恋心ゼロのはずが、幼馴染が本気で溺愛してくる

水守真子

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第五章 幼馴染じゃない 恋人になりたい

 気づけば、もう金曜日の朝。一週間が過ぎるのがあっという間だ。
 仕事が忙しかったのもあるし、宝くじが当たるという衝撃もあった。
 でも何より――今日は特別な日だ。
 匠海がプロポーズをしてくれると約束してくれた日。
 浮かれて足元がふわつけば、きっとミスをする。
 いや、普段からミスはするのだけれど、社会人になってそういう傾向を身にしみて感じてきた。
 だからこそ、今日はいつも以上に淡々と、冷静に仕事をこなそうと自分に言い聞かせる。
 それでも、朝から胸の鼓動は早い。
 部屋の姿見の前で、普段はつけないピアスを耳に当てていたとき、ドアが叩かれる音と同時に匠海の声がした。

「紬」
「うわ!」

 手元にあったピアスのキャッチが落ちて床に転がる。匠海が足早に近寄ってきて、それを拾ってくれた。
 それからじっと耳を見つめられる。デザインが好きで雑貨屋で購入したような、ジュエリーとは程遠いもの。
 なのに、匠海の目がどこか探るように細めたあと、視線をこちらに寄越して言った。

「あ、ごめん。驚かせた」
「私が勝手に驚いただけで」

 さりげなく近づいてきた匠海の指が耳に触れてくる。耳が指先の温度に真っ赤に染まっていく。

「……っ」
「つけるよ。キャッチを貸して」

 言われるがままに渡すと、耳をじっと見つめながら、ピアスのキャッチをはめてくれる。
 匠海のきれいな横顔が、真剣な目で自分の耳だけを見つめていた。すぐそばにある吐息の熱が頬をかすめるたびに、心臓が跳ねる。
 その様子を鏡で見ることになるのは、とんでもなく恥ずかしい。けれど、同時に大事にされているという確信が甘く胸を満たしていく。
 自分の顔がどんどん赤くなるのがわかるが、止められない。

「調整は自分で」
「うん、ありがとう」
「ん」

 匠海が肩に手を置いて、不意打ちのように耳に唇をつけてきた。

「んっ」

 体中に電流が走って、両脚の間が疼く。姿見越しに、匠海と目が合った。その目には朝だというのに、甘さと独占欲が入り混じっていて、呼吸が詰まりそうになる。

「……こういうのは」
「夜の七時に食事の予約しているから。何かあったら連絡して」

 匠海の低い声色と、耳に残る熱い感触が重なり、胸の奥がとろけそうになる。
 まるで「待て」と言われているようで、期待と焦らしが同時に広がっていく。 
 けれど、もし匠海がプロポーズしてくれなくても、自分から伝える覚悟はできている。

「わかった。匠海も、何かあったら連絡して」
「了解。じゃ、先に会社に行くけどいい?」

 紬が頷くと、もう一度耳に口づけされる。全身が甘い痺れに包まれ、どうしていいか分からずに固まってしまった。
 匠海が悪戯っ子のように微笑んでいる。

「匠海!」
「ははっ。じゃ、また夜に」

 匠海を玄関先で見送る。嬉しそうに笑う彼の横顔が胸に焼き付いて離れない。
 胸がぎゅっと締めつけられ、紬は腕を抱いてそのまま壁にもたれかかった。

「はぁ」

 心臓がいくつあっても足りない。胸の奥が甘く痺れて、息が整わない。耳に残る彼の熱がじんわりと広がって、体の芯までぽかぽかと満たされていく。
 匠海が好きだという気持ちは膨らんでいくばかりで、この感情にどんな答えを出せばいいかがわからない。
 ただ、彼に触れられるたびに、もっと愛されたいと強く願ってしまう。
 もっと愛したいと、強く祈ってしまう。


 会社に着くと、「なんか今日は、顔色がいいね」と同僚に言われた。念入りに化粧したのがバレている。
 宝くじが当たったことも、匠海に素直に向き合えることも、全部が胸の中でぽかぽかと光っていた。
 少し前なら、匠海にお金を返して自分で家を借りようと動き出していたと思う。今は一緒の家にいることができるのが、ただ嬉しい。
 本当に、いろんなことが起こった。
 匠海が強く守ってくれたことは心強かったけれど、自分のせいで彼に負担をかけているんじゃないかとも考えてしまう。
 ストーカーや大槻、日下部に遭うような偶然を引き寄せてしまう、そんな自分が匠海のそばにいていいのだろうか。個人事業主に近い、彼の仕事の運を下げてしまわないだろうか。
 いっそ身を引いた方が、匠海のためになるのかもしれない――そんな弱気な思いが胸をかすめる。
 けれど、それでも。彼に触れられるたびに、笑いかけてもらうたびに、好きでたまらないという気持ちが膨らんでいく。
 伝票データをダウンロードしているほんの束の間、紬は「あ」と思い出した。
 実家に用事があって戻ったある寒い日。

 『……紬?』

 低い声に名を呼ばれて、訝しがりながらゆっくりと振り返った。
 えらく背が高い。大きなバッグを抱えて一見不審者だが、清潔感がそうは見せなかった。
 整った顔に、切れ長の目に高い鼻筋、形の良い唇が嬉しそうにほころんでいる。
 その笑顔に見覚えがあった。――匠海だ。
 大好きだった幼馴染が、いつの間にか立派で格好良い男性になっていて、自分の名を呼んだ。その瞬間、懐かしさと驚きが胸にあふれて、思わず笑みがこぼれた。
『匠海!』

 あの再会も偶然だった。
 紬はダウンロードが済んだデータを、笑みながら開く。
 偶然も、悪いものじゃない。
 今は、大好きな男性として、関係が始まっているのだから。
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