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第五章 幼馴染じゃない 恋人になりたい
③(匠海視点)
拳を握り締める。こめかみに血が昇るのを、理性で必死に抑え込む。怒鳴ってはいけない。ここは仕事の場だ。
けれど、怒りは滲み出ていたのだろう。口元は笑っていても、目が笑っていないと、自分でもわかる。
「……ご本人の許可を得ていないように見えますが」
低く、澄んだ声。怒気を含ませないように整えたのに、静けさが逆に冷たく響く。志穂が一瞬だけ怯んだ。
「でも、胸も大きいし、かわいいし、絶対にファンがつくって言ったの。すごくきれいな形の胸だったし」
その無神経な言葉に、匠海の胸の奥で怒りが静かに膨れ上がる。
「コンプレックスというのは、誰が何に抱いているか他人にはわからないものです。軽々しく口にすれば、相手を深く傷つけかねない。――ですから、そういう発言は控えていただきたい。……今すぐ消してください」
言葉は冷静で社会的に正しい警告の形を取っていたが、その声音の奥には、抑えきれない怒りが静かに滲んでいた。
匠海は視線をスマホから外し、志穂を正面から見据える。その目は、微笑んでいても一切の温度を失っていた。
紬が胸を小さく見せる下着を使っていることも、匠海は知っている。大きな胸をからかわれたり視線を浴びたりすることを、負担に感じていた。恥じらいと嫌悪が入り混じった、繊細な痛みを抱えているのだ。
黙っていようと思ったが、止まらなくなった。
「……前に家を貸していた男が動画を更新していて、その映像の背景から住所を特定されたことは理解しています。そして、その男とあなたが知り合いだったからこそ、住所が割り出されたのだとも推測しています」
志穂は、まるで凍りついたかのように動きを止めた。 さっきまでの余裕の笑みは影も形もなく、頬がこわばり、顔色が悪くなっていく。
「連絡を、取ったんですよ。俺は」
家を貸していた友人に連絡を取って事情を伝えていた。IT系の彼は思い当たることとして動画の存在を教えてくれた。家の近くのコンビニに行く様子などをVLOG的に撮影していたらしい。
彼が悪いわけでもないのに、セキュリティの認識が甘かったと誠心誠意に謝ってくれた。
志穂の顔から、血の気が引いていく。 目が泳ぎ、言葉を探すように唇が何度も開いては閉じる。
「その画像を、消せ。――忘れているかもしれないが、俺を振ったのは、貴方だ」
匠海の低い声に、志穂の指先が震えた。スマホを握り直す仕草もぎこちない。
かろうじて笑みを保とうとするその口元は引き攣っていた。
「……本気じゃ、無かった。別れたいわけじゃなくて、まだ、好きで。今の彼女より、私の方が匠海のことを、絶対に好き」
縋るような声に、志穂の瞳が必死に揺れる。拒まれてもなお食い下がろうとする執着が、その震える吐息から伝わってきた。
「俺は、もう数年前に終わったことでしかない。情の一欠けらも残っていません」
志穂は息を呑み、言葉を探すように唇を開いては閉じた。だが、匠海の冷ややかな視線を真正面から受け止められないのか、逸らしている。
「とにかく、消してください」
志穂は目を固くつぶると、震える指先で画像を消し、それを確認する。
「では、坂口を呼びます」
「やめて!」
志穂の制止を意にも介さず、匠海は坂口を呼び、彼女が言ったことの確認を取った。
もちろん担当は選べないと、その場で志穂の前で改めて言質を取り付ける。
逃げ場を失った志穂は顔を引きつらせ、うつむいたまま逃げるように帰っていった。
これで、仕事が来ることはもうないだろう。
坂口は志穂の後姿を見送りながらぼそりと言った。
「……子供ができたの、とかで来そうな勢いだなぁ。大丈夫だったの」
「そういう恐れがあることを、してないから」
「……ん?」
匠海は首の後ろを揉みながら答えると、坂口は信じられないとばかりに、薄笑いを浮かべている。
「いやいや、さすがに……」
「忙しかったでしょ、あの時。そういう気も起きなかったし、他人と同じベッドで寝れないんだよ。手料理も断ってた。絶対に宅配か、外食。飲み物も自分で開けるものしか飲まなかった」
「それ、付き合ってるっていうの?」
「うーん。相手も負けじと仕事があるって張り合ってきてたから何とも」
ずっと、何か変だとは感じていた。近無視せず心に留めて行動していたからこそ、それが正しかったのだと思う。
「……なんで別れなかったの」
匠海は苦笑で誤魔化す。
仕事でパソコン画面に顔を向けていると、自身の喉にペン先を突きつけた志穂に『こっちを向いてくれなきゃ、自分で刺しちゃうかも』と言われたことを、今でも忘れられない。
別れようと向こうから言われたのは、渡りに船だったのだ。
だから、別れた後に来られても逃げ回っていた。
坂口は腰に手をやると、ため息をつく。
「今の彼女にも、同じようにフラれてしまうんじゃないか?」
「それはない。一緒に寝るのを、俺が嫌がられてるくらい。……本当に、改めるよ、いろいろと」
匠海が言うと、坂口が背中を叩いてきた。
けれど、怒りは滲み出ていたのだろう。口元は笑っていても、目が笑っていないと、自分でもわかる。
「……ご本人の許可を得ていないように見えますが」
低く、澄んだ声。怒気を含ませないように整えたのに、静けさが逆に冷たく響く。志穂が一瞬だけ怯んだ。
「でも、胸も大きいし、かわいいし、絶対にファンがつくって言ったの。すごくきれいな形の胸だったし」
その無神経な言葉に、匠海の胸の奥で怒りが静かに膨れ上がる。
「コンプレックスというのは、誰が何に抱いているか他人にはわからないものです。軽々しく口にすれば、相手を深く傷つけかねない。――ですから、そういう発言は控えていただきたい。……今すぐ消してください」
言葉は冷静で社会的に正しい警告の形を取っていたが、その声音の奥には、抑えきれない怒りが静かに滲んでいた。
匠海は視線をスマホから外し、志穂を正面から見据える。その目は、微笑んでいても一切の温度を失っていた。
紬が胸を小さく見せる下着を使っていることも、匠海は知っている。大きな胸をからかわれたり視線を浴びたりすることを、負担に感じていた。恥じらいと嫌悪が入り混じった、繊細な痛みを抱えているのだ。
黙っていようと思ったが、止まらなくなった。
「……前に家を貸していた男が動画を更新していて、その映像の背景から住所を特定されたことは理解しています。そして、その男とあなたが知り合いだったからこそ、住所が割り出されたのだとも推測しています」
志穂は、まるで凍りついたかのように動きを止めた。 さっきまでの余裕の笑みは影も形もなく、頬がこわばり、顔色が悪くなっていく。
「連絡を、取ったんですよ。俺は」
家を貸していた友人に連絡を取って事情を伝えていた。IT系の彼は思い当たることとして動画の存在を教えてくれた。家の近くのコンビニに行く様子などをVLOG的に撮影していたらしい。
彼が悪いわけでもないのに、セキュリティの認識が甘かったと誠心誠意に謝ってくれた。
志穂の顔から、血の気が引いていく。 目が泳ぎ、言葉を探すように唇が何度も開いては閉じる。
「その画像を、消せ。――忘れているかもしれないが、俺を振ったのは、貴方だ」
匠海の低い声に、志穂の指先が震えた。スマホを握り直す仕草もぎこちない。
かろうじて笑みを保とうとするその口元は引き攣っていた。
「……本気じゃ、無かった。別れたいわけじゃなくて、まだ、好きで。今の彼女より、私の方が匠海のことを、絶対に好き」
縋るような声に、志穂の瞳が必死に揺れる。拒まれてもなお食い下がろうとする執着が、その震える吐息から伝わってきた。
「俺は、もう数年前に終わったことでしかない。情の一欠けらも残っていません」
志穂は息を呑み、言葉を探すように唇を開いては閉じた。だが、匠海の冷ややかな視線を真正面から受け止められないのか、逸らしている。
「とにかく、消してください」
志穂は目を固くつぶると、震える指先で画像を消し、それを確認する。
「では、坂口を呼びます」
「やめて!」
志穂の制止を意にも介さず、匠海は坂口を呼び、彼女が言ったことの確認を取った。
もちろん担当は選べないと、その場で志穂の前で改めて言質を取り付ける。
逃げ場を失った志穂は顔を引きつらせ、うつむいたまま逃げるように帰っていった。
これで、仕事が来ることはもうないだろう。
坂口は志穂の後姿を見送りながらぼそりと言った。
「……子供ができたの、とかで来そうな勢いだなぁ。大丈夫だったの」
「そういう恐れがあることを、してないから」
「……ん?」
匠海は首の後ろを揉みながら答えると、坂口は信じられないとばかりに、薄笑いを浮かべている。
「いやいや、さすがに……」
「忙しかったでしょ、あの時。そういう気も起きなかったし、他人と同じベッドで寝れないんだよ。手料理も断ってた。絶対に宅配か、外食。飲み物も自分で開けるものしか飲まなかった」
「それ、付き合ってるっていうの?」
「うーん。相手も負けじと仕事があるって張り合ってきてたから何とも」
ずっと、何か変だとは感じていた。近無視せず心に留めて行動していたからこそ、それが正しかったのだと思う。
「……なんで別れなかったの」
匠海は苦笑で誤魔化す。
仕事でパソコン画面に顔を向けていると、自身の喉にペン先を突きつけた志穂に『こっちを向いてくれなきゃ、自分で刺しちゃうかも』と言われたことを、今でも忘れられない。
別れようと向こうから言われたのは、渡りに船だったのだ。
だから、別れた後に来られても逃げ回っていた。
坂口は腰に手をやると、ため息をつく。
「今の彼女にも、同じようにフラれてしまうんじゃないか?」
「それはない。一緒に寝るのを、俺が嫌がられてるくらい。……本当に、改めるよ、いろいろと」
匠海が言うと、坂口が背中を叩いてきた。
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