と初めて出会った場所だった。王子は王宮を抜け出すのに、毎回その秘密の通路を使っていたのだった。
王宮内でも連日祝宴がひらかれているが、ザミドとトウヤの目的の場所は、そういった派手な催しとは無縁で、ひとけがなく静まりかえっている。
この国に到着した日に通された場所であり、質素なつくりの執務室だ。書物がところせましと置かれ、その部屋の主の机にも書類が山のように積まれていた。
「何か御用でしょうか」
部屋付きの小姓が尋ねた。
「我々は塔より参り、王宮に逗留することを許された調査官と副官にございます。内政官殿に御目通し願いたい」
「わたしに何か」
奥の書庫から小柄な内政官が、姿を見せた。
ザミドは最大限の敬意を示して、身を低くし片膝をついた。トウヤも膝を折る。
小姓はその慇懃な様子に、内政官を振り返った。
トウヤはザミドに目で合図すると、ザミドは「わがあるじが『王よ、やっとお会いできました』と申しております」とうやうやしく申し伝えた。
内政官は、小姓に書庫の整理を命じる。小姓が下がったのを確認すると二人に向きなおった。
そろそろ王に捧げる剣闘が、開始される時刻だった。
「いったい何をお言いになりたいのです」
「『王よ、あなたの夫が見つかりました』」
「……」
「『王、いや以前のように王妃とお呼びいたしましょうか。それともヨミ王子とイチ王女の御母堂とでも』」
内政官はまっすぐトウヤを見た。
昼夜を問わず、貴族や豪商が羽振りの良さを競って誰にでも食事をふるまった。広場では縁起物の飾り菓子が空高く積み上げられ、葡萄酒の樽の上では、語り師が新しい国王を称える語りを朗々と吟じ、周囲に人だかりができている。
そこに道化師がやってきて、たまたまおとずれた静寂の瞬間、なにやら言ったが、誰もかれも振り返ることはなかった。しかし幾人かの口元を見れば、その言葉がちゃんと届いたとわかる。
「世間にでまわっている肖像画、いまは一人、かつては二人、月は隠れたのか、はたまた太陽に焼き殺されたか」
節をつけた軽快な調子は、覚えやすく人の耳に残りやすいものだった。それは耳伝え、口伝えに、あっというまにひろがっていく。
連日連夜続く祝いの宴も今日が最終日だった。
豪奢な馬車に乗ったニト王子が、正装の騎士団に先導され剣闘場に姿を見せると、割れんばかりの歓声が起こる。
すでに王宮での戴冠式は行われ、頭上に金の王冠が輝いている。花を持った美しい少年たちの導きで、王のための観覧席に到着する。
人々はこの国の栄華に酔いしれていた。新しい王の輝かしい姿をみれば、さらなる繁栄を、美しい未来を疑いようがなかった。
円形闘技場は戴冠式の最後を飾る王に捧げる剣闘のために、一新された。
王が着席すると、楽隊の演奏はさざなみのように始まり、やがて強く、また鎮まり、またうねり高鳴る、それを繰り返し繰り返し、だんだんと大きくなっていく。観衆の期待もまた高まってゆく。
当代一の人気を競う剣闘士たちが、次々と剣闘場の装置で地下からせりあがって現れる。
誰も見たことのない驚きの仕掛けに、場内は興奮のるつぼと化す。
ヨミ王子とイチ王女は、地下装置の袖で観客の興奮をまのあたりにしていた。イチは火吐山の神の化身のマスクと衣装を身に着けており、剣舞の型をさらえていた。ヨミ王子はカラスを模した仮面をつけ、目を閉じていた。
人々の歓声の先にいる兄の姿を、目を閉じたままでもよく見据えることができた。
「しかしこの国は、なんともたいした国でございます」
ザミドは抜け道を急ぎながら、トウヤに言った。
(よくできた仕組みだ。食べるものを労せず手に入れることができる。水がふんだんにゆきわたり、浴場や剣闘など楽しみを与えている。
それすなわち民が王に信をおくゆえんであり、かつ与えられることに慣れた民が少しでも不足を感じれば、いくらでも反逆する理由となる)
「まあいつまでも飲めや歌えやで騒いでいられるかといえば、そうではありませんからなあ」
(貧すれば統べやすい。ただ、すべてが衰える。与えればこれもまた統べやすい。ただし、すぐに足るを知ることはなくなる)
ザミドは注意深く王子に教えられた経路で進む。昼間でも暗い抜け道は、王宮内部の中庭の水盤のかげに繋がっていた。
それはかつてトウヤが王宮内で迷ってしまった時に、ヨミ王子と初めて出会った場所だった。王子は王宮を抜け出すのに、毎回その秘密の通路を使っていたのだった。
王宮内でも連日祝宴がひらかれているが、ザミドとトウヤの目的の場所は、そういった派手な催しとは無縁で、ひとけがなく静まりかえっている。
この国に到着した日に通された場所であり、質素なつくりの執務室だ。書物がところせましと置かれ、その部屋の主の机にも書類が山のように積まれていた。
「何か御用でしょうか」
部屋付きの小姓が尋ねた。
「我々は塔より参り、王宮に逗留することを許された調査官と副官にございます。内政官殿に御目通し願いたい」
「わたしに何か」
奥の書庫から小柄な内政官が、姿を見せた。
ザミドは最大限の敬意を示して、身を低くし片膝をついた。トウヤも膝を折る。
小姓はその慇懃な様子に、内政官を振り返った。
トウヤはザミドに目で合図すると、ザミドは「わがあるじが『王よ、やっとお会いできました』と申しております」とうやうやしく申し伝えた。
内政官は、小姓に書庫の整理を命じる。小姓が下がったのを確認すると二人に向きなおった。
そろそろ王に捧げる剣闘が、開始される時刻だった。
「いったい何をお言いになりたいのです」
「『王よ、あなたの夫が見つかりました』」
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内政官はまっすぐトウヤを見た。
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