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幸せの青写真 中編

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 披露宴会場の結衣の席には、膝掛けと背もたれ用にクッションが用意されており、結衣は気遣いにも涙を見せていた。
 だが、広信のスピーチが無難に終わった所から、結衣にとっての楽しい披露宴は始まったようだ。

「こんなにドキドキしたのは、高校と大学の受験の時くらい……」

 胸を押さえて、ぼそりと呟いた結衣に、広信はひどいっと悲劇を演じてみたが、華麗にスルーされた。
 亮一を巻き込んで面白いことをしてきた実績があり、それを結衣に受け入れてもらえていることに、広信は価値を置く。

「退屈しないってことだよね。良いこと、良いこと」

 ウーロン茶を結衣に軽く掲げると、結衣は呆れながらも笑ってくれた。

 ……この笑顔があれば、僕は一生幸せなんだよね。

 広信は、心のままの笑みを結衣に返す。

 余興にされていたブーケトスでは、後輩の緑山(みどりやま)の彼女がナイスな働きを見せていた。

 嫌々ではなく自ら望んでしっかり一番前に陣取ると、高砂から降りてくる可南子に、ずっと「私に投げろ!」と遠くから見てもわかるほどの目力で話しかけていた。
 それに気づいて苦笑いを浮かべた可南子は、残念ながら、後ろを向いてブーケを投げる。

 ブーケが宙に弧を描いて、彼女の頭上を通り過ぎようとしたのだが、素晴らしい跳躍を見せて、指先を使って本能的にキャッチした。
 広信は思わず彼女の足元を見て、運動靴ではなくヒールであることを確認すると、顎に手を当てて感心した。

「ね、結衣。彼女、後輩だよね」
「うん、井川早苗さん。ああいう子がいると、盛り上がるよね」

 結衣は口元を押さえて笑っている。
 早苗は、勝利の笑顔を浮かべブーケを高く掲げると、緑山を見た。
 緑山はそれを受けて、やや引いている。

 ……あー、みどりん、引いちゃ駄目。あれを見習って。

 広信は緑山から、高砂の亮一へと視線を戻す。
 招待客から、どれだけ酒を注がれ飲んでも決して酔わず、顔色も変えない亮一は、常に可南子を視界の中に入れていた。

 面白いのでずっと見ている広信は、その視線がねちっこいことに気づいている。

 ……公然視姦……罪(ざい)。

 亮一の切れ長の目は、可南子の肩、首、ざっくりと開いた背中、たおやかな横顔を、ずっと目で撫でている。
 それに可南子がまったく気づいていないのが、また卑猥(ひわい)だった。

 重い窮屈な慣れないドレスを着て、招待客を目の前に、中央に座っている可南子には余裕が無いのだろう。
 だが、あの粘りつくものに気づかないスキルは、さすが三年も亮一の視線に気付かず、悶えさせただけある。

 清楚な笑みを絶やさず、高砂に座っている可南子に見惚れ無い方が難しいかもしれない。
 実際、可南子を初めて見る新郎側の招待客の何人かは、時折じっと可南子に見入っている。
 無理も無いよな、と広信は兄のような目で、まごうことなき本日の主役である可南子を見た。

 ちょっとした相談などもしてくれるようになった可南子は、文句なしに可愛い。
 一人っ子の広信にとって、非の打ち所の無い妹のようだった。

 数ヶ月前、二人が婚姻届の証人になってほしいと、家(うち)に来た時に、新婚旅行に行かないと聞いた。

 脳内妹である可南子に二人になった時を見計らって、広信は『新婚旅行に行かなくていいの?』と干渉した。

 結婚式の費用は膨らんでいく。
 それで旅行は行かなくていいと言っているのではないか。そんな勘繰りをしたのだ。
 他人が口を出すものではないと重々承知の上だった。
 
 可南子はきょとんとした後、迷惑そうな素振りなど何一つ見せずに、ふわりと微笑んだ。

『ゆっくりするんです』

 ゆっくり、と首を傾げた広信に、可南子は続けた。

『私のわがままなんです。二人でゆっくりしたいと言ったら、亮一さんがどこか近いホテルに連泊しようって言ってくれました』

 可南子は自分の頭の上に、両手で二つ、動物の耳と思われる丸を描いた。
 広信は、夢の国かと目を見開く。
 まったくもって、亮一らしくない。

『そういう所、行った事ないって話になって。とにかく、ゆっくり過ごすつもりです。旅行はしないけど、遊びには行きます』

 若いのに堅実過ぎるんだよなぁ。
 広信は頭を掻きながら、可南子の口から頻繁に出てきた言葉を拾って、一応聞いてみる。

『……ゆっくり、過ごす? ……過ごせる?』
『はい。ゆっくり過ごします』

 可南子に、にこり、と微笑まれたので、感じた疑問そのままに、さすがに広信も突っ込めなかった。
 
 改めて、花嫁姿の可南子を視姦している亮一が「ゆっくり」させてくれるとは思えない。
 亮一は、可南子を見る熱を孕んだ他の男の視線にも気づいている。
 それを掃うように、ゆっくり、独占欲を刻みつけるだろう。

 ……残念ながら、かなちゃんが考えている「ゆっくり」はできないと思う。

 広信は心の中で断言して、静かに手を合わせた。



 退屈に感じる時間がないまま、心地よい風が流れるような、亮一と可南子の結婚式と披露宴は終わった。
 
 披露宴後、結衣が何気なく「お腹が少し張っているみたい」と言ったので、余韻を感じるまもなく、広信は結衣を連れてタクシーで帰ることにする。

 瀬名家の男から広信は「過保護だ」と揶揄されているが、結衣を女の子扱いする事は、結衣の母、純江からは大好評だ。

 帰りのタクシーの中、疲れたのか、うとうとしている結衣が肩に寄りかかってきた。
 広信がその重さに幸せを感じていると、スマートフォンがブルブルとポケットの中で振動する。
 結衣を起こさないように取り出して、亮一からのメールからだと確認して開いた。

 そこには今日のお礼が綴られていたのだが、最後の衝撃の一文に広信は目を見開いた。

『俺の妻は、きれいだったろう』

 広信はどの結婚式に行こうが、どんな女に会おうが一貫して「僕の結衣が一番かわいい」という主張は曲げない。
 曲げないというよりも、真実なので嘘を付けないだけなのだが。

 亮一も、こんなメールを広信に送ったが最後、死ぬまでからかわれるのがわかっているはずだ。

 その亮一が送ってきたこの一文の重みに、広信は笑いを忘れた。

『お疲れ。良い式だった。お幸せに。で、かなちゃんは、結衣と同じくらい、きれいだったよ』

 真実は真実だ。

『亮一と僕なら、僕のほうが良い男だとは思うけど』

 広信はにっと笑って、送信ボタンを押す。

 ……僕は、結衣をあんな公然とエロい目で見てない。その僅差で、我慢できる僕のほうがカッコいい。

 亮一には一人の女に夢中になる気持ちを知って欲しいと思った。
 広信にとって亮一は大事な親友で、あんなに出来る人間が、人を愛せないのはおかしいと思った。
 でも、さすがにここまで変わるとは思ってなかったのも事実だ。

 ……お礼参り、行かないと。

 ちょうど一年前、独りよがりなお願いをしに行った実家近くの神社を思い出す。

 嫁を溺愛するという部分で、似たり寄ったりになった。
 その、こそばゆさを含み笑いにして、広信は寝息を立て始めた結衣の肩を抱いた。

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